「夢」を大人買い

-今月のホビー日記・2004年9月-




9月30日(木)

この日記、月別のファイルにしているので、最終日ってけっこう不憫(笑)。ワリとおざなりな話題になってしまいがち。ということで、C62の続き。言い訳するなって(爆)。実は、先台車、従台車の干渉をチェックするついでに、先台車、従台車を外した状態での走行をテストしてみた。すると、上まわりそのまま、機炭間もそのまま(ドローバーに穴が一個しかない)で、例の自作600Rを難なくクリア。ということは、先台車、従台車の構造および支持方法を工夫するとともに、必要があれば、シリンダーの内側や台枠(12mmの場合は、こっちの方がシリアスか)にも多少加工をすれば、600Rを通れるC62を作るコトも不可能ではない。走行系の工作の精度はテンでダメなモンで、自分ではとてもトライする気は起きないが、一つの可能性としては面白いかも知れない。そういえば、昔のシュパーブのC62とかD51は、エンドウの金属道床の600R(12本組みだったっけ?)をクリアしたもんね。

9月29日(水)

さて、C62の修理。流石に(?)珊瑚のキットだけあって、イモ付けの部分が多い。強度を考えると、接着剤というワケに行かず、半田での補修とあいなった。となると、やれるだけやっちゃえ、ということになる。取れちゃったり、取れそうなパーツをつけ直すとともに、せめてIMONシステムの738Rは通れるレベルにパイピングの干渉も修正することに。しかし、何考えてこういう付け方したのかな。フレキしか線路が出てないころだろうから、直線で行ったり来たりできればいいと考えたのかな? それじゃ梅小路か(笑)。なるべく塗装をいためないように気は使うものの、イモ付けの修理はけっこう厳しい。で、よく見ると取れて欠品のパーツもあるが、それ以外はひとまず修理終了。なんか肩が凝る作業だったので、終了後は家の近くの焼き鳥屋へ。さて、欠品は週末に珊瑚に買い出しに行くとするか。

9月28日(火)

先ごろ、とあるスジから、まとめて12mmの出物の案内があった。基本的にぼくの芸風ではないのだが、こういう話は勢いが肝心なので、ひとまず乗る。今月はなんかこういうのが多い。星の巡り合わせか、けっこう出物が多く買いまくっているが、それでも銀箱の蒸気の新品一台分ぐらいか。そんなこんなの中に、珊瑚のC62の難あり品がはいっていた。極初期のキット組立品だが、作風からすると、どこかの模型店の特製品と思われる。半田が取れたりゆるんだりして、ぐらぐらしているパイピングやパーツが多いが、ひとまず走らせてみる。駆動系はスローも充分で問題なし。で、カーブにさしかかったら、あらら脱線転覆。勢いでぐらついていたステップが取れちゃった。原因を究明すると、パイピングと干渉して、従台車とテンダーの前方の台車が、全くクビを振らない。で、なまじトルクがあるモノだから逝ってしまったということ。ということで、即入場ということに。

9月27日(月)

夕方から夜にかけて、ちょっと待ち時間があったので、何かほどほどに時間を潰せる書物がないかと、書店を漁る。一般向け書店なので、濃い本はないのだが、なぜかJTBのキャンブックスの在庫がかなりある。このシリーズは、編集方針自体が濃いワケではないので、モノによって、というか著者によって、相当に中身のコクが違う。一番アタリだったのは、「鉄道構造物探見」というヤツ。模型的に言えば、これを読んだことがあるかないかで、レイアウトにしろ、ジオラマにしろ、土木工事部分のリアルさが全く変ってしまうほど、濃く深い。で、今回は「近鉄特急」のひとまず上巻を買う。これもけっこうディープだ。大体近鉄って、大阪市内でディープなところを通ってるし(爆)。そもそも近鉄は路線と歴史が複雑過ぎて、一筋縄ではないかない。そのあたりが、特急以前にキチンと書いてあるので、これはもう、知らない情報ばかり。写真も初めてみるようなのが多く、これは当分楽しめそうだ。

