hobby diary

「夢」を大人買い

-今月のホビー日記・2013年11月-




11月30日(土)

飲み会の店に行く途中に、写真機材の中古店が(って場所わかっちゃうよね)。ふと覗いてみると、デカいアンドンというかライトボックスの中古が、まさに破格値。よくみると、これ写真用じゃなくて、デザインのトレース用じゃないの。まあ、デジタルの時代だと無用の長物かもしれないけど、昔のネガやポジを大量に持っている以上、管理用には必要なんだよね。ということで、購入してしまったが、デカいのを(まあ、重さは軽いけど)飲んだ後で持って帰るハメに。でも、これあるといろいろ便利なんだよね。

11月29日(金)


5週目まである月は、どうも最後のあたりがダレがちになってしまうのは仕方がないところ。とはいえ、街はすっかりクリスマスムードである。新橋駅前のC11も、例によってクリスマス装飾になっているが、今年はなんだか例年になく派手ないでたち。アベノミクスの影響か(笑)。まあ、やるんなら派手なほうがね。中途半端にやるというのが、いちばん寂しいからね。

11月28日(木)

久々に、東京-上野連絡線の定点観測。ついに桁は全部繋がり、高架上でも線路の敷設がずいぶん進んできている。土木や構造物の工事から、線路の工事へフェーズが進んできたような感じ。でも、最近では京急や京成といった、一般の高架化工事よりは、ペースが緩いのも確かではある。線路が敷かれてからのほうが、細かい作業が多いので、見た目の進み具合はさらに遅くなるんだろうけど。

11月27日(水)

JAM日本鉄道模型の会の支援・協賛企業への、今年度の活動報告とメーカー・流通各企業トップの方々を集めての懇親会。懇親会は、今年の忘年会シーズンの第一号という感じか。この数年は、大きく変化した鉄道模型を取り巻くマーケットにどう対応するかという試行錯誤をトライしてきたが、ひとまず来年度から目指すべき方向性は定まったので、そのビジョンをご説明する。皆さんからもご賛同を頂き、今まで以上に協力しあう体制が見えてきたのは、喜ばしいことだ。ご期待いただきたい。

11月26日(火)

秋田の道路復旧工事現場で土砂崩れがあり、工事関係者が犠牲になった事故があり、はからずも衆目を浴びるところとなったが、鉄道にしろ道路にしろ、「難所」を通っている区間は、その交通を維持するためにかかるコストはけっこう高い。常にメンテナンス工事をしていないと、線路や道が自然に飲まれてしまうのは、廃道マニアならずともイメージは湧くことと思う。インフラを建設するときには、こういう維持コストを勘定に入れないのが、日本の悪いクセである。過剰インフラは必要以上のメンテナンスコストがかかることになり、右肩下がりの経済においては、極めて重い社会的コストになってしまうことを、やはりきちんと考えるべきだあろう。鉄道もそうなのだ。

11月25日(月)

モジュール系のクラブでやっていた人にとっては、使わなくなったモジュールをどうするか、というのがなかなか頭を悩ませるタネである。なんせ大きくて場所をとる。スタンドアロンでお立ち台として使えるようなものならまだしも、全体の繋がりの中でしか使いようがないヤツなど、本当に処置に困る。幸い、ぼくが関わっていたクラブは、どこもカトーのモジュールと互換性のあるパネルと基本としていたので、地面から上をひっぺがしてしまえば、台枠だけは何とか使えるのだが、独自規格のヤツとかだと、煮ても焼いても喰えない粗大ゴミになってしまうんだろうなあ。といいつつ、近々整理をしなくちゃ。

11月24日(日)


いろいろ予定が変更になって、あたふたした一日。よって鉄分なし。ということで、昨日のセッションの別テイクにて。でもジオラマは、スペースが小さくても、載ってるのが貨車だけでも、それなりに世界ができてしまうから面白いよね。ここに、野良犬とか小鳥とかのフィギュアがあれば、それでもっと世界が広がるし。まあ、お立ち台ひとつあれば、そういう演出がいろいろできるというのも、それはそれで楽しい世界だと思うけどね。

11月23日(土)


