クルマのお話

(05/08/26)


1. 日産フェアレディーZ(S30)74年式(2シーター、2000、白)

1974〜1979

免許を取ってすぐ買ったの最初のクルマ。それが、このフェアレディーZです。49年排ガス規制がかかる直前のモデルでした。ということで、その後プレミアムがついて、113万円で購入したモノが、5年落ちながら130万円での下取りとなりました。でも、こんなラッキーは前にも後にもこの時だけです。排ガス規制さまさまですね。
ちょうど大学に入った年だったので、親戚とか回って入学祝いと称してかき集めた金を全て投入して買いました。それで手が届くのが、中古のスカイライン2000GT-Xか、新車のフェアレディーZの2シーター4速モデルのどちらかだったのですが、こっちを選んだところから、その後の人生が決まったようです(笑)。
いろいろ影響はあるのですが、大きくわけてポイントは二つ。まず、ステアリング。当時の国産車はFRの場合、車格や用途を問わず、ステアリングはほとんどリサーキュレーティング・ボール方式だったの。で、これが実にくねくねしてて、シャープなハンドリングなど夢のまた夢。でもZは珍しく、ラック・アンド・ピニオンだった。これで、ステアリングはシャープに切れてくれないとだめ、ってなった。次はクルマの長さ(笑)。幅は1695mmとかなんだけど、長さは4m強。これに慣れちゃうと細長いクルマに乗れなくなっちゃう。これは尾を引いてますね。未だに。
とにかく金がない時代ですし、楽器など音楽にも金がかかる状況だったので、DIYでできる範囲しか手をかけられませんでした。それでも当時の定番だった、アルミホイール、ワイドタイヤ、ドアミラーから始めて(当時は、こんなモノでもついてると車検通らなかったんだよね)、フロント、リアのスポイラ。あと手作業でできる排気系(タコ足、直管)、清水の舞台でショック、まではぼちぼちと改造しました。大学の自動車部にいた友人には、工具借りたりお世話になりました。
L20のノーマルですから決して速いクルマではないですが、そこはなんせ10代のこと。パワーのなさは気合いと蛮勇でカバーしてがんばってました。第三京浜なら最初から最後までアクセルベタ、みたいな感じ(こうしていないと、空気抵抗も大きいし、すぐ速度が落ちちゃう)。恐いモノ知らず。第三京浜といえば、環八側の入り口で、手前の公園の入り口の信号でとなりと0-4競ったまま、オーバースピードで第三京浜に入って、ランプウェイで大スピン、2回くるくる廻りながら立ち直って、再び走り出したなんてこともありました。幅だけあってもプアなタイヤだったもんで(笑)。
当時は都心部こそ混んでいたモノの、東名でも箱根でも平日は実に空いていて、学校で一コマ休講があると、その2時間足らずの間で、首都高から入って、用賀→御殿場→芦ノ湖→小田原厚木道路→用賀と回ってこれたのもなつかしい限りです。2シーターのリアハッチはけっこう大きくて、ギターアンプ類はいうにおよばず、ローズのステージピアノ(73鍵)がすっぽり入っちゃったのもなつかしいです。意外な実用性があったといえましょうか。
しかし、苦労の末やっと写真見つけた。納車してすぐ、まだ慣らし運転時のヤツしかなかった。フル・ノーマル(笑)は、貴重といえば貴重かも。タイヤハウスのきれいさが目にまぶしい。


2. マツダサバンナRX-7 GT 79年式(黄色)

