「夢」を大人買い

-今月のホビー日記・2007年3月-




4月30日(月・休)

最近、ストラクチャを増設していなかったので、今回は、ガキと自転車で「緑川模型店」に行き、街角コレクションの現地調達。ガキに5点選ばせたら、持っていないタイプのを3点も引き当てる。なかなかの打率。既存の街並みに、続けて設置。数えると、これで各種家屋が40棟。ただ並んでいるだけだが、遠くから見る分には、このぐらい並ぶと、けっこう雰囲気が出る。ここで見えている部分で、全体の半分ぐらい。あとの空きスペースを考えると、80〜100棟ぐらいは置けそう。まあ、そうするなら、ちゃんと道路とかも作らないとね。

4月29日(日)

このところ、用事だけの日帰りが多かったので、あまり「常設お座敷」を走らしていなかったのだが、今回は時間があるので走らす。とはいえ、半年ぶりぐらいなので、さすがにNでもそのままでは走らない。クリーニングカーで、エンドレスだけは一通り線路を磨く。それでも6つあるので、けっこう大変。側線までは手が回らなかったが、なんとか走らせて楽しめる状態にはなった。

4月28日(土)

GW千葉週間、一日目。今回は、前半で千葉にくる計画。たまった雑誌と、117号計画のために、前回東京へ持っていった資料を持って帰ってくる。けっこう、大量になる。そろそろ書庫を整理し、棚を増やさないと、新規では入らなくなってしまいそう。鉄道趣味は、資料やデータが必須だし、特に写真や図面が重要なアイテムなので、どうしても保存の場所がいるんだよね。まあ、ある種の「性」ですね。

4月27日(金)

例によって、昼休みに○天に行くと、なんか雰囲気が変わっている。2階が大きく模様替えされ、量販店のように、プラキットやN関係の箱が棚に山積み状態に。通路も狭くして、棚も一列増やした勘定。HOスケールを中心とする輸入ストラクチャーも、プラキットつながりか、3階から移動。まあ、ビジネスとしてはわからないでもないし、それで売上が上がってくれるなら、店の存続・発展という意味では大歓迎なのだが、昭和30年代の店舗を知っている身としては、ちょっと寂しい感じも。

4月26日(木)

4月は、鉄分のあるまとまった時間は、ほとんど117号計画に費やしてしまったので、読めてない雑誌・ムックが山積。そんなこんなで、やっと読む時間が取れる。というのも、一通り読んだモノは千葉の書庫での保存にまわしているのだが、ゴールデンウィークの前半に行くときに、できるだけ持っていきたいので、それまでに読んでおく必要があるからだ。という感じで、一通り目を通す。しかし、こういう感じで趣味の本を読むというのも、なんか変なのだが。

4月25日(水)


ということで、洗浄した水分も、一日乾かしてとんだので、ひとまず組み立て。最後に、第二先輪をプレートのモノと入れ換え。微修正や、若干のパーツ、パイピングの追加はあるかもしれないが、当初想定していたカタチにはなりました。ベースの組み立てに、若干の歪みがあるけど、許せる範囲なので、他のパーツ類でダマす方向で処理しました。記念に撮影。公式側、非公式側、正面、背面、全部見えるようにするには、こう2カット撮るのがいいでほうか。ワリと順調に行ったけど、まあ、一ヶ月なら根性は続く、ということですね。

4月24日(火)

早く帰れたので、ここは一つラストスパート。残っている左右のランボード下を一気に攻め落とそう。まず、公式側。スピードメーターは、珊瑚の16番C55用を、ステイを切り詰めて利用する。しかし、なんだこの柔らかいロストは。なんかソフトメタルみたい。すぐ曲がってきてしまうのを、だましだまし切る。おかげで鋸刃一つ損した。パイピング類は、実車のイメージを残しつつ、模型としての強度も考えて、ちょっとづつデフォルメ。ちょうど手でつかむ部分になるだけに、これは仕方がないところ。非公式側は、前部暖房管がポイント。実物のように浮かせたかったのだが、もともとランボードの幅が広めなので、これをやると車輌限界がヤバくなるので断念。その他、パイピングをチョコチョコ取り付けて、予定していた作業は、一通り完了。なんとか、4月中にできました。ほっ。