季節感、光線の具合がちょうどぴったりなので、複線のお立ち台のフォトセッション。こういうのは、鉄道写真のジャンルではあり得ないけど、模型写真としてはけっこうグッとくるものがある。もっとも、一般のフォトジェニックな写真という意味では、こういうカットも、ノスタルジックなイメージとしてはあり得る。そういえば、前、仕事で知り合いのアートディレクターから、知り合いの鉄道写真家に当ってイメージにぴったりの列車の写真を探してくれ、と頼まれたけど、鉄道写真家はそういうタイプのカットは撮らないので、全然フィットするのがなかった、ってことがあったのを思い出した。けっこう鉄道写真というのは、それ自体として独自なジャンルを構成しているということなんだろう。

11月22日(金)

最近、暇潰しではあるが、いろいろなトコロで、公衆wifiの接続テストをして楽しんでいる。繋がりやすさ、シェイクハンドの速さ、実効速度での評価。慣れてくると、目分量でも5段階評価ぐらいならできるようになる。やってわかるのは、一言で公衆wifiといっても、ほんとにピンキリということ。そんな中で特筆すべきは、都営大江戸線の各駅のUQ wi-fi。この3点、どれをとってもトップクラスで、必ず一瞬で繋がって、しかもかなり速い。都営線といえば、どことなく設備の二流感がついてまわるが、これだけは大したもの。都営線にしては過剰設備で、ポテンシャルのワリに使っている人が少ないので、リソースが余っているのかも。大量ダウンロードにはいいかも。

11月21日(木)

珍しく新宿の京王百貨店に行く用事があったので、7階にテナントで入っているポポンデッタの鉄道模型売場を覗いてみる。昭和の昔は、百貨店といえばカツミか宮沢の仕切っている鉄道模型売場がつきものだが、東京では本当に珍しい存在になってきた。しかしまあ、ポポンデッタはショッピングセンターへの出店が多いので、一種のショッピングビルと考えれば、意外といい組合せなのかもしれない。前、できてすぐぐらいに一度来たことがあるが、その時はまだ「百貨店の模型売場」っぽい感じ(その前、京王百貨店には本当に模型売場があった)だったのが、中古コーナーに妙なジャンクがあったり、貸しレイアウトの周辺は妙に雑然としたりと、いかにもポポンデッタの店舗らしくなってきたのが面白いといえば面白い。残っているということは、廻っているということなんでしょうね。

11月20日(水)

ゲージやスケールで鉄道模型ファンを分類したがる人がよくいるが、昭和30年代・40年代ならいざしらず、出戻ってきた90年代以降の模型界を見る限りは、かなり見当外れとなってしまったといわざるを得ないだろう。少なくとも、一種類のスケールやゲージしかやっていないというファンは(NしかやっていないライトなNユーザを除くと)、16番原理主義者の方々ぐらいではないだろうか。それより、ゲージ・スケールを問わず、鉄道模型ファン、車輌模型ファン、コレクターというくくりの方が、意識や行動様式という面では影響が大きく、互いに相容れない要素も強いように思う。たとえば、「とにかく買うことはいろいろ買うが、箱に入れっぱなしでそのまま」というコレクターは、16番でもNでもけっこういるし、マーケット的な売り上げという面では、けっこう重要な顧客である。そういう方々は、いろいろな面でげーじ・スケールと問わず共通性が高い。販売店の現場にいれば、そういう傾向性はすぐわかると思うのだが、これがなかなか業界の常識にならないというのが、旧態依然としている点なのだろう。まあ、日本のマーケットは概してそういう傾向が強いのだが。

11月19日(火)

今日が、趣味誌の店頭販売日なのかな? 昨日、すでに一部の雑誌は店頭に出ていたようだが、昨日は足を運んでいないので、実際は不明。全部揃ったのが今日ということは間違いないようだ。しかし、趣味誌が厳しい状況にあるのは日本だけでなく、アメリカでもMR誌とか、見事に薄くなっている。アメリカの趣味誌の場合、店頭売りより年契郵送読者の方が多いので、インターネットの影響は日本以上にある。さらに収入でもショップの通販の広告の占める割合が高かったので、ショップそのものがオンラインのeコマースになっちゃうと、目に見えて広告も減るという、ダブルパンチで効いている。まあ、それに比べればまだ対処のしようはあるんじゃないかと思うが。

11月18日(月)

今頃になって、9月売りの「蒸気機関車EX」を入手。9月の発売時期、異常に忙しかったからなあ。でも、特集が直方機関区だったのね。10月に直方に行く前に読んでおけば面白かったかも。逆に、新鮮な刺激にならなかった可能性もあるし、まあこれは流れですね。で、直方に行って聞いた話と繋がるけっこう面白い発見があったのだが、それはちょっとこういう場で書くべき内容ではないので、時期が来たら、また。