1979〜82

「社会人なりたては、学生時代よりキャッシュフローがキツい」という現象は、学生=遊ぶものというぼくらの世代から始まったモノですが、それを見越して学生時代の最後を飾ってエイ・ヤーっとばかりに購入したのがRX-7。センセーショナルな登場から1年目、人気が高まっていた頃です。フェアレディーのところで書いたように、前のクルマが思わぬ高取りになったので余裕ができ、結果60年のオールド335を買えたという、思わぬ尾鰭がついてます。
買ってからは、社会人。大銭はさておき、小銭には事欠かない。そして、時あたかもロータリー・チューンブームが湧きこったこともあり、これとばかりにチューンです。サス・足廻り・ブレーキのチューンから始め、排気系、ポート研磨、キャブ、クラッチ強化・フライホイール軽量化というロータリーの定番チューンは、あの雨宮自動車で改造したモノです。雨宮さんもまだ「ホリデーオート」とか一部で知られているような状況で、木場に近い町工場で、手作りでやっていた頃です。その後、メジャー(といってもマニアの世界だが)になり、レースにも参戦するようになったのは、我が事のようにうれしかったです。
サスのセッティングには、けっこう凝りました。きちんとセッティングすると、路面の状態やクルマの一挙一動が、的確にドライバーに伝わってくるのがわかって、目から鱗状態でした。横断歩道とか「40高中」とか、路面表示の焼き付けの厚みや風化具合まで、実に詳細な情報がお尻を通して伝わってくるものだ、と最初は感激したものです。まあ、その分一般的な意味での乗り心地ではないのですが、こういう体験は一度しておくと、その後の価値観が変わると思います。
というワケで、これは速かった。オイルショック・排ガス規制から抜け出せなかった当時の社会情勢においては、充分に満足できるモノでした。メーターはオリジナルのままなので、高速ではほとんどの場合振り切った状態で走ってました。フェアレディーもメータ読みではover200でしたが、あれはかなりメーターが甘い。実際楽々200超出したのは、これが最初でしょう。最高速状態で走っていて、リトラクタブルライトを上げると、空気抵抗で速度が低下するというのは、この時始めて体験しました。中日クラウンズ(ゴルフイベント)のテレビ中継の仕事で出張して、名古屋の和合コースから、銀座の会社まで3時間割って帰ってきた記録もなつかしいっす。
チューンドロータリー体験した人ならわかると思うのですが、なんせキャブから素通しの一瞬があるワケですから、大量の生ガス放出で、バックファイヤーがものスゴい。一緒に走りに行った仲間によると、夜とかマフラーから火が出るのが実にきれいということなのですが、これを自分ではみれなかったのは心残りです。
限界状態でのハンドリングも安定していて、充分コントロールしやすく、初代RX-7は歴史に残る銘車の一台だと思います。


3. Porsche 911 sc 78年式(白)

1982〜1986

会社入ると、こういう業界にはやっぱりいるんですよ。エンスーが。それもけっこう多い。みんな自慢する。そうすると、なんか負けてらんなくなるのが世の常(笑)。改造車(コンバージョン(笑))もいいんだけど、エンスー車には速度では勝つものの、格で負ける。これはこれで辛い。とばかりに次は911にしました。中古だけど。あれ、どこかで聞いたようなハナシ。バースト買っちゃう論理と、ちと似てる(とほほ)。
まあ、なんとも維持費がかかるのは承知だったけど、親友のオヤジがミツワの常務だったコネをフル活用。なんとか「ご親戚値段で、工料おまけ」という好条件を引き出して、それで乗っていられた、って感じですね。けっこう細かいトラブルはありましたから、結果的に助かったということです。さすがにこれはノーマルで乗ってました。あ、ステアリングだけ換えてたか。
速いことは速いけど、なんとも独特な速さ。「早く走る『ことができる』」というのが正しいんでしょうか。直線はいいんですよ。スタート時のグリップもいいし。クラッチのつなぎさえ間違えなけりゃ。でもRRで、リアオーバハングにマスが乗ってるワケだから、コーナーでのハンドリングはおして知るべし。
「ウワー、ふくらむ」って感じで、オーバースピード気味にコーナーに飛び込んで行くのが、空冷911の正しいライン取りなんだけど、これははっきり言って「蛮勇」がいくつあってもたりない。アタマではわかっていても、いざコーナーがせまってくると、ついヒヨってしまう。で、通常のFR車のグリップ走行のラインだと、これが決して速くない。この頃のエンジンは、パワフルだけど、決して吹き上りが速いわけじゃないからね。
ということで、持っている間に一度だけ、未明に早起きして、誰もいない伊豆スカイライン〜芦ノ湖スカイラインに、「正しいライン取り」でアタック。この時は速かった。それと、一回これをやると、コーナーイン時のスピードが過剰にみえても、適切な範囲ならぎりぎりのところで路面つかんでてくれるというのがわかる。こうやって走らすクルマなんだって。でもフェンダーへこますと70万だもんね。最後の一踏みは、どうしてもねえ……。

