hobby diary

「夢」を大人買い

-今月のホビー日記・2012年7月-




7月31日(火)

今週売りの「週刊ダイヤモンド」は、「JR vs 私鉄」と題して、またまた鉄道特集。経済誌らしい、企業としての鉄道分析と、例によって趣味誌的な記事との二本建て。内容的には、営業要請という感じで、無理やりまとめました的なところも伺えて、ちょっと苦しいかな。まあ、二番煎じ、三番煎じと繰り返しているということは、それなりにセールス実績を残しているのだろうが、そろそろ限界も見えてきたかな。

7月30日(月)

昨日のいすみ鉄道は、Blogとかを見ると、やはりイベントがある日だったことが判明。AKB48岩佐美咲の「無人駅」発売記念イベントが、国吉駅のホームで行なわれ、キハ52を「わさみん号」として運転したとのこと。国吉駅には1500人のファンが集まったというから、カチ当らなくて良かったという感じ。

7月29日(日)

今回の用事は本日の午前中で済んでしまったので、ゆったりと多少遠回りしてドライブして帰ることに。いすみ鉄道と並行する国道465号線を走っていると、おりしもいすみ300型の二連と並走になる。道もすいていたので、二駅間ぐらいピッタリ並んで走る。さすがに最近の標準気動車がベースなので、いままでのレールバスよりはずっと大きい。一人乗車なので、運転しながらではスチルも撮れないが、同乗者がいてムービーを撮れば面白かったかも。沿道には暑さの中、同業者の姿もそこここに。けっこう遠くにいても、白望遠とか三脚につけていると目立つんだよね。

7月29日(日)

今回の用事は本日の午前中で済んでしまったので、ゆったりと多少遠回りしてドライブして帰ることに。いすみ鉄道と並行する国道465号線を走っていると、おりしもいすみ300型の二連と並走になる。道もすいていたので、二駅間ぐらいピッタリ並んで走る。さすがに最近の標準気動車がベースなので、いままでのレールバスよりはずっと大きい。一人乗車なので、運転しながらではスチルも撮れないが、同乗者がいてムービーを撮れば面白かったかも。沿道には暑さの中、同業者の姿もちらほら。けっこう遠くにいても、白望遠とか三脚につけていると目立つんだよね。

7月28日(土)

千葉の庭については、ちょこちょこと手入れをしにきているのだが、夏休みを前に、家のほうのチェックと修理をしに行く。今年は春から、大雨や台風並みの強風が続いたため、けっこうトラブルが出ている。門扉の修理は、さすがにタタキのセメントの水平面が出ないとマズいのでプロに頼むが、ちょっとした修理は、基本的にセルフサービス。この点、レイアウト屋さんは、ある意味日曜大工の基本技が身についているので、けっこうつぶしが利く。車輌工作も、いろいろ実用面で応用が利く技術が多いが、レイアウトの経験はトンカチのこぎりの世界だけでなく、壁紙貼りとか、壁面のペンキ塗りとかも役立つからなあ。

7月27日(金)

東急バス20周年記念塗装車のうち、青葉台営業所の旧路線バス塗装車の撮影に成功。見かけたことはあったのだが、なかなかバスを撮影するのは難しいので、ラッキーかも。記念塗装車でも、下馬営業所の旧観光バス塗装は、さすがに何度も見ているし、複数回撮影している。残りは東山田営業所の前観光バス塗装、虹ヶ丘営業所の現観光バス塗装だが、これは都内にはやってこないので、まあ見るチャンスはないだろうなあ。

7月26日(木)

偶然なのだが、昨日はちょっとした都合で、都電荒川線と東急世田谷線という路面電車由来の都内の二路線を、一日の中で両方乗るという怪挙をやってしまった。上京したついでに、都内の鉄道乗りまくり、みたいな人ならけっこうあるかもしれないが(「記憶の中の鉄道風景」に掲載したように、高校の修学旅行の途中で、京都市内の電車に全種乗るというアホをやったことがある)、都内に住んでいると、この両者はけっこう離れていて、なかなか縁がなかったりするのだ。両方ともパスモで乗車したが、一日の中で両方乗ると、なんかもらえるコラボキャンペーンとかやんないのかな。