9月26日(日)

前夜のライブの打ち上げで二日酔い状態の中、懸案の作業に取り掛かる。ブロックレイアウトモジュールというか、例の「土地付き道床レール」の増設。建物が増えてきて、もうちょっと数がないと、「プラレール遊び(笑)」ができなくなってしまったのだ。ベニアだけは、前から増設含みで準備しておいたので、地面ペーパーを貼り、レールを切って打ち付ければ出来上がり。並べてみると、なかなか土地が広がっている。スケールで500坪ぐらいか。じっと眺めていると、「どこでも道路」とか、「どこでも踏切」とか、次なる珍兵器のアイディアが浮かんでしまうが、昼からは、家の用事があったので、ここで中断。これは次回のお楽しみ。夕方、出物で入手した12mmの客車で、若干軽修理が必要なものがあったのを、サクサクと直す。こういうのは、一つ一つやるより、何輌か溜めておいて、一気に処理した方が効率がいい。今日はここまで。

9月25日(土)

今日は夜ライブがあるのだが、昼は別の用事が詰まっている。そんな中で池袋まで用があったので、ついでにFABを覗く。未塗装状態ながら、銚子電鉄のデハ500の完成見本が上がっている。この電車、実物自体が「とっちゃん坊や」みたいな、顔ばっかりデカい妙にアンバランスな車輌だ。その無理数みたいなハマリの悪さが、けっこう良く出ている。流石はファインだわい、と妙に感心。16番だと、デフォルメするとき逆に「こりゃ変だ」とバランスをとってしまい、小粒でもぴりりとバランスの取れたデザインになってしまいがちだ。多分、地鉄ファンには、こういうバランスの悪さというか、ちょっと「ゲテ物」的な味ももっているところが魅力なのだろうから、かなりアピールするのでは。16番はもちろん、Nとかやっているモデラーでも、そういう電車が好きなら、ジオラマとあわせて作ってみよう、というヒトが出てくるのでは。

9月24日(金)

ここ一週間ぐらいは、実は古本漁りがなかなか好調で、けっこうな成果があった。なんかこういうのって、出会うときにはダダダっとやってくるめぐり合わせがあるみたい。結果収穫は、「とれいん」3冊、「TMS」1冊。これで、「とれいん」が全巻制覇まで残り8冊、「TMS」が56〜75年制覇まで残り7冊。いよいよどちらも残り10冊を切り、カウントダウン状態。こうなったら、バカ高でなければ、多少高めでも押さえてしまおうか。というより、手に入りにくいのは、何らかの理由があるんだろうから、見つけたら躊躇は要らないということか。ところで偶然なんだろうが、「とれいん」の3冊は、どれも12mm関連の記事(とれいんではHOsだが)が大きく載っている号だったのもなんか妙。

9月23日(木)

モデルワム製のEH10の出物を入手。まだ新品も在庫がある「いわく付きの品」だが、値段がこなれていたので、納得してGET。EH10という機種自体、そもそもぼくの芸風とは違うのだが、手にとっていろいろ見ているうちに、ある理由でにわかに欲しくなったのだ。それは、こいつは「相当に急カーブを切れそうだ」ということ。それを、目測のカンだけで買ってしまうというのも、まあ「清水の舞台」ではあるが。で、さっそく例のTILLIGの353Rでテスト。あっぱれ、何のトラブルもなくスルスルとクリア。オーバーハングが短い分、実用上も問題なし。ということで、2軸貨車を牽かせてみたのがこのカット。TILLIGのレールは、PC枕木を模している上に、TT用で枕木密度が高いので、幹線用の機種でないと感じが出ない。そして、市販された幹線機の中で、多分一番曲線に強いのがEH10だろう、ということ。見た目も、模型としてみるなら、そう問題がないレベルに収まっているのでは。というか、これって、昔、入門用スケール機として名高かったカワイのソフトメタル製EH10が、エンドウのブリキ貨車を牽き、エンドウの金属道床8本組450Rでお座敷運転、という、当時若年ファンだったヒトにはなつかしいシーンを思い出しちゃうんだよね。問題は、しいていうなら「カマが西向きゃ、ワフも西」ってところでしょうか(笑)。

