英国 ブルーベル鉄道 -1974年8月-


今回は趣を変えて、蒸気機関車の動態保存で知られる、英国のブルーベル鉄道を取り上げます。ブルーベル鉄道は、英国の蒸気保存鉄道の中でも最も歴史のある路線で、1960年、当時すでに廃線になっていた路線を利用し、運行を開始しました。その後、機関車、客貨車ともに増備を繰り返し、静態動態合わせて40輌近い蒸気機関車を保有しています。現在でも高い人気を誇り、観光名所としても知られています。ロンドンの南方の、キングスコートとシェフィールドパークを、途中の交換駅ホーステッドキーンズを介して結んでいます。最近のダイヤでは、休日には、二列車を一時間ヘッドで走らせており、片道30分程度の旅が楽しめる、本格的な鉄道となっています。この規模の鉄道が、全てボランティアと寄付で運営されているというのも、さすがに英国ならではという感じがします。


シェフィールド・パーク駅で機廻りする、488号機。この488号機は、1885年に、「London & South Western Railway」の機関車として製造されました。「Adams Radial」クラスと呼ばれた415形式の一台です。1960年まで現役という、この世代の機関車としては長寿を誇り、そのままブルーベル鉄道で動態保存になる、という経歴を持っています。 残念ながら、1990年以降は静態保存となってしまったようです。牽引されるのは、「Mk.1」と呼ばれる、比較的(1950年代)新しい客車です。厳密に言えば、機関車の考証と時代が合わないのでしょうが、それでも、「つないでしまえば絵になる」ところが、英国らしいところでしょう。


さあ、488号機が走り出しました。やっぱり蒸気機関車は、走ってナンボ。静態保存では模型と同じで、ホンモノの蒸気ではない、抜け殻です。こういうコトを書くと、保存機マニアの方から怒られそうですが、蒸気機関車が実用で使われていたのを、バッチリと記憶している世代の正直な感想です。蒸気機関車は、力強いドラフトを響かせてこそ、魅力的なのです。それにしても、草原があって、藪のような林があって、そこに線路があるというだけなのに、いかにもイギリスという風景ですね。これだからこそ、ジオラマやレイアウトを作るのは、面白いし、でも難しいし、ということなのでしょう。


キングスコートに到着した、488号機。488号機は、4-4-2のタンクロコです。とはいえ、エンジン部分は4-4-0のテンダ機と同様の構造で、そこにコールバンカーを装着したような形態をしています。羽鶴にいた1080号機で知られた、国鉄の1070形式などのように、明治期に大量に輸入された英国製の4-4-0は、制式機が量産されるようになると、4-4-2のタンクロコに改造されました。いわば、オリジナルからその状態で作られた機関車ということができるでしょう。そういう意味では、日本の「鉄ちゃん」にも親しみのある、好ましいスタイルをしています。乗客の子供たちは、心なしか「プレイザーの人形」のようですね。


蒸気機関車に見入る、親子連れ。こういうシーンは万国共通で、真岡のC12でも、秩父のC58でも、大井川のC11でも、始発駅、終着駅では必ず見られます。で、はじめて聞く汽笛やドラフトの音の大きさに、ビックリしたりとか。それにしても、英国はやはり緯度が高い。上着着たり、皮のコート着たりしてますが、これ、8月なんですよ。日本だと、晩秋から初冬という着こなしですが。まあ、イギリスらしい天気の悪さ、というのもあるのでしょうが、やはり国柄の違いを感じずにはいられません。


488号機の、メーカーズプレート。1885年、ニールスン社製、製造番号3209。ニールスンといえば、日本では4-4-0の6200型(作業局D9型)がおなじみですが(なぜか「ネルソン」と呼ばれている)、それより10年以上前の製品です。とはいえ、1880年代の中盤には、日本にはすでに英国製の4-4-0が導入されていました。そう思ってよく見ると、外側シリンダーや直線的なランボードなど、ほぼ同時期に製作された鉄道作業局向けの4-4-0、のちの5230型(ドゥーブス製ですが)なんかに通じる雰囲気を持っています。 すね。


キャブでせわしく働く、機関士と機関助士。さすがに、乗務員は軽装です。こうやってみると、英国の機関車の手入れの良さには驚かされます。「白い手袋で触っても、汚れがつかない」と形容されますが、保存機関車ということを差し引いても、「機関車は磨くもの」というマインドが徹底している様子が見て取れます。製造時期からすると、沈頭リベットによる組立と思われますが、ここまで手入れしてあると、流石に引き立ちます。岩崎・渡邊コレクションの写真を見ると、鉄道にもよりますが、けっこうきれいに整備されたカマが目立ちます。まだまだ、英国式の流儀が残っていたということなのでしょう。


再び、488号機の走行シーン。実はこの旅行は、高校時代の鉄仲間の一人が、英国に1年間留学したのをいいコトに、仲間の4人が彼の元をたずねる旅でした。当時の学生旅行ですから、ご多分に漏れず「南回り」でヨーロッパに入り、それから数日間、ユーレイルパスで「西側」の各国の鉄道を乗りまくり、ドーバーを連絡船で渡る英仏間の夜行列車でロンドンに到着した次第。1974年にもなると、シャカリキになって追いかけていた国内のSLも、めぼしいところがほとんど廃止されてしまったので、海外旅行に行くチャンスも生まれました。でも、74年には、後藤寺周辺と志布志周辺という、九州最後に残った線区、75年には、夕張線、室蘭本線に撮影に出かけてもいるんですけどね。


さて最後は、この日ブルーベル鉄道で運用についていたもう一台のカマです。British RailwaysのStandard Class 4。1952年製の4-6-0、75027号機です。1952年という蒸気の末期に及んでも、テンホイラーが新製されていたというのは、いかにも伝統を重んじる英国ならではという感じもします。デザインも、20世紀初頭のモノとほとんど同じに見えるのですが、よく見ると、細かいところは、それなりにリファインされており、新造のカマであることを主張しています。英国での蒸気の最末期まで活躍していた形式で、人気が上昇して旅客の増えた70年代のブルーベル鉄道では、最強の機関車として大活躍していたようです。

(c)2007 FUJII Yoshihiko


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