7月25日(水)

東横線と副都心線との相互乗り入れが、来年3月16日より開始と、各社より一斉にリリースの発表があった。「平成24年度中」を、公約通りギリギリで守った感じだが、工事の進捗状況を見ると、あと半年強でけっこうガンバルなあ、という感じもする。ある意味、想定内といえば想定内なのだが、あっさりと日比谷線直通乗り入れの中止がうたわれているのも、けっこうオオゴトといえばオオゴトだが。日中のダイヤでいえば、時間当たり18本は変わらないものの、4本が渋谷折り返しとのこと。15分パターンダイヤは変わらないようだ。

7月24日(火)

朝駅に行くと、田園都市線が止まっている。前は、けっこうよくあったが、朝モロにぶち当たるのは久々。この一年ぐらいは、なかった感じがする。人身事故ではなく、ドア故障。まあ、対応は慣れているので、粛々と比較的乗り易いバス停に移動。それでも昼過ぎまでダイヤが乱れていたんだから、まあけっこう影響は大きいなあ。しかし震災以降、こういうトラブルに動じなくなった気がする。

7月23日(月)

Models IMONの九州ナンバープレートシリーズ。今度は、筑豊地区と南九州。個人的には、後藤寺機関区・行橋機関区の9600と、人吉機関区・吉松機関区のパシフィックが入っているのがおいしいところ。9600は、全部なんちゃってな○○号機タイプなので、そんなにコダわることもないといえばないのだが、やっぱりなんちゃってが完結するためには、そのままズバりのナンバーがついているのが一番。ということで、今回のが一番使い手があるかもしれない。

7月22日(日)

本日は、月例のJAM理事会のため、鉄分過多なれど趣味分なし。ということで、形式写真のついでに撮ったカットでお茶濁し。バックの空のカキワリも、だいぶ傷んできたので、アウトフォーカスにしないとヤバくなってきた。60mmマクロは、けっこうこういう使いかたができていいかも。それにしても、白線一本でずいぶんイメージが変わるものだなあ。パイプ2・3本つけるより、よほど効果的かもしれない。

7月21日(土)

涼しいのはいいのだが、降ったりやんだりの雨。ということで、なんか小細工でもしようか、ということで、この前D51206のナンバーだけつけたカマを、もうちょっと九州風にする。幸い、テンダに増炭板がついているので、タブレットキャッチャをつけてキャブのナンバープレートをずらし、ランボードに白線を入れれば、けっこうその気がしてくる。デフも穴あきなので、あとオイルポンプをランボード上に移設すれば、ほぼ完全。まあ、これは末期の転入車には下付きのヤツもいるので、大目に見よう。ところで、井門さんは好みではないようだが、九州のカマは煙室扉ハンドルを磨きだした例がおおい。1960年代までの本線系の機関区だと、半分ぐらいは磨いてある。特に「ツノ」が出たタイプのハンドルは、磨かれていることのほうが多い。ぼくは、真鍮の飾り帯等も含めて、キレイに磨いてあるほうが、九州らしく思うけど。

7月20日(金)

19日が木曜だったので、Models IMONとかでは、昨日から売っていた雑誌もあるようだが、天賞堂では本日が趣味誌の店頭発売日という、最も遅いパターン。まあ、今となっては、店頭発売日の賑わいも、過去の思い出という感じですなあ。出版不況というより、とにかく「全部買う」タイプのオールドファンが、鬼籍に入ってしまったというのが大きいようで。まあ、残存者利得で、最後の一誌が残ってくれればいいのだが。

7月19日(木)

またまた、秋田新幹線「こまち」号が、クマを跳ね飛ばす事故が発生。車輛を点検したが、クマは発見できなかったとのこと。跳ね飛ばしてしまった、ということのだろう。それにしても、やはりスノープローは意味がある。かつて弁慶号や義経号をはじめ、北海道炭礦鉄道の機関車は大型のカウキャッチャーを装着していたが、あれも、クマ対策にけっこう効果があったのかも。