11月17日(日)

月例、JAM日本鉄道模型の会の理事会の日。こういう趣味自体が本質的にそういう性質をもっているのだが、伝統を継承しつつ、新しい時代の風に合わせた体質を作らなくては、その趣味自体が過去のものとなってしまう。歴史を受け継ぎ、それを次の世代に継承できる形にした上で伝えてゆく。そういう仕事をしたことがある人は、わりと理解できることだとは思うが、それは誰にでもできることではないのだろう。鉄道模型界自体が大きな転換期になっている今だからこそ、やるべきことは非常に多い。それを改めて実感した。

11月16日(土)


天気がいいので。再び複線のお立ち台を使ってフォトセッション。これ、ケースは中古で200円だったけど、枯草生やすんでミニネイチャーを一箱半ぐらい使っちゃったからなぁ。結果的にそれが一番高かったりして。今回は、複線っぽい感じでとる。となると、やはり室蘭本線か筑豊本線。筑豊は現物を見ちゃったんで、ちょっとなんちゃってがやりにくいんで、室蘭本線のイメージ。こういう構図だと、1118号機のほうが上りで、向こう側のセキは空返になるはずだけど、まあ、その辺は・・・。ぼくは、すれ違いが好きで、重なった瞬間取れたら大ラッキーと思っていたけど、最近の若い撮り鉄ちゃんは、カブったとかいって嫌うのね。メインの列車は、立ち位置さえ選べばど真ん中で撮れるし、周りはいろいろ入ってきたほうがラッキーだと思うんだけど。

11月15日(金)

ほとんど書店店頭で見ないので気がつかなかったが、アシェットの「日本の貨物列車」シリーズ、一応出続けてるのね。しかし、レギュラー号は1700円(税抜き)なのか。オリジナルで型を起して作ってるんだから、それ相応にコストがかかってることはわかるが、決して安くはないな。でも、号によって売り上げにずいぶんムラがあるんだろうな。ターンテーブルと扇形庫はけっこう出るんじゃないかと思うけど、一体何号分になるんだろうか。10号分ぐらいは、軽く行きそうな気も。

11月14日(木)

まあ突き詰めて言えば、交通の社会インフラ構築に関しては、明治以来、日本の国としては一貫した戦略がなかったところに、そもそもの問題があったということなのだろう。3'6"を採用してしまったのもそうだし、主要幹線も、ひとまず民営で建設してしまうことにしてしまったのもそうだ。「貧すれば鈍する」ではないが、トータルな戦略を考えて実施できるほどの財政の余裕がなかったことが直接の原因なのだろう。しかし、金はなくても、「百年の計」を考えることはできる。それはある意味、鉄道に限らず、軍隊もそうだし、政治経済全てに対して言える、近代日本の構造的問題である。「列強に追いつき、追い越せ」という焦る気持ちはわからないでもないが、だからといって戦略を持たずに、できるところからなし崩しで手をつけて行く、というやり方はデメリットの方が大きい。リソースが限られているときこそ、戦略を持っていないと、「早い者勝ち」になってしまう。ましてや、20世紀に入るとグローバルに広がった「大衆社会化」の波は、すでに明治後期には日本にも押し寄せ、政治はポピュリズムかして行く情勢であった。「スモールエンジンポリシー」を選んでしまう流れは、近代日本の病巣そのものでもあるのだろう。

11月13日(水)

部分最適の誰にでもわかる悪例は、DD54形式であろう。趣味的には面白い形式かもしれないが、全く存在意義がない機関車である。十年前後で廃車され、DD51に置き換えられたのだから、最初から、すでに量産が続いていたDD51を新製配備しておけばよかった話なのは猿でもわかる。DD51は軸重切替が可能なので、この場合は線路の改良すら必要なかった。DD54の開発・配備・維持管理に要したコストはそもそもなくてよかったし、福知山地区にDD51を集中配備していれば、予備車の削減や運用の合理化などコスト削減メリットも大きい。当時の国鉄の財務状況を考えれば、DD54など「百害あって一益なし」の形式であったことは間違いない。国鉄末期の危機的状況には、こういう「人災」的な要素も大きいのだ。ハコモノ行政で作った「官」営事業や第三セクタの多くが経営破綻してしまうのと、そのメカニズムは同じだ。

11月12日(火)