4月23日(月)

最近、団塊リタイア後の新市場みたいな文脈で、オヤジホビー、その中でも鉄道模型がよくメディアに乗る。まあ、その妥当性みたいなハナシはさておき、本日発売のアエラにも「鉄道模型が「超進化」」なる記事が載っている。サブタイトルで、「デジタルでいまや別世界」とあるように、CCDカメラによる「カメラカー」と、DCC制御に関する話題がテーマ。伊藤記者という署名入り記事だが、基本的にポイントをきちんと押えた書きっぷり。けっこうこの記者、好きモノと見た。それにしても、一般向けのメディアに「DCC」の記事が出るなんて、初めてじゃないのかな。

4月22日(日)

個人的事情で、週末にやらなくてはいけないコトが多く、忙しい一日。と思ったら、「鉄道風景」の今月のネタを準備してなかったことに気づく。なんとか時間を作って、ネタ探しをし、スキャンする。そんなこんなで、今月はまたかなり色合いの違うネタとなる。こういうのがお好きな方には、なかなかグッとくるかもしれませんが。ということで、内容は公開まで、乞うご期待。

4月21日(土)

午前中で、一気にテンダーの下廻りを作り込む。ATSの配管をどうするかは、いつも悩むところだが、今回は、下廻り側に装着して、上廻りヘは、線材自体の弾力性で圧着する構造にした。継手は、30年前のロストパーツから、オーバースケールのヤツを流用。なかなかいい大きさではないか。ATS車上子は16番用パーツの流用だが、車上子そのものの大きさは、なぜかほぼスケール。高さのみを詰めれば、台車との干渉もなく、問題なし。概して「大きめ」のパーツが多い中、小さめのヤツはHOスケールでの活用がしやすい。ということで、テンダーは完成。あとは、左右のランボード下だけ、というところまで来た。

4月20日(金)

資料を元に、テンダーの製作を再開。必要な穴を開けまくった上で、背面のディティールを加工。パーツのサイズの関係で、ドンズバにはならないが、まあ感じは出てきた。しかし、それにしても、ピンバイスでいくつ穴を開けたことか。親指と人差し指が腱鞘炎みたいな感じで、筋肉がつって痛い。それに加えて、指先の皮膚が擦れて、これまた痛い。そろそろ限界かも。

4月19日(木)

国鉄時代のDVD、やっと見るチャンスがとれる。東武鉄道他での古典蒸気の「動画」もものスゴいが、それよりビックリしたのは、常磐線のC62で副灯のLP405を点灯している走行映像があったこと。交流電化区間でのLP405の副灯というのは、組合対策とLP405を一手納入していた某総合電機メーカの利権とが結びついた産物で、実用のモノではない(実際、九州や北陸など60Hz地域では、交流電化区間でも副灯は装着していない)と、当時リアルタイムでは認識していただけに、これはビックリ。もしかして、違う意味で貴重な映像かも。

4月18日(水)

117号機計画で、唯一資料がないのが、テンダ背面の一部。車歴の近い、資料のあるカマの写真から、「大体こんな感じだろう」というところはわかっているのだが、やはり確証が欲しいところ。お召しの写真なら、誰か撮っているだろう、とばかりに、インターネットで検索すると、粗い写真ながら、なんとか出てきた。予想通り、そんなには違っていなかったが、これで一安心。そういう意味では、人気のある番号にしておいて良かったかも。

4月17日(火)

仕事の資料の本を探す用があったので、八重洲ブックセンターに行きつつ、八重洲ぽちを覗く。欲しいタマがあるワケではないのだが、後学のため。で、ウィンドウを見ると、これは珍しい。ターミナル・ヨーコーシャ特製品の、シュパーブ加工C62ではないの。懐かしいなあ。今から見れば、ごくごく普通というか、特定番号にみせる最低レベルなのだが、あの時代におけるインパクト(マニアが自作ではなく、特製品というビジネスとしてディティール加工を提供)は結構なモノ。35年ぐらい、タイムスリップさせていただきました。そういえば、今回の117号機でも、一部ヨーコーシャ特製品用のロストパーツを35年ぶりで使ってたりするんだよね。