7月18日(水)

仕事の関係で、工事中の東京ステーションホテルに行く。休業前のステーションホテルは、当時の丸の内には店が少なかったこともあり、特にバーにはけっこう行ったことがある。しかし、リニューアルしたステーションホテルは、拡大した駅舎がほとんどホテルになったような感じで、客室数が3倍になっただけでなく、豪華さでも第一級の施設となった。インテリアも、天井の高さを生かし、19世紀ヨーロッパ調の落ち着いた雰囲気。また、レンガ造りの建物ならではの複雑な壁構造を生かした、不思議なレイアウトの部屋もあるなど、東京を代表するホテルとなった。社長の話だと、文化財に泊るという非日常的な空間を活かし、観光需要を中心ターゲットとしてゆきたいとのこと。レンガ造りのホテル駅舎というと、どうしてもユーロスターでロンドンの顔となったセントパンクラス駅と比較してしまうが、確かにかなり意識しているとは思われるものの、東京駅も、ヨーロッパにはないその線路方向に展開した横幅の大きさといい、威風堂々としたランドマークとしての存在感は充分だろう。工事中ということで、客室内は撮影禁止だったので、室内から見たドームの写真を。

7月17日(火)

いろいろと話題の「原鉄道模型博物館」。開幕当初の出足は、プロモーションをかけまくったこともあって、開館早々に整理券が尽きてしまう大盛況とのこと。ご同慶の至りだが、まあ勝負は話題性が一巡してからでしょう。ところで、同館自体の保守・運営を請け負うことになった天賞堂は、相当な人数を銀座店から割いたようで、店頭の顔ぶれが、けっこう変わっている。さて、これが吉と出るか凶と出るか。ところで、来週の25日(水)は、またまた天4は仕入休業。来週末は、何が出てくるんでしょうね。

7月16日(祝・月)

夏の国際鉄道模型コンベンションの、企業関連の発送作業。かなりの分量があるのだが、理事および一部の会員のボランティア作業により、なんとか完了。都合、三日間かかってしまった。ということで、実は「日本鉄道模型の会」の運営に関わる諸々の作業は、全てボランティアベースでこなしていますので、ご協力していただける方がいらっしゃれば、大歓迎です。基本的に奉仕活動ですが、いろいろ面白い話を聞けたりはしますよ。

7月15日(日)

ついに、夏の陽気がやってきた。暑さ全開。これで梅雨明けが出るか、という天気なので、久々にフォトセッション。とはいえ、急に暑くなったので、どうもやる気がイマイチ。まだ、写真に登場していないModels IMON製のC57、2輌をまとめて登場させる。今まで、このモジュールの横位置は、撮り方に苦労したのだが、広角系の単焦点レンズが増えたおかげで、いろいろバリエーションが出せる。今回は、24mm(換算36mm)を使用。確かに奥行きに関しては、テレビのスタジオセットのようにいい感じになるが、すでに建物にちょっと歪みがかかってるよね。となると、アオりか。って、μ3/4じゃないんだよ(笑)。

7月14日(土)

一日がかりの用事があったので、本日は鉄分なし。そういえば、青函トンネル対応の貨物用機関車EH800について、JR貨物より記者発表があった。まあ、当然と言えば当然なのだが、かつてのED79のように青函トンネル専用で、交流20000Vと25000Vの複電圧、保安装置も在来線と新幹線の両用と、いたって想定内の仕様。まあ、トンネルをめぐる貨物運用について、中長期的なビジョンが明確になっていない以上、ひとまず目先の対応ということにならざるを得ないので、致し方ないか。しかし、国内最長のダブルゲージ区間となるわけで、非常時の対応などの運用のほうは、それなりに興味をひかれるところではある。

7月13日(金)

中野で飲み会があったので、中野駅で降りると、ずっと工事をしていた、北口駅前広場の改良工事と、それにあわせた中野駅北口の改装工事が完成していた。中野駅の通路も、北口から南口へ、まっすぐに見通せるようになり、風通しもよくなった感じ。で、ふと思ったのだが、ぼくが子供の頃って、北口の改札はこっちを向いていたのでは。なんか、見たことがある光景という気がするんだよね。真相やいかに。写真は、これまたスマホで撮ったもの。今月はこういうのが多いですが、あしからず。