4. スズキジムニー 550 SK 83年式(赤)

1984〜1988

911もいいけど、実用性が辛い。なんせアンプが入らない(笑)。マーシャルの1942(12インチ2発のキャビの幅広の方)さえ入らない。という悶々とした悩みを抱えていたある日、ドライブしながら、中古車屋の店頭に新古車のジムニーを見つけたのが運のつき。銀行印持ってたので、その場でローン組んで買っちゃった。自動車を衝動買いしたのは、前にも後にもこの時だけだなあ。いちばんデカい衝動買い。金額ならもっと高い衝動買い(オールドギター(笑))があるけど。この頃はまだ軽は車庫証明いらなかったから。あと、マンションの地下駐車場借りてたんだけど、ぼくのエリアはカドっこのスペースで、911とジムニーをおこうと思えばおけたのも容易にふんぎりがついた理由。
四駆とかRVとかがブームになる前で、硬派なマニアしか乗ってなかった頃だったので、これはこれで楽しめた。林道いって、ひなびた温泉いって、なんて楽しみも、このころならでは。いまは、四駆禁止が多いもんね(ってそのころ荒らし回ったってことなんだろうけど)。もちろん、実用目的もこっちで、機材も山積み状態で運べて、とても便利。この写真も伊豆の林道の峠のところですね。
550だから加速は悪いというより「できない」けど、下りは速いんですよ。これもある種の「蛮勇」だけど。気合いさえあれば相当速い。箱根新道とか、碓井峠とか、下りじゃかなり煽って抜けた。出してるスピードはわからない。少なくともほとんどメーター振り切ってるのは確かだけど。その先はねえ(笑)。バカですね。中坊で、自転車でスーパーカブとか煽るのと同じじゃん。って、やったクチだけど。三つ子の魂百まで。剛性が高いから、けっこう恐くはない。けど重心も高いから、多少コーナーのとり方にテクはいるんだけど。その分、アタマさえとれれば、こっちモノじゃい。
ただ、乗り心地は、良し悪しを通り越して、「無い(笑)」。おまけに夏は熱く冬は寒いソフトトップだったから、環境はスパルタンそのもの。「このミリタリーな感覚」とかいって、開き直って楽しまないと乗ってられない。ただ、乗ってるだけで、降りてからのビールの一杯がウマくなるという、別の意味でスポーティーなクルマでした。

5. BMW 325i 4ドア86年式(白)

1986〜1993

ぼくのクルマ歴の中で、初のセダン・初のオートマ車がこれ。323がボアアップして、325になり、4ドアバージョンが登場してすぐのモデルを、並行輸入でゲット。正規品の3シリーズは、1.8とイータエンジンのヤツしかなかった頃だよね。当時はバブル前の「猫も杓子も白」の時期で、「白以外は全部特注になって、いつ手に入るかわからない」ということで、泣く泣く白にした覚えが。白も嫌いじゃないんだけど、この頃はあまりに白ばっかりだったので、ヤだったけど仕方ない。まあ、これで懲りたので、今後一生白いクルマは買わないと思うけど。
この頃は、仲間内で温泉に行くのが異常な流行を示していた時期で、そういうときに便利なので、4ドアセダンもいいな、ということでセダンが初登場。てなワケで、記念写真に混じって写ってるようなカットは多かったんだけど、クルマだけのカットがなくて、写真探すのに苦労した。まあ、あんまり思い入れなく、実用主義で乗ってたこともあるけどね。
しかし、驚いたのは、そのオートマチックのギア比の良さと、パワステの自然なアシスト感。70年代の国産車で育った人間って、オートマチックとパワステって全く信用してなかったのね。ひどかったから。で、騙されてつもりで乗ったら、これがいい。ちゃんとシフトしてほしいところでシフトしてくれるんだからびっくり。国産のはそうじゃなかったんですよ。要は日本メーカーがまだダメだったのね、当時は。
ということで、エンジンはレスポンスがいいし、車体は軽くて取り回しやすいし、7年間7万キロという、ぼくの車歴の中ではダントツの記録になりました。200越えてからもぐんぐん加速していくのも驚きだったし、何より鼻歌でover200の巡航ができるのには、さすがアウトバーン仕様と感激したモノです。ベタぶみすれば、すぐレッドゾーンまで引っ張ってくれるし。ユーザの心をよくわかってらっしゃる。
ただし、最初に載っていたミッションが困ったちゃんで、トラブル続出に泣かされました。そこで、またツテを頼って、業者が発注するZFミッションのスペシャリストのいる工房を紹介してもらい、一気にスペシャルビルトのミッションと載せ換え。いろんな車種用のミッションからパーツを組み合わせて作ったその「カスタムミッション」にして以来、トラブルは一掃されましたが、実に高かった(笑)。国産中古車が充分買えるくらい。ま、その投資もあったので、長く乗ってたのですが。

