「夢」を大人買い

-今月のホビー日記・2018年4月-




4月22日(日)

日本鉄道模型の会の月例理事会。今月は、先月行われた「第三回 池袋鉄道模型芸術祭」の総括と今後の展望。いろいろ新たなトライアルを含めた開催だったが、概ね方向性としてはよかったのではないか。次回に向かっては、それをさらに強化し継続性あるものにしていくための改善を図って行こうというところ。テーブル出展は、実際にやってみると各方面から関心が高く、いろいろ質問や次回の出展可能性など問い合わせもあり、出展者の幅を広げることにもつながるので、バージョンアップを図って目玉の一つに育ててゆきたい。

4月21日(土)

掲載誌が届いたので、他の記事にも目を通す。しかし、RMM誌を立ち読みじゃなくまじまじと読むのって久しぶり。出戻った当初(ってもう20年以上前だな)はよく買って読んでいたけど、編集部もだいぶ代替わりしちゃったし。しかしカトーさんの広告はどうしちゃったんだろう。表4と中にホビセンの広告が出ているので、出稿量としてはそこそこなのだが、なんかウォルサーズのカタログの1ページみたいなレイアウト。鉄道模型のメーカーの広告としてはあまり見ない構成なので、ちょっとビックリ。どうしたんだろう?

4月20日(金)

模型店に立ち寄ったので趣味誌を立ち読みしてみたら、あらビックリ。池袋鉄道模型芸術祭の記事では、「とれいん」誌も「RMM」誌もなんかでまくってるなあ。「中の人」こんなに出ちゃっていいのかな。時節柄メディアとの関係は「癒着」や「圧力」や「忖度」を疑われそうですが、それは一切ありません(爆笑)。ところで金曜日は今月から某大学で講義を持っているので、毎週山手線で通うことになった。ということで備忘録、本日は往きは231、帰りは235。毎週ほぼ同じ時間帯なので、記録を取れば頻度の変化がわかるのではないかという次第。

4月19日(木)

今月の趣味誌の店頭発売日。木曜日が店頭発売日になるのは曜日の巡りからするとけっこうあり、昔は天賞堂の中二階の渡り廊下のところで定休日ながら雑誌発売だけやっていたことを知っている人も減っちゃったんだろうな。流石に19日となると全誌一斉、先月みたいに妙なことにはならないな。天賞堂は明20日ということになるんだろうけど、21日が土曜なので一般書店でも発売が始まっちゃう。これじゃメリットはほとんどないんだけどね。

4月18日(水)

また燃えるごみの日が近づいてきたので、またまた箱の整理。で新しい箱を買ってきたら、これが注文したのと違う外国型用。確かにわずかなサイズの差なので、外見から判断するのはかなり難しい。違う箱が出てきたのは、これで3回目。まあ、大量に箱を買っているので仕方ないのだが、必ず開けてサイズを測ってみないとヤバいな。

4月17日(火)

本日は一日クルマで出ていたが、夜帰りがけに西武新宿線の踏切に差し掛かると、やってきたのは「拝島ライナー」。はじめて出会ったけど、調べてみたらすでに1時間ヘッドで5本運行体制なのか。比較的早い時刻の列車であったが、車内はほぼ満席の状況。けっこう需要があるんだなあ。小平から東大和あたりの需要が多いのかな。西武新宿線の多摩方面の長距離旅客ってあんまりイメージがないからなあ。

4月16日(月)

今日は副都心線で「緑車」に乗車。最近はちょっとごぶさただっただけに、懐かしい感じも。とはいえ、東横線・副都心線の延べ乗車距離を考えれば、まあこのぐらいが計算上の確率に近いのかもしれない。一頃良く見た時の方が、出会い過ぎかも。それにしても、「ヒカリエ号」は確率以上に良く会うなあ。備忘録として。

4月15日(日)