7月12日(木)

「記憶の中の鉄道風景」の、今月分のコンテンツ作成。内容は、今月もまた、高校の修学旅行の一日目、京都での自主班別行動の記録だが、今回でやっと終わり。というワリには、京都でのカットは出尽くしてしまったので、同じ修学旅行中に撮った、鹿児島市電のカットが目玉かな。なんといっても、ぼくが70年代に撮った鹿児島市電の写真は、この2カットしか存在しないんだよ。

7月11日(水)

解体予定の「羊蹄丸」の中に保存されていた車輛は、DE10が千葉のポッポの丘、スハフ44が真岡鉄道で各々保存されることになり、各地へ移送されたとのこと。まあ、買い手がいるなら、それに越したことはない。しかし、どうせ関東圏で保存するなら、船の科学館にいるうちに引っ張り出して運んだ方が安かったんじゃないの。こっちのフトコロが傷むわけじゃないから、どっちでもいいといえばいいけどね。

7月10日(火)

品川のキヤノンギャラリーSに、開催中の諸河久氏の写真展「電車道」〜日本の路面電車今昔〜を見に行く。偶然、諸河さんが会場にいらっしゃる日だった上、他のお客さんがほとんどいない状態だったので、15分ぐらいゆっくりお話をうかがうことができた。もちろん、蒸気機関車現役の時代から、諸河さんの業績はたくさん見てきたし、お姿を拝見したこともあるのだが、こういう形でお話できたのは初めて。実は諸河さんの趣味の原点とも言える鉄道模型の話からはじまり、60年代の鉄道趣味界の話題、70年代のブーム下での鉄道写真の状況、そして写真機材の進歩の話まで、話題もいろいろ。諸河さんは、鉄道趣味でいう「二世代」上、けむりプロの皆さんのように、松・謙さんや平井さんのもう一つ上の世代に当るので、当時のリアルタイムの話題もなんとか共有できるというところ。充分、雑誌記事二回分ぐらいの内容でした。展覧会の詳しい内容については、後日ということで。

7月9日(月)

最近、相次いでModelsIMONから発売された、蒸気用ナンバープレートの九州シリーズ。特定番号機もいいのだが、そこまで作りこんでいない車輛でも、なんちゃってというか、当らずとも遠からじなら、馴染みのナンバーを付けてみれば、なんかその気になるからおもしろいところ。「エンブレムチューン」みたいなものか。しかし、このナンバープレート、抜き残しの部分が0.2tもない。本当なら、エッチングパーツ用のニッパーで、一発で切り出すのが一番キレイなのだが、ニッパーなど使えない実装密度の高さ。ということで、真ん中辺のナンバーは、糸ノコで切り出すしかない。確かに、糸ノコの刃が入るように、休み穴風の広がった部分があったりするのだが、この極薄板をキレイに切るのは、バローべの細い刃を使っても、けっこう神経を使う。急がば回れで、気長にやるのが一番なんだが、これが不得意なんだよね。まあ、若い頃よりは、ちょっとは腰が据わったかもしれないけど。

7月8日(日)

東京都市大学(というより武蔵工大)の鉄研OB会が、恒例の運転会を開くという案内が、同部OBの友人からあったので、尾山台のキャンパスを尋ねる。武蔵工大の鉄研は、いろいろとご縁のある方が多かったりする。構内のホールを借りて、16番とNの組線路が敷かれている。16番のほうでは、さっそく天賞堂のぶどう色1号のスハ44系や、カトーのEF510などが登場して活躍中。量販品ができてから、16番の運転会が、自慢のし合いではなく、本当の意味で「運転」会になってきたというのは、いいことかもしれない。

7月7日(土)