6. トヨタMR-2 GTS 93年式(赤)

1993〜1998

さて、ガキができるまで乗ってたMR-2。買った当時からMR-2にはディスコンのウワサがつきまとっていたし、ガキできたら2シータは乗れないし、ということから、「最後のチャンス」とばかりに購入。ちょうど、副業でワリのいい仕事があって、現ナマでポンと買えるだけ手元に札束があったというのも、動機の一つではありますが。でも5年乗って、手放した時点でまだ売ってました。マイナーチェンジも2回あったし。
実は、ぼくがトヨタ車を買うってのはけっこうたいしたことなんだよね。70年代に免許とったマニアには多いけど、そういう人って長らくアンチトヨタだったわけで。日産車、マツダ車ってきて。でもバブル期以降、日本でマトモなクルマ、面白いクルマきちんとつくれるのって結局トヨタしかなくなっちゃったワケで、そうも言ってられないってことだよね。ニッチ狙いではホンダってのもあるけど、世界の正統派じゃないし、他んとこはろくなクルマ作ってないからね。
しかし、80年代の日本車の進歩というのは恐るべきものがありますよ。ノーマルでこれだけいくんだから。クオリティーもポテンシャルも。だけどその流れに乗り遅れたと言うか、70年代のコンテクストでしかクルマ作れなかった日本のメーカーもある。で、そういうところはやっぱり経営不振になって、けっきょくは外資系になっちゃったよね。日産とかマツダとか三菱とか。でも日産とか惜しいよね。バブル期まではまがりなりにも時流について行ってたはずなのにね。先代シルビアとか、初代シーマとか、現行マーチとか。そこから堂々の王政復古だもんね。逆コース。困りもんですよ。底力はあるんだけど、官僚制経営の限界だね。そういう意味じゃ、ルノーももともと官僚だから、ウマが合うんだろうけど。
ということで、これはいろんな意味でバランスのとれた、いいスポーツカーでした。サイズも体にフィットするし。もちろん速くて、特に加速は無敵だし。過去持ってたクルマでは最速。世田谷の裏道で速い速い。グリップ走法でバッチリ最速ライン取れるのも実用的(笑)。そのくせ、マーシャルのヘッドと2×12のキャビ、ギター二本ちゃんと積んでライブとか行ける実用性もある。街乗りにぴったりだね(笑)。