4月16日(月)

今日も早く帰れて、一時間ほど時間がある。ということで、ちょっとでも計画を進める。気分を変えて、テンダーに手を出す。増炭枠を作って取り付けるのと、手すりの補修、釣り金具の取り付け。増炭枠は、ジャストに切り出してあるので、サクサクと組み上げるのみ。珊瑚製に敬意を表して、珊瑚製の筋目板を利用しただけでなく、すべて「イモ付け」での組み立て(笑)。自分でスクラッチなら、イモ付けも許せるけど、イモ付け前提のキットってのも(爆)。しかし、これをつけると、それだけでグッと九州ムードが高まる。ここで気分を盛り上げてはイカン。引き締めて、次のステップへ。

4月15日(日)

そういえば、今月はまだ「セット撮影」がなかった。そんなこんなで、4月恒例の「どこでも花見」が、今年も登場。花とのコントラストとなると、やはり色味がほしいので、今年もDLの登場。それにしても、やることが多い一日。その合間を縫って、方南町へ。117号機になくてはならない、プレート先輪は、C62用があるはずなので、分売してもらう。で、もしかしたら、と密かな期待を持っていたのが、16番C55用の「スピードメーター」。16番のC55は、一次型ということなので、動輪からスピードメーターの回転を取るタイプのパーツがあるのでは、思っていたのだが、ちゃんとあるではないの。元が面妖なカタチをしているだけに、線材の組合せでは強度に不安がある(脱線した時など、荷重が加わるパーツなので、16番で作った時難儀した)。これを切って削ってサイズをあわせれば、バッチリ使える。ランボード下で、一番悩んでいたポイントが、これにて一挙解決。

4月14日(土)

昨日の「穴あけ」に続いて、本日は「半田付け」の集中日。午後、家の留守番をしなくてはいけないコトを利用して、一気に作業。線材用の60W丸と、ロスト用の100W平の「二丁拳銃」で、流れ作業。作成したパーツとかも、既にアタりを取ってあるので、実に作業効率がいい。このぐらい「親切」に、パーツを仕上げたキットがあれば、もっと「作るヒト」も増えるのでは、と思うのはぼくだけだろうか(笑)。「材料セット」と「キット」は、本当は違うのだよ。ということで、夕方には、本体のランボードから上は、予定していた作業を全部コナし、この部分は完成。仮に下回りを取り付け、全体の具合を見ながらワンカット。模型は上から見ることが多いので、なんかかなり出来上がった感じがするが、ここで気を抜いてはいけない。

4月13日(金)

時間が取れたので、計画推進。本日は、ただひたすら、ピンバイスで穴を開けまくる。こういう「加工」工作は、手順の取り方で生産性が大いに違う。パーツ一つづつを、考えては切り出し、穴を開け、半田付け、とやっていくと、一日でできる作業に限界があり、ぼくのように固定した工作台がなく、いちいち「場を拡げる」必要がある場合は、これでは根気が続かない。ということで、今回は「工程の集約」に大いに気を使った次第。C55、C57のディティーリングは、1970年代に16番で何輌も作った経験があり、今回も基本的にはそれを踏襲しているので、工程の集約は比較的容易。まあ、進歩がない、という言い方もできるのだが。

4月12日(木)

なんと、パスモが供給不足で、定期券以外発売中止に。確かに使用開始以来、民鉄の改札口でも、日を追うごとに、目に見えてICカード利用者が増えてきていたが、それにしてもちょっとオソマツ。民鉄各社も、ポイント制とか、いろんなサービスをつけて勧誘に勤めたので、suicaからとかも乗換えが予想以上に多かったということか。まあ、「行列ができるラーメン屋」と同じで、最近は品切れになると、さらに人気をよぶ傾向があるので、パブリシティーとしては良かったのかも。

4月11日(水)

年度の替り目なモンで、数字の〆やら、歓送会やらで、なんとも忙しい。手が動かせるのも、週に1日か2日。幸い本日は予定がないので、また集中作業。デフや換装予定のパイピングなど、ひとまず外すモノを外した後、ドームから空気作用管廻りの取り付けにかかる。セル画のレイヤーではないが、ある程度バラして加工する時には、位相の関係をよく把握して、より下層の部分から作っていかないと、バラしてやるメリットが少ない。ということで、一番低位のレイヤーから。ひとまず、このブロックはカタチになる。ここまで約3時間。さて次は?

