「あそこ」での一日(その4) -1972年7月14日-


「あそこ」の立体交差こと植苗-沼ノ端間のオーバークロスのところに撮影に行った、1972年7月14日の全記録を追うこのシリーズ。今回は第四回、お昼から昼過ぎぐらいのちょうどトップライトの時間帯での撮影です。一日中この周辺をうろうろして撮影していますので、このあたりで昼飯を食べていると思うのですが、何をどう食べたのか全く記憶がありません。人家も店も全くないエリアでしたから、この日は千歳で「すずらん」を降り植苗まで引き返してやってきましたので、植苗の駅前でパンとか仕入れたのでしょうか。そういえば撮影旅行中の昼飯って、よほど特別なモノでない限り、ほとんど覚えていませんね。撮影に精神を集中している分、そんな余裕などないということでしょうか。皆さんはいかがでしょうか。では、第四回をお楽しみください。



さて今回の初っ端は、室蘭本線の下り線をやってきたセキの返空列車。牽引するのは岩見沢第一機関区のD51439号機。同機は戦後すぐに北海道入りしてから、岩見沢・小樽築港と、一貫して函館本線筋で活躍してきたカマです。その分、運転室特別整備(密閉化)や、バイパス弁点検用に一旦蓋付に改造してから蓋を外したデフなど、北海道で長く活躍したD51としてはオーソドックスな仕様で、ナンバーが読めないと仕様から機番を比定するのは非常に困難なタイプです。そういうことも含めて、多少ここでの撮影がマンネリ化して来たのか、広角レンズを使用して編成の長さだけを強調した若干投げやりな撮り方ですね。


長さを撮るという意味では、同列車は見返りシーンも押さえています。例のオーバークロスも良く見ると写っていますが、背景の一部に溶け込んでいます。千歳線の上り線の築堤も、スカイラインの地平線のようになって景色の一部になっています。未電化で三線あり、列車もセキですから、ちょっと考えればこの区間とすぐわかるのですが、左側の田舎道をアイキャッチャーにしているので、なんか北海道っぽくない景色に見えます。これは当時狙ったんでしょうね。しかし、道は轍がへこんでいるんじゃなくて、路面はほぼ平面で真ん中に草が生えて盛り上がっているんですよ。この辺を勘違いしたジオラマがよくありますが、地面やる人はよく見てくださいね。


ほぼ同じ地点で、今度は室蘭本線の上り線をバッタ撮りで狙います。やってきたのは、上りの車扱貨物列車。牽引するのは追分機関区のD51357号機。同機は長らく東北筋で活躍の後、最後の10年間を追分で過ごしたカマです。そう思ってみると、なるほどナンバープレートの字体が特徴ある苗穂工場の字体ではありません。ギースルエジェクターを装着しているものの、心なしか東北のカマの面影が残っているのはそのせいでしょうか。流石に正面気味のトップライトで、夏らしさが画面からも伝わってきます。こちらは標準レンズに交換して撮影していますので、前のカットとオーバークロスのガーダー橋の見え方の違いを味わってください。


振り返ると、今度は千歳線の下り列車が接近しつつあります。沼ノ端駅の場内信号の辺りで、先程のD51357号機の牽引する貨物列車とすれ違っています。手持ち撮影でしたので、そのままワンカット撮っていたようです。全く忘れていましたし、前にすれ違いのシーンを探した時にも取りこぼしていましたが、今回は発見しました。標準レンズのままなので、今回は大幅にトリミングしてすれ違いのシーンを強調してみました。紙焼きだとこういうカットはキツいのですが、スキャンして画面で楽しむとなると、けっこう見られたりします。デジタルデータ化すると、本当にいろいろ発見があって面白いですね。


さてすれ違った千歳線の下り貨物列車を、至近距離で撮影します。タキ43000・44000系を5輌連ねた油槽列車を牽引するのは、小樽築港機関区のD51744号機。小樽築港は、副灯LP405をきっちり磨くんですよね。追分や岩見沢のカマと比べてみてください。この頃北海道の石油事情は、室蘭に製油所があり、ここから鉄道輸送で各地の石油タンクまで全道にデリバリーされていました。ここで千歳線に入ってゆくということは、札幌地区向けの輸送と思われます。このぐらいの長さのタンク車専用編成は模型としても手頃ですし、なかなかいい感じです。


さて、立て続けに続行で千歳線の下り貨物列車がやってきます。牽引するのはこれまた小樽築港機関区のD51713号機。続けて来ちゃったという事情もあるのでしょうが、全く同じ構図でお茶を濁している(ロッドの位置までほぼ同じ)というのは、もうだいぶ飽きてきた証拠ですね。今度は車扱貨物ですが、冷蔵車が何輌か入っているのが特徴です。函館や松前といった道南の港から、札幌に仕向けたイカやカニを積んでいるのでしょうか。今晩は、ススキノで卓上に並ぶのでしょう。713号機も、744号機も、平電化で常磐筋から移ってきたカマだけに、雰囲気もよく似ていますね。


岩見沢第一機関区のD511118号機が牽引する、室蘭本線の上り石炭列車。この列車を望遠ズームを装着したサブカメラで撮影したカットは<無意味に望遠 その1 -1972年7月14日->で公開しています。余談ながら、この時期の岩見沢第一機関区には、D51型式では118号機、811号機なんていう機番もいて、妙にややこしかった覚えがあります。まあ12o屋さんだと、1118号機はModelsIMONから製品化されていておなじみだったりします。その分、国際鉄道模型コンベンションのIMONブースで、セキの編成を牽いてデモしていたシーンが思い出されます。1118号機も、実は平電化で常磐筋から移動してきたカマですね。


今回の最後は、追分機関区のD51842号機の牽引する、室蘭本線下りの車扱貨物列車。ギースルエジェクタと、妙に低い位置に取り付けられたナンバープレートが特徴的なカマです。熊本電化で熊本機関区から追分に移動してきたカマですが、昭和50年の年末まで生き残り、現在は水島で保存されているようです。しかし、今回は全部D51型式、戦時型が1輌いますがそれも含めてどれも標準型という揃い踏み。これなんですよね。お腹が一杯になっちゃう理由って。幹線でもまだ蒸機が主役だった頃、D51はフィルムがもったいないから撮らないというファンも多かったようですが、その気持ちもなんかわかってくる気もしますが、まだ半分ですよ。ここまでで。




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