9月22日(水)

実は、昨日「4F」でおびただしい量の、篠原の12mm用フレキの出物に出くわす。新品の10本箱入りが、10箱以上はあったか。価格は6掛けと堅いところ。どこか廃業した店から出てきたものとは思うが、それにしても在庫をこれだけ持っていたというのは、並ではない。まずは一箱は買い求めていたのだが、例によって自分を追い込んで組み立て式のヤードとか作るのもいいかなと思い、もう一・二箱買おうかと今日もギンザに寄る。すると、あれ、ないよ。全部売れちゃったみたい。全部売れるワケはないだろう、とタカをくくっていただけに、びっくり。あれだけ全部個人で買うというのも考えにくいし、転売、というより、ショップが新品として売るのかな。実際、中身は新品だったし。

9月21日(火)

ここのところ、話題には触れていなかったけれど、今日はディアゴスティーニの「鉄道データファイル」。結局、本誌もDVDも毎号買ってたりする。まあ、買い出すと、買っちゃうんだよね。こういうのって。さて、今回のDVDは165系、475系を中心とする「急行用電車」。まさに出戻る前の頃には、鉄路の華だった車輌だけに、テーマとしても気になるのだが、グッと来たのは、ちょっとちがうところ。九州の475系の最後の活躍シーンが出てくるのだが、日豊本線は隼人だったり、楠ヶ丘だったり、高鍋だったり、往年のSL名撮影地の今の姿が次々。変った線路、変ってない山並み。実は、南九州の鉄道は、SLの撮影で行って以来、全く縁がないだけに、なんとも感激モノ。おまけに、鹿児島本線は田浦とか、果ては八代駅とか、中学のときに最初に「撮影旅行」に行ったところまで出てきちゃうし。でもそう考えると、これらの場所って、C55、C57、C60、C61という、まさに「急客機」の終焉の地だったワケで、電車でも、かつては幹線の急行で活躍した車輌が最後の活躍を見せることになったってのは、なんとも因果がまわる、というコトなのでしょうか。

9月20日(月)

さて、今日は晴れて走らして遊べる。やったネ。こうやってみると、ヤードの遠隔操作というのは、これはこれで楽しいものがある。各留置線間で列車を入れ替えるだけも、エンドレスで走らせているのとはまた違う面白さがある。このくらい仕分け線があるだから、本当に入換作業をして、列車の組成をしたらけっこう楽しいかもしれない、なんてまた余計な思いも。ぼくだと中腰の微妙な姿勢を強いられるようになった運転席も、ガキなら、パワーパックの箱を椅子代わりに、余裕充分で楽々。こいつ、12mmとかも運転させているせいか、ガキのクセに、けっこう低速にコダわって、ちゃんとスケールスピードで走らす。おかげで、走らせているところを第三者的に眺めたら、高架線にはジョイント部の接触不良を起こしかけているところが、数ヶ所あるコトをあらためて発見。高架線は、最初に適当に敷設してから、4年ぐらい経っていることもあり、そろそろリフレッシュ作業が必要か。しかし、その前にフラットケーブルのあまりが、まだ7本あるところが危険(笑)。DCタイプのポイントなら、3つは設置できるということだが。

9月19日(日)