スポット天気予報によると、外房九十九里浜は、昼過ぎまで晴れの予報。梅雨の間に一度でも草刈をしておくと、夏場の乗り切りが圧倒的に楽になるので、ここは無理しても作業をしたい。体調を崩していたのだが、特攻で千葉に行く。結局、一通り刈り込んだところで、黒雲が沸き立ち、激しいにわか雨に襲われる。外房で突然の黒雲というと、最近では竜巻の危険性もあるので、ここにて終了。一応は作業できたからいいか。しかし、今回持って行った書籍で、鉄道関係の雑誌や書籍を収めている書庫が満杯。夏休みに行ったときには、抜本的な整理をしなくてはならないなあ。

7月6日(金)

東京-上野連絡線は、いつの間にか中央通りとその先の陸橋部分のガーダーが据え付けられ、上野側アプローチのラーメン橋梁の設置に入る模様。目立たないけど、ちゃんと進んでいる。そんな中で、秋葉原駅の3・4番ホームから見える、旧来のガーダーを再利用した部分。位置を嵩上げして、勾配を付けて利用するだけでなく、なんと、路盤部分にセメントを流し込んで、スラブ軌道化してしまっていた。前後の区間がそうなので、言われてみればそんなものか、という気もするが、あまり見たことのない使いかたではある。

7月5日(木)

仕事方面の関係で、東京ビッグサイトに行く。今週は、東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPOが西館で開かれているが、なつかしい西4は、西3とつないで国際電子出版EXPOを開催中。このイベントは、モーターショーなんかに比べると、圧倒的に小型のブースが多いイベントなのだが、それでも一般のイベントはブースが大きい。おまけにパーティションがはっきりしているので、かなり狭く見える。子供のとき住んでた家の庭を、大人になってから見ると狭いような感じ(ではないか)。ということは、東4で国際鉄道模型コンベンションのブースを並べると、ものスゴく会場が広く見えるんだろうな。なんか、ちょっと恐いような嬉しいような。

7月4日(水)

6月28日のところで「気になっている」と書いた、旧万世橋駅跡。早速というか、偶然にしろいいタイミングで、利用計画についてJR東日本から記者発表があった。旧ホームは展望カフェ、屋外デッキとして、旧駅舎の遺構から回遊ができるように整備。高架下のレンガアーチ内部は商業施設とし、神田川側にデッキを設置して親水空間を作るとのこと。さすがに草ボウボウはないだろうと思ったが、ひとまずは安心というところか。しかし、あの側線のところに、なにか保存車輛を展示してもらいたい、という気もするのだが。

7月3日(火)

前から気になっていた、いき出版の「世田谷区の昭和」。なんせ9900円という安くはない本なので、なかなか踏ん切りがつかないでいたが、中身を見れたので、清水の舞台で買ってきた。一般の方々から集めたカットで編集してあるので、特に古い時代のものは、集合記念写真が多いのだが、昭和の風俗の記録という意味では、ジオラマ方面でもなかなか役に立つ内容。ただ。キャプションの考証が曖昧で、ぼくでも明らかに間違いと断言できるような記述が、そこここで見られるのは残念。

7月2日(月)

例の蔵出しは、土曜日にあったようだが、今回は久々にブラス製の米国型がけっこう放出された模様。それも、かなり安めだったようで、量販品中心で米国型をやっていた人には、なかなかラッキーだったようだが、そもそも米国型をやっている人自体が、日本ではレッドブックものだからねえ。需給ということで言えば、価格は右肩下がりで当然なのかもしれない。

7月1日(日)

本日より、副都心線渋谷駅のホームが分離され、3番線(本来の3・4番線ホーム)と4番線(同5・6番線)との間の行き来ができなくなった。同時に、列車案内のディスプレイも一新され、東横線対応のものに変更。実は、一部の表示は、フライングですでに新しいモノが使われていたりしたのだが。また、番線表示もよく見ると、「3・4」「5・6」と書かれている上に、3番線、4番線と書かれたシートを貼付しているモノもある。段々と、東横線直通も近づいてきた感じ。写真は、FBで使った、スマホで撮ったものの転載ですが、あしからず。




(c)2012 FUJII Yoshihiko


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