4月10日(火)

パスモ定期にしてから、約3週間。通勤には、複数の経路が可能なので、田園都市線区間のみ定期で、その先の東京メトロ等は、パスモの引き落としという利用。自動チャージなのだが、なんだか妙にチャージの回数が目立つ気がする。まあ、前はパスネットとSuicaと別々に利用していたのが、一緒になっただけで、利用頻度や支出額が増えているワケではない。まあ、1000円づつというのと、一気に3000円という、金額の違いが影響しているのだろうけど(笑)。

4月9日(月)

田園都市線ダイヤ改正、2週目に。渋谷到着、5分遅延。定時運転には、基本的に効果が薄そうだが、混雑の平準化はある程度感じられる。まあ、駅に止まろうが止まるまいが、完全にダンゴ運転だったワケで、かかる時間が変わらないのももっとも。これなら、朝の時間帯はもっと寝かせたダイヤにして、旧新玉区間で、3〜4分ぐらい多く余裕を見た方がいいんじゃないのかな。寝かせても、列車間隔自体は変わらないワケだし。なんかあっても、多少は回復可能だし。

4月8日(日)

千葉は、庭の手入れと農薬撒きが主眼だが、書庫から今回の計画のための資料を探し出すのも目的。ここでバラしてしまえば、ネタは117号機なので、形式写真も走行写真も、探せばかなり見つかる。とはいっても、ほとんどが「お召し仕様」の時の写真だが。古い「とれいん」と、当時の実物誌を当たって、テンダ背面以外は、ほぼ必要な写真を網羅。まあ、お召し仕様にするワケではないので、これをそのまま再現するつもりはないけど、磨き出してあると、パイピングの具合とか、非常にわかりやすくてこれはこれで資料としてけっこういい。

4月7日(土)

パーツも揃ってきたので、いよいよ本体の塗装を剥がす。どう見ても、通常のラッカー吹き付けだけの仕上げなので、リムーバも一応用意したのだが、シンナープールにて対応。朝一で、ドボン。塗幕もそんなに厚くないので、2時間程度でほぼ溶け切る。午前中で、剥離終了。クレンザー洗浄ののち、陰干し。塗装を剥がしてみると、いろいろ手をかけたくなってしまうところが、あちこちに。まあ、手間と全体のバランスを見た上で、楽しみながら行きましょ。で、午後から千葉へ。

4月6日(金)

田園都市線は、今朝も2分の遅延だったが、混雑の差は、ちょっと平準化した気も。で、夜は時間がとれたので、またちょこちょこ作業の続き。板材の切り抜きは、ランボードの変形部分と、テンダーの増炭枠。どちらも、珊瑚製の網目板、板目板を利用。珊瑚製に敬意を表して、増炭枠は全てイモ付けで組むことに(笑)。まあ、ここは構造材ではないので、昔の16番の頃から、この工法でやってきたんだけどね。続いて、空気作用管の製作。プロトタイプは、配管が妙にぐにょぐにょとねじ曲がっているのだが、さすがにこれをリアルに模型化するのは気がひける。ということで、「模型的表現」で、手馴れた標準的タイプとして作成。空気作用管は、個人的には、16番をやっていた72年ごろにいろいろ技法を研究し、73年ごろにはほぼ自分的なやり方を確立していた。今でも、支えステイにロストパーツを使う以外、その頃の「昔とった杵柄」を使えば全然OK。きちんと図面描いて、その上にテープで材料を貼り付けて、そのままガッチリ組んでしまえば、ワリと精度を出すのは簡単だと思うんだけど。