今回は子供と二人で来ている関係で、実は作業時間がとりにくい。思いっきり遊ばせておいて、疲れさせて昼寝させ、その間に作業をする作戦に。作戦は成功したものの、遊び相手をしていてこっちが疲れてしまった。ちと失敗。で、旧型セレクタスイッチをチェックした上で、9連装に連結する。余計なケーブルはいやなので、フィーダーのバスも、ジャストサイズに切り詰めて特製化。しかし、こりゃけっこうデカい。運転席に置いてみると、相当に機材の配置換えをしなくては収まりそうにない。てなことで、運転席のレイアウトを変更するはめに。それならと、横並びになっていたパワーパックの位置も全面的に変更し、どれがどの路線のキャブかわかりやすいように、高架線グループ、在来線グループ、貨物線、ヤードとブロック毎にまとめる。こうなると、フィーダーの位置も多少移動しなくてはならず、地上の線路を一旦外して、フラットケーブルをテープで貼り付けるところから始めて、けっこうな大作業だよ。まあ、なんとかガキが起きるまでの間にこなして、試運転にこぎつける。しかし、席に座ってみると、このパワーパックとセレクタスイッチの渦は、なかなか操作するのが大変だ。運転席も極狭になったし。

9月18日(土)

いろいろ予定がおおくてすったもんだしていたが、なんとか午後深くなってから千葉へ向かう。ということで、着いたのは夕刻。こちらでも庭の手入れやら片づけやら、やらなくてはいけないことが山積みなので、模型の方にばかり構っていられない。しかし、運転盤とかお座敷系とか、とにかく線路だけの整備って、それが楽しいわけでも何でもない。なるべく早く作業を済ませて、走らせたいのも山々。やれることはやっておこうと、寸暇を惜しんで着手。ひとまず、すべてのポイントの動作確認をする。ちゃんと動くじゃない。中には、70年代末や80年代初頭の製品も混じっているのだが、全く問題なし。恐るべし、量産品。ついで、ポイントのケーブルを例のフラット・ケーブルに半田付けし、熱収縮チューブで絶縁。同じ作業を27回。なんか、昔の電話工事屋さんになったみたい。しかし、準備しておくと流石に生産性がいい。ここまで、作業の準備と後片付けをあわせて、約1時間。今日はこれでおしまい。

9月17日(金)

今日が、一般趣味誌の模型店店頭での直販発売日。ということで、銀座に向かう。それだけでなく、期末セールの開始日ということもあって、なかなかのにぎわい。時間をずらせて、遅い昼休みをとっていったのだが、通路で肩を触れずには抜けられないぐらいのヒトがいた。毎年セールではおなじみの輸入品等はもちろん、なかなかの大盤振る舞い。16番のブラスモデルでも、他社製の長期在庫品を中心に、10%〜30%引き、中には50%引きなんてのもある。ものによっては、なんか4階の相場のほうに近いぞ。まあ、ぼくの興味の対象ではないので、どうでもいいといえばいいのだが、ここまで派手にやられると、ホントに16番は売れてないんだな、なんて他人事ながら心配してしまうぞ。

9月16日(木)

今日も、なにかと細かい用事が詰まっていて忙しい。移動の途中で、東京駅を通ったので、栄松堂書店を覗く。ここは、一応(失礼)一般の書店であるにもかかわらず、鉄道関係、ホビー関係には並々ならぬ力が入っていて、趣味誌は直扱いで、模型店と同じ発売日に店頭に並ぶ。それも圧巻の平積みで。発売日と出張が重なるときなど、愛用させてもらっている。ということで、既に鉄道ファン誌は二山できていた。で、ビックリしたのは、すでに来週発売予定のディアゴスティーニの「鉄道データファイル」が、本誌もDVDも並んでいたこと。まあ、この手の雑誌は、かなり早く印刷しておくのが常道だが、それにしてもスゴいフライングだなぁ。逆に、急いで入手する意味も余りないんだけど。

9月15日(水)

今日は、バカ忙しくスケジュールが詰まっていたのだが、どたキャンが連発されて、にわかに余裕が。中途半端に時間ができたので、銀座方面で小一時間時間を潰す。T社の年度末が近いので、常連さんはよく知っているのか、ネタは端境期。こちらも〆を前に、最後の清算。春に出してから、ずっと一つだけ残っていたのが、やっと売れたのをポイント化。そんな中で、IMONの車輌運搬用ケースを発見。こういうのは中々出てこないけど、出てくりゃ安いんだ。1/3以下じゃん。それほどキレイではないが、こういうのは使っていればそれなりに汚れるだけに、機能上問題がなければ全然OK。とにかく車輌だけ、ってんじゃなく、周辺領域への支出のバランスを考えられるようになったのは、年取ってからの大きな進歩かな?