7. Mercedes Benz 300E 91年式(青)

1994〜1999

メルセデス・ベンツも、ダイムラー・クライスラーになってから開発されたクルマが出てくるようになっちゃオシマイだよね。っていうと、いかにもエンスーになってしまうが、明らかに「コストを気にする、普通の自動車メーカー」になっちゃったんだから仕方ない。これならまだ、フォード傘下のジャギュワみたいに、何らかのカタチでプレミアムブランドとしての価値をキープする戦略をとってもらえるほうがいいかもしれない。もっとも「普通の自動車」を作りはじめたのは今にはじまったことではなく、現行のEクラスや先代のCクラスが登場したあたりから目立ってきた傾向だけど。そういう意味では、この先代のEクラスが、最後のメルセデスといえないこともない。
それにしても、われわれ日本人にとっては、このクルマの思い出はバブル期の思い出と見事に重なる。猫も杓子もメルセデス。ほんとにEクラスは売れまくったよね。そういうバブリーなブランドアセットだけでなく、このクルマは、日本の道路環境と、日本人の体格、日本での交通機関としての自家用車の使われ方、すべての面で日本のプレミアムセダンとしてジャストフィットする要素も持っていた。だからヒットしたともいえるんだろうけど。大人4人で使って充分な余裕がありつつ、けっこう狭い道でも取り回しやすいクルマだし、かえって日本固有のマークIIとか、あのクラスの「狭いワリに取り回しにくさ」が目立ってしまう。
とにかく、セダンの一つの完成型であることは間違いない。ただ、メルセデス自体そうなのだが、走らすことについては実用一点張り。運転が事務的な作業で、あまり面白くはない。自分が走らしているんじゃなくて、運転者も「クルマに乗っかっている」感じが強い。アクセルワークも、ステアリングのキレも、運転者の意思とは別の次元でコントロールされるからね(笑)。電車の運転で、マスコンを入れると、自動的に勝手にノッチがアガってゆくような感じ。嫌いな人は嫌いみたいですね。でもこれはこれで見識だと思う。このクルマ、40度熱出した時に運転したけど、ちゃんと家まで帰れたから。偉大なる実用車のリファレンスですね。思い入れは何も残ってないけど、いいクルマだった印象が残っていることは確かだし。


8. BMW 318tiコンパクト 96年式(赤)

1998〜2001

ガキができたんで、女房もクルマを運転する必要に迫られた。MR-2は2シーターだし、メルセデスは、妻に言わせると「ステアリングやアクセルのレスポンスが変で、しっくりこない」のに加えて大きくて取り回せない、ということで、MR-2のほうを買い替えることにした。ほどほどの大きさで取り回しやすい2ボックス的な欧州車。というのを基準に相当イロイロ捜した。それこそヴィータからなんとプジョーまで乗ってみたが、なかなかしっくり来るのがない。そこで知り合いの中古車屋さんに相談したところ閃いたのがこれ。
この時期のコンパクトは、顔こそE36になっているが、中身はE30を引き継いでいる部分が多い。なんか数年逆戻りした感じもあるが、勝手知ったるなんとか、という意味では扱いやすい。さらに、オーバーハングの小ささや、室内でお尻まで見えることなど、取り回しもやりやすい。決してパワフルじゃないし、絶対的に速いわけではないのだが、それなりに回るし、走る。それまで基本的に「パワーで引っ張る」クルマばかり乗っていて、そういう志向が強かったが、別にありあまるパワーだけがクルマの醍醐味じゃない、というのをはじめて実感した次第。
最初は、クーペのお尻をちょん切ったような、その妙なデザイン上のバランス感に違和感があったのも確かだが、乗ってるうちに段々親しみも湧いてきた。実用性も、スポーティーさも、同時に狙って同時に達成させちゃった感じかな。確かに、ありそうでないコンセプトのクルマでした。その後、同様の車格のクルマはいろいろ出てきたけどね。


9. BMW 318i 99年式(赤)

2001〜

一つ前にのってた車。3シリーズは代わり映えしないといえばしないけど、言い方を変えれば好きなんでしょうね(笑)。エピソードの数々は後ほど。

10. BMW 530i 04年式(ミスティック・ブルー)

2001〜

今回買ったのは、ちょっと奮発してスケールアップし、5シリーズ。奮発ついでに530に。しかし、現行5シリーズって、黒・白・銀しかないのね。ほとんど。あの立体造形のようなボディーラインは、無彩色では絶対真価が出ないと思うのだが、とにかくタマがない。ということで、やっとのことで紺メタのをゲット。


(c)2005 FUJII Yoshihiko


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