4月5日(木)

本日より、田園都市線のダイヤ改正。朝夕の上りのみ、急行が旧新玉川線区間を各駅停車する「準急」となった。まあ、今までも先行列車に追いついて、止まり止まり走っていたので、このほうが合理的。まあ、今日は初日ということで、今までと同じような遅延が発生し、各停と準急でけっこう混みかたが違っていたが、今後どう変化するかが楽しみ。さて、ちょっと用があって覗いたホームセンターで、商品入れ替えと称して、ドリルの歯のバーゲン。各サイズ、2本セットが90円。安い。極細はないものの、0.6からは0.2mmおきで一応揃う。こういうのは、いくつあってもいいので、0.6から2.0まで8セット購入。これで720円は安い。ラッキー。

4月4日(水)

線材・帯材といった素材が、いくつか必要になったので、○天3階で仕入れる。実は、銀座の天賞堂は、けっこう素材関係が充実していて、都心部では穴場。休日なら、いさみやとか行く手もあるが、平日には重宝している。原宿のIMONもある程度はあるが、あちらは「よく使うモノ」に特化した仕入れなので、ないものはもとからない。逆に天賞堂は、それほど工作自体に詳しくないヒトが仕入れているのか、どんな規格の素材でも網羅的にそろえてあるので、これはなかなか便利。まあ、逆によく使われるモノが切れちゃってることも、ままあるのだが。

4月3日(火)

模型店でダベっていて、最近テレビや新聞、雑誌といったメディアで、鉄道模型の話題がけっこう目立つというハナシに。リタイア後の団塊男性の趣味市場、という文脈で、鉄道模型というキーワードが出てくるし、それなりに動きがあるのも確か。しかしよく考えると、ここで狙っているヴォリュームゾーンは、1960年代に鉄道模型趣味や鉄道ファンといった趣味誌を読んでいた層でなく、せいぜい模型と工作、模型とラジオ、あるいは子供の科学(サーキュレーションは、趣味誌より一桁多かった)を読んでいた層とか、さらにデパート(当時百貨店はそう呼ばれていた)の模型売り場を憧れを持って眺めた層であるはず。となると、いまの鉄道模型業界では、量販品メーカーを除くと、とても対応不可能な市場といわざるを得ない、という結論。来るならトミーあたり、狙うべきは、16番のBトレか(って、それ、プラレールとどこが違うの(笑))。

4月2日(月)

今日は早く帰れたので、またチョコっとだけ手を動かす。というより、根気が続かないタイプなので、気分が乗っている間に後戻りできないところまで突っ走らないと、例によって仕掛りで終わってしまう危険性が高くなる。ということで、約2時間でできるところまで。本日は、門デフの下側のフレームの製作と組み立て、そして、デフステイの切り出しまで。「同じものを二つ作る」というのは、ご想像どうり苦手(笑)。「3つ以上作って、その中からできのいいのを選ぶ」というのは、さらに苦手。ということで、途中で放り投げない程度に、じっくりと慎重にコトを運んだつもりだが。以上、本日までの成果。これだけで九州ムードが高まる、というのは、やはりかつて九州に撮影にいったヒトだけなんでしょうね。

4月1日(日)

さて、新計画は何号機をプロトタイプにしようかと資料に当たると、大変なことを発見。手練れで門デフを切り出してしまったのだが、実は、何気なく加工してしまった細部は、C55には多いのだが、C57ではけっこう珍しいことを発見。このカタチのデフということ自体が、ほぼ特定番号機ということではないの。ということで、毒を喰らわば皿まで、ではないが、資料も多いことだし、その番号で行くことに。必要になるパーツで、ストックのないものをリストアップし、勢いつけて珊瑚とIMONへ。元が初期のキットで、ドームの後ろが変にトガっているヤツなので、ドームも現行パーツを分売してもらい取り替えることに。帰って早速、ドーム部分の加工。砂撒き管元栓を3連に増設し、砂抜き栓をつけると、これだけで九州ムードが漂ってくるなあ。


(c)2007 FUJII Yoshihiko


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