9月14日(火)

用務で目白の旧目白通りを歩いていると、「ブラスモデル専門 MODEL CSC」なる看板が。興味をもって、さそわれるまま地下室におりてゆくと、9月のアタマに開店したばかりの、鉄道模型専門店であった。それにしても、最近、新規開店が多い。限られたマーケットの中、それぞれ特色を出さないと棲み分けは難しいと思うのだが、ここはなんと「ブラス製私鉄電車専門店」なのだ。N、16番、一部OJまで含めて、主として関西系と地鉄系の私鉄電車のキットが満載。個性はキワだっている。16番の関西私鉄などというと、こちらとしては、自分のドメインからはかなり縁遠いのだが、その分、気楽な好奇心で見れる。オカさんのとか、けっこういろんな種類が出ているのね。それにしても、関西の民鉄は、旧国鉄規格の関東の民鉄とは違い、元がアメリカのインタアーバンの規格で、ディメンションが各社ごとに独特なだけに、16番でも意外に気にならないものだ。京阪の車輌、特に京津線の車輌なんて、実物の方が「ガニ股」なわけで、かえってスマートかも(爆)。場所柄、西武ファン、東武ファンが多いということだったが、それなりにポジションも明確な店といえるだろう。

9月13日(月)

飛び石連休中に千葉に行ける時間ができたときのことを想定し、ひたすらフラットケーブルの芯剥きに励む。34芯の両側なので、68カ所。剥いて、よじって、半田を盛っての3点セット。しかし、専用の被覆剥き器の威力。けっこう気楽にはかどる。とはいっても、単調で面倒な作業であることはまちがいないのだが。こういうことに気力が続くようになったのは、流石に年の功か。若い頃だと、段々雑になってきて、つい、切り落としちゃったりしたのだが。黙々と、小一時間。意外と早く片づいた。この分だと、ポイントからのケーブルとの接続も、小一時間あればできそうだ。

9月12日(日)




久々に、天気のいい週末。やらなきゃイケないコトもいろいろあるのだが、朝一でフォトセッション。8月後半からずっと作業していた、駅舎の撮影をする。このために、このところいろいろアイディアを出して、小物を作ったりしていたのだ。ということで、線路側からのカット。34号機はやりすぎ、とのご批判もあるでしょうが、まあそこは思い入れですから(爆)。心なしか、南国の夏っぽい陽射しに見えるぞ。よしよし。しかし、こうやって見ると、なんか青井岳の1番線に、門石方面から列車が入ってくるところを、島式ホームの端のスロープのところから見たところを思い出してしまうなぁ。とか、結局は自己満足です。はい。で、自己満足といえば、九州には欠かせない、三角柱の「駅名アンドン」。あれ、正式にはなんというのかな。白いプラスティック製で、中に蛍光灯が入っていて、駅名が縦書きになっているヤツ。とにかく九州島内では、必ず上屋の柱やホーム上の街灯のところについている。九州以外だと、山口県内とか、戦前の鉄道省時代の門司局管内のところぐらいしか見ないけど、どういう由来なんでしょうかね。鉄道史に詳しい方で、ご存知の方がいらっしゃったら、教えていただきたいものです。さて、模型でこれを作った事例はあまり知らないけど、やはり風情を出すにはどうしても欲しいモノ。そこで、サクッと作って付けてみました。何のことはない、パソコンで打ち出したのを、三角形に折って、柱につけただけだけど、個人的には気分が盛り上がりますね。うむ、これじゃほとんどマスターベーション状態じゃん(笑)。妄想が暴走気味ですが、「模型とは、思い入れをカタチにしたもの」というのが、ぼくの定義なので、お許しを。