これがもたらした悪影響は、色々な所に見られる。D51形式の固定軸距は第1〜第4動輪間の4650mmと思いがちだが、公式には3100mm、第1〜第3動輪間である。第4動輪にちょっとだけ横動を許すことで、固定軸距ではなくしてしまっているのだ。逆に、例の北海道の規格外の「違法スラック」は、戦時輸送等に関わる中央からの指令があって、保線関係が譲ってしまったのが始まりだろう。結局、戦前の「鉄道省」はモロ役所だし、戦後の「国鉄」も、中途半端な企業体ではあるが、その体質そのものは役所のそれであった。役所的であればこそ、タテ割り・セクショナリズムの個別組織の部分最適はあっても、全体としての目標達成に向けた全体最適はなしえない。少なくとも戦前の段階で「我田引鉄」ではなく、鉄道省は亜幹線以上の主要線区、その他の枝線、ローカル線は民間で、と分けていれば、鉄道省の路線は全て乙線以上の規格にできただろうし、そうなれば機関車はC57とD51に統一できただろう。結果的に、線路も傷まず、無駄な車輌も作らず、コストは極小化できたはずである。経営学的な視点からいえば、そのような全体としての効率化の発想があれば、国鉄ももっと息長らえることができたかもしれないのだが。

11月11日(月)

土曜日の会員勉強会でもちょっと話してしまったが、旧国鉄時代の貧弱な線路でクリティカルだったのは、軸重以上に横圧であった。垂直方向の重みは、程度問題もあるが、速度さえ出さなければかなり耐えられるし、線路側への負担も限られている。しかし、細い線路と貧弱な枕木は、横方向の広げる力にはひとたまりもなく、横圧の高い車輌が通過すれば、一発で線路は広がり、歪んでしまう。その分、メンテナンスを頻繁にやればいいのだが、かつての国鉄では、ウワモノの車輌やその運行をやる部署より、線路や施設といったインフラ関係の部署の方が、ヒエラルヒーが上だった。このため、車輌にインフラを合わせるなどということはありえず、インフラに車輌を合わせるという本末転倒が横行していた。日本の鉄道をダメにした宿痾ともいえる「スモールエンジンポリシー」も、ここにその原因のひとつがある。しかし、中のヒトはさておき、ファンの間ではこれはあまり知られていない。それは、「横圧」という概念自体が、スペックデータとして公開されているものではないので、とっつきにくいモノだったということもあるだろう。

11月10日(日)


久々の鉄分のある週末でもあることだし、お立ち台に草を生やしてフォトセッション。調子に乗って3種類のミニネイチャーを組み合わせて使ったら、なんか生やしすぎちゃったかも。完全に枯れた感じじゃなくなったな。まあ、これはテーマのあるジオラマじゃなくお立ち台なので、それなりの整合性があれば問題はないけど。で、ふと思って、D51の1118号機と、118号機を並べてみる。どちらも岩見沢第一機関区所属で、蒸気末期まで活躍していたので、並びを撮影した人もけっこういるのでは。ぼくも、同じ日に走行中の両機を撮影しているし。この角度から見ると、188号機の「なんちゃって」もそれほど気にならないかな。でも、この角度だとお立ち台がほとんど写らないですね。草の先っぽだけで。

11月9日(土)


昨晩はModelsIMONのパーティー、本日はJAMの会員勉強会と、二日続けてパンダレストランで鉄分の濃い時間。本日の勉強会は「C61という機関車」と称して、松本謙一氏を講師に、C61にまつわる歴史、活躍の跡などを振り返る企画。南九州のC61のパートは、ぼくも写真を提供し、それにまつわる解説をした。書籍や雑誌の記事や、オフィシャルな場ではちょっと聞けない裏話も含め、かなりのベテランファンでも初めて聞く話が結構あったのではないかと思われる充実した内容。もっと多くの方に聞いていただいてもよかったような気がする。

11月8日(金)

昨晩は続いて、線路と枕木の塗装と、土と芝草のターフ撒き。まあ、この辺は慣れたものなんで、トラブルがなければ工程数も読めるし、時間もほぼ予定通り。メシの前後で、サクッと終了。乾燥時間はさておき、実働は機材の準備も入れて2時間ぐらいかな。で今日は、北海道なら雪が降る前の晩秋、九州なら冬休み頃のイメージで、これに使うミニネイチャーを買ってくる。木がないとこういう共有ができるからちょっと楽。しかし、ミニネイチャーが、一番高かったような。

11月7日(木)