9月11日(土)

休日にもかかわらず、午前中池袋方面で用務があったので、スーツ着て「ご出勤」(笑)。折角なので、大塚にできたという「ストリームライン」なるお店を覗いてみる。模型関連の会社の幹部だった方が、リタイア後はじめた店ということで、各誌でパブリシティーが取り上げられていた。16番蒸気とNゲージの店、ということで、クラフツマンとしても知られる店主の作品である16番蒸気が多く飾られている。しかし、キレイな店なのだが、今ひとつ活気が感じられない。クラフツマンシップで行くなら、もっと蒸気キットの製作や加工に必要なパーツとか工具とか、素材関係が一杯あってもいい気がするが、それはあまりない。一方、コレクションの展示という面では、このラインナップではちょっと寂しい。いずれにしろ皮肉に言えば、今の16番蒸気の置かれているポジションがストレートに出ているような感じだ。そういえば、またこれも詳しくは書けないが、12mm周辺では、またまたびっくりするような動きがあるようだ。皆さん、おおい(大井町じゃないよ(爆))に期待していいですよ。そういう意味では、実は例の「事件」で分水嶺を越えてしまったのだ、と、後世の模型史家(そんなのいるのか??)は、太平洋戦争のミッドウェイにたとえて言うようになるのかもしれない。

9月10日(金)

8日の、62年のTMSを改めてまじまじと読む。基本的には現有のものは、63年以降は、リアルタイムあるいは個別にバックナンバーや古本屋で買ったモノ、61年以前は、70年代初期に某模型店(新宿「ターミナル」!!)でまとめて出ていた出物を買ったもの、と由来が違う。その間で62年が欠けていた分、読んだことのない号が多い。そんなワケで、極めて新鮮で素直に読めてしまった。で、改めて感じたことは、60年代前半ぐらいの製作記事は、車輌にしろ、レイアウトにしろ、実にバランス感がいい、ということだ。後づけで考えれば、ある程度のパーツこそ出回りだしていたものの、既製品は、ごく限られたものしかない状況ゆえ、何か作ろうと思えば、そのほとんどを自前でスクラッチせざるを得ず、いろいろな意味でバランスを取った計画を持たなくては、とても完成できなかったから、ということになるだろう。しかし、たとえば車輌で言えば、細かいディティールより、「その形式にみえること」をきちんと押える。レイアウトで言えば、線路、シーナリー、ストラクチャーだけでなく、車輌、運転まで含めた、「鉄道の模型」としての世界を構築する。畳一枚のスペースでも、線路配置を工夫し、専用のフリー・ショーティーをわざわざ作ることで、その中にオリジナリティーあふれる世界観を具現化する。これって、キットやパーツなど、既製品のラインナップが充実すればするほど、忘れられてしまった世界だよね。原理主義的ゲージ論にうつつを抜かすヒマがあるなら、自分らしい楽しみ方を創造し、それを具体化しなさい。まるで、故山崎喜陽氏の「天の声」が聞こえてくるようだ。

9月9日(木)

ちょっぴりと秋葉原に寄れる時間があったので、車輌基地のポイント制御用のフラットケーブルを物色。ケーブル専門店で値段を聞くと、全然安いんじゃん。これなら別にジャンクを探さなくても、コスト的には大して変らない。それにしても、コネクタを圧着するだけで、この値段とは。確かにケーブル類は儲かるワケだ、と納得。てなわけで、多少芯線数に余裕のあるヤツを、長めに買っておく。あとからケーブルを引き回す手間を考えると、何に使うにしろ、数本の予備があるというのは、なんとも心強いからだ。50数ヶ所被覆を剥いて、半田で固めるのが面倒臭そうだが、楽器やオーディオ関係の修理用に、被覆剥き工具があったハズなので、探してみよう。で、家に戻って、駅関係の小物をまたいくつか作って塗装。なかなか、イメージが湧いてきた。

9月8日(水)

ちょうど、また神保町で都営とメトロを乗り換える用事があったので、30分ルールで篠村へ。一カ月ぐらいで新しい在庫もないだろうと思うが、折角なので足を伸ばす。すると、新入荷かこの前見逃したのかは定かではないが、62年のTMSがけっこうある。価格も四階並。62年は、けっこうないのが多くて、ミッシングリンクになっており、それで「TMSは63以降」としていたのだが、これなら押えておいて悪くない。で、持っていないのを5冊購入。これで一気に状況が変化。56〜75年で、あと9冊。TMSは、この20年分のパーフェクト化を、当面の目標にしよう。これならいけるかも。54年以前も持っている号はいくつかあるのだが、なんせ55年は一冊もないし、どちらにしろ生まれる前の号でもある。ひとまず56年以降が揃えば、「とれいん」のコレクションとあわせて、自分が生まれて以降の模型界の動向がわかる資料が一通り揃う、という意味があるからね。

9月7日(火)

友人に男の子ができた。生まれたのは春なのだが、イナカに戻って子育てをしていたりとかあって、誕生祝いを送るタイミングを図りかねていた。東京に戻ってきたということなので、やっとお祝いを贈る。最近では、男の子には、もっぱらプラレールの基本セットだ。こっちの「鉄分」を知っているヒトには、これだけで充分ウケを取れるし、そもそもプラレールなら、レールも車輌も、同種のがいくらあっても将来的に困ることはない(もっとも、親は困ることがあるかもしれないが(爆))ので、選ぶときに気を使わなくて済む。ということで、今回もプラレール。案の定、しっかりとウケていただけたので、こっちとしてはしてやったり(笑)。

9月6日(月)

中古店のNのジャンク箱で、いいものを発見。トミックスの旧タイプのポイント制御スイッチが、何個か出物で出ている。今の人からすれば、こんなものジャンク以外のなにものでもないのだろうが、旧タイプのポイント「だけ」持っている人にとっては、ある意味でプレミアものでもある。実は、千葉のNの車輌基地の部分は、出戻り前と復活直後の時期に買った、旧タイプ、AC三線式(O番みたい)のつかっている。というか、現行のDC制御のに買い替えるついでに、全部まとめて車輌基地にしてしまった、といったほうが正しいだろう。で、9カ所あるポイントに対し、持っていたスイッチが6個。電動化できなかった一つの理由がここにある。で、今回あっさり3個GETしたので(それも超安価で)、電動化が可能になったワケ。いいかえれば、電動化しない言い訳もできなくなったとも。うむ、あとはジャンクのフラットケーブルか。

9月5日(日)

このところ、週末は天気が悪い。今日も小雨がパラパラ。ということで、今日中に駅関係を完成させると願をかけ、作業に入る。建物の細部のフィニッシュと、付属物の製作が中心。サクッと行けるかと思いきや、好事魔多し。エコー製の電話ボックスで、大いに手間取る。米国製のソフトメタル製のストラクチャーキットのように、先に塗装し、接着すればいいかと思ったが、それでは全然合わない(爆)。組んでみてもまとまらず、シンナープールへ。結局二重手間のハメに。たった8個のソフトメタルパーツ、後で付け加えた窓ガラスを入れても11個しかパーツがないのに、そんじょそこらのハコモノのバラキットより、よほど手間がかかる。そもそも接着剤はヤなんだよ。これじゃ、イギリス製のソフトメタルキットだよ(笑)。とかなんとか、一日がかりで、一応カタチになった。公約は果たしたぞ。室内の米粒球のみのライティングで、暮景のカットを撮ったのは、ホントに夕方になってしまった。まずはワンカット。これで撮れちゃうというのは、デジカメならでは。エクセルでデータを作製、15%の縮小印刷でプリントアウトして作った発車時刻表は、画面でも微妙に読めるなぁ。駅名は、かつての16番時代以来の伝統のもの(笑)。というか、狙っているところが、全然進歩してないことでもあるが。由来は、ワカるヒトにはワカるよね。