さて件の展示台、アクリルカバーの厚みがあるので、地面を作れるのはおよそ9.5cm×28.5cm。これは微妙な大きさ。16番の場合、20m級だと単なる「箱」になってしまうので、17m級あるいは中型以下の機関車しか入らない。となると、線路一本にアクセントになる中ぐらいの木とか小屋とかを配する感じが限度だろう。しかし、HOスケールだと、20m級や大型機関車もすんなり収まる。そこで線路二本のお立ち台を思いつく。駅のホームから外れた有効長の部分でもいいし、ヤードや機関区の端っこでもいいし、もちろん複線区間でもいい。線路と周辺の地面だけで、いろいろ見立てられる雰囲気で仕上げることに。台座の塗装のハゲが目立つので、家に帰るや否やまず塗装。夕飯の間に乾燥させ、食後から製作開始。線路を切り出して固定し、バラストを撒く。乾燥・固着には一晩かかるので、今日はここまで。

11月6日(水)

天4に、ジャンクの飾りケースが出てた。200円、安っ。10cm×30cmという小ぶりだが幅のあるサイズ。Nならストラクチャ付きのジオラマが組めるし、HOでも線路際にちょいと地面のついたお立ち台が作れそう。アクリルカバーがちと汚れているが、これはコンパウンドで磨けばなんとかなる。これ使って、久々に何か作ってみようか。なんか、ことしはお立ち台ばっかりという感じもするけど、やんないよりはいいか。あんまり作ってない年だと、こういうネタでも引っ張らざるを得ないし。

11月5日(火)

今月の「記憶の中の鉄道風景」のコンテンツ作成。このコーナーも、これで10年目突入。「無意味に望遠」シリーズも、舞台を北海道から九州に移動。まあ、九州のほうが時期的には前。北海道ツアーは、それこそ無意味にサブボディーを持っていった再末期だから。今回は北九州は筑豊本線系統の第一回。直方での写真展のために写真のチェック・整理をしたし、なにより先月40年ぶりに現地を訪問したばかりなので、けっこうイメージは鮮烈。ま、お楽しみ下さい。

11月4日(休・月)

模型店の店頭に行くと、白井貞夫氏著の「千葉の鉄道」なるムックが平積みされている。彩流社刊だが、例によってこの出版社、広告やプロモーションを全然しないので、出てみないと存在がわからない。編集もデザインも最悪なのだが、けっこう資料性の高い貴重なコンテンツも時々入っていて、価格も安いのが特徴。今回のも、テーマとしても気になるし、千葉の鉄道研究の第一人者である白井氏の本だし、ぼく的にも未見の写真とかけっこう入っているので、ひとまず買ってきた。車輛だけでなく、各時代の鉄道風景も収められているのが、ジオラマ屋としてはうれしいところでもある。

11月3日(祝・日)


このところ、忙しい週末が続いていたが、うってかわってまったりした連休。ちょっともったいない気もするが。昨日は雨だったが、今日はひさびさに晴れの休日になったので、久しぶりのフォトセッション。ターンテーブルでゴマかすのが続いていたので、地面を持ち出してくるのは、数か月やってない気がする。ということで、こういう場に引っ張り出してなかったC579号機での撮影。そういえば、このモジュールでこっち側から撮るのって、いままでやっていなかったような。何十年ぶりで北九州地区の「撮影地」を再見して、血が騒ぐような。確かに、照葉樹の森に包まれた山並みには、ぐっと来たよね。焼き付いてるんだろうね。

11月2日(土)

執務室のほうに置いていて、仮眠とかに使ってるベッドの梁が折れてしまった。まあ、もう30年以上使っているので寿命といえば寿命だが、処分するにしてもデカいので、なんとか日曜大工出直して使うことに。実は、ジオラマ屋さんとしては、こういう木工は台枠を作るのでお手のもの。それ用に使う電動工具を取り出してきて、サクサクと修理。しかし、鉄道模型の技術というのは、いろいろなところで役に立つモノだなあ。

11月1日(金)

ちょっと新たにスキャンしなくてはならない画像が出てきたので、久々にスキャナを稼働させる。今までは、古いノートパソコンと組み合わせて、専用システムにしていたのだが、これではちょっとスキャンに時間がかかりすぎる。スキャナそのものの速度は変わらないので、事後の処理が一番早そうなものということで、いつもは出前DAWに使っているMac Book Airをつないで作業。かなりdpiを上げた作業だったが、そこそこの速度は出たから、まあいいか。



(c)2013 FUJII Yoshihiko


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