9月4日(土)

仕事仲間と、日帰りで真鶴へ魚を食いに。新宿から小田急で小田原へ。あれ、指定券に「(LSE)」って書いてあるぞ。まあ、ロマンスカーは形式によって座席の数が違うので、データとしては予約のコンピュータに車種が入っているとは思うが、切符に書いてあるのはなんかマニアックだなあ。小田原からは、JRで真鶴へ。お、余命いくばくもない113系ではないか。ラッキー。実はここでひとつ楽しみがある。それは、往年の名撮影地根府川橋梁を通過できることだ。ぼくは「撮り」については、旧国鉄の無煙化とともに離れてしまったので、旧国ブームも、58ブームも、ましてやブルートレインブームも一切縁がない。ということで、80系の引退も、58の牽く荷物列車も、ここには撮りにきたことは一度もない。しかし、この二十数年、この区間を通る機会もほとんどなかったのだ。それは、個人で行くなら大体伊豆方面はクルマだし、列車で行くときは仕事関係の旅行なの熱海まで新幹線、というパターンしかないからだ。しかし、今回は日帰りで「飲む」関係上電車、それも真鶴なので在来線ということになった。同行者には気付かれないように、ひとりでワクワク。折りしも、雲の間から陽が射す絶好のタイミングの中、橋梁を通過。安全ネットがあるとはいえ、瞬間、雰囲気を堪能した。ついでながら、獲りたての鯵も絶品だった。

9月3日(金)

今日の獲物は、80年代初期のPIKO製と思われるショーティーのハルバーシュタットのMAV仕様、3輌。最近は、こっち方面の獲物がかなり減ってきてる。というか、ドイツ統一以降の製品は、かなり揃ってしまったというのが正解だろうか。その分、「共産圏」があった頃の製品は、80年代といえども手が出てしまう。80年代とはいえ、塗装こそ改善されているものの、下回りの構造など70年代のままなので、なかなかそそる。値段もおいしかった。東欧型は、特にEPOCIIIなど、実物を見ているワケではないので、最近のリアルスケールより、昔の「ヨーロッパらしい」1/100、ハイフランジのヤツに、よりコレクションとしての興味をそそられてしまう(爆)。ヨーロッパは、アンティークトイ・コレクションの発祥の地でもあるし(なんか違うか(笑))。帰ってから、駅の付属建築物の組み立ての続き。かなりカタチになってきた。

9月2日(木)

5月の2日と5日の項で書いた、ロシア製のHOゲージ貨車。同タイプのヤツを、とある店で、またもや2輌発見。外国型の多い店なのだが、そんなに中古が多いトコロではないのだが、なぜかポッコリ登場。当然、即GET。しかし箱なしなので、どこから出てきたのか素性は全くわからずじまい。多分、同じ経路で入ってきたのではないかと思うが、どうなのだろう。それにしても、そんなに大量に日本にあるとは思えない代物だけに、これで8台も揃ってしまったというのも、何かの奇縁だろう。こうなるとやっぱり、旧ソ連型の機関車だなあ。

9月1日(水)

軽いノリではじめてしまったこの日記だが、早くも8カ月目に突入。この日記内で紹介したり、個人的にコミュニケーションのある方のWebからは、リンクしていただいているトコロもいくつかあるのだが、先日、Models IMONのWebからリンクしていただいたとの連絡。検索エンジンが無意味になるほど、ガシガシにつながりあっている「blog」が隆盛になってくると、リンク集の意味づけ自体も変らざるをえないが、それでもうれしいことには違いない。それより、日記に書いてしまうと「マニュフェスト」みたいなモノで、着手したり、完成させたり、自分で自分の背中を押せるというのが、一番のメリットかも。


(c)2004 FUJII Yoshihiko


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