このところ時間ができればやっている、箱の入れ替え。週二回の燃えるごみの回収に合わせて、45リッターの袋一杯づつ箱とスポンジを廃棄している。さすがに段々スペースが出来ているのが目に見えてわかるようになった。成果が見えてくると、けっこうやる気が出てくる。二軸貨車を一つづつ大きな箱に入れているメーカーと、キット用の箱を必要以上に大きくしているメーカーの製品は、IMON製の箱に入れ替えるとスペースユーティリティーが大きくなる。しかし小さいハコをバランスよく整理するには、段を付けた棚が必要になってくるのだが、これはどうしようか。なんかいい感じの整理用具がないかな。

4月14日(土)


話は聞いていたし、基本的に近いのでRailClassicさんが主催の「鉄道模型アートマルシェ」に顔を出しに九品仏の門前のギャラリーusagi-yaへ。小規模ながら絵本作家などともコラボしたユニークなコンセプトで、けっこう面白い。ちゃっかり来年の「鉄道模型芸術祭」への出展もプロモート。最近は大井町線の急行には1編成は6020系が運用されているようなので、帰りは敢えて急行に乗りかえて帰る。案の定、6121Fがやってきた。ということで、初乗車。カブりつきではヤバい「大きなお友達が」はしゃいで騒いでいたので、立場上諌めて子供に場所を譲らせる。彼らは、妙に鉄道の知識があるので、それ以上知識のある「先輩鉄」のいうことは、鉄道員の言うことと同様に結構素直に聴くようだ。二子玉川で降りて、記念ステッカー付きの写真を撮っていると、上りでやってきたのは6011F。図らずも、6020系新投入時のトップナンバー同士の並びが撮れた。これはラッキーかも。

4月13日(金)

13日の金曜日。いつの間にか4月も中旬に。「篠原騒動」もやっと一段落した感じがあるが、びっくりしたのは16番の人達を中心に篠原の線路を今も高く評価している人達がまだ多かったこと。1960年代・70年代の16番の普及において、篠原の線路が果たした役割は極めて大きく、その功績に関してはもちろん実際に体験したものとして充分すぎるぐらい承知している。しかし出戻ってきたからみると、逆に他のものがかなり進歩したにもかかわらず、あまりに昔のまま、場合によっては劣化していることにびっくり。今の基準からすると、決して褒められたものでない部分も多々あるし、特に12oにおいてはヤバい問題が多いこともあり、直線の側線とか、走らせないジオラマとか、問題が顕在化しない最低限の部分でしか使わなかった。まあ、昔、固定式レイアウトを篠原の線路で作っちゃった方は、篠原製品でなくては互換性が取れない部分があるので、メンテナンスのために必死になって探すのもわからないではないが。しかし、固定式レイアウトを持っている人ってそんなに多かったっけ?とはいえ、篠原のフレキシブルトラックやポイントは、それなりにストックを持っていますがwww。

4月12日(木)

鉄道ファン仲間の酒の席で、東急は実は車輌に関してはけっこうケチなので、安く作った車輌を長く大事に使うという話題に。デハ3450型式なども、事実上の開業時の車輌を更新しながら50年ぐらい使っていたワケで、こういうのは乗客としてはさておきファン的には面白い。そういう意味では、8500系なんてのはもはや70年代の香りがプンプンする超レトロ車輌。若者から見ると、コルゲートはリベット付きのシル・ヘッダー、直流モーターの音は釣掛式、車内に剥き出しで取り付けられた首振り扇風機はガーランドベンチレータなどと、ぼくらが学生時代だった頃に引き寄せて考えると、まるで旧型国電のような骨董品的なアイコンの塊なんだろうという結論に。車籍上や使用している部品はもっと古い車輌もあるが、首都圏の大手民鉄で主力として活躍中の車輌の中では一番昭和なんだろうな。

4月11日(水)

汐留で打ち合わせがあったので、懐かしい通勤経路で向かうと、銀座線でやってきたのは「レトロ車」。一時ごぶさただったが、春と共にまた良く出合うようになった感じ。しかし、車内の「桜まつり」は終了のようで、車内ラッピングは剥されて通常時に戻っていた。あと、山手線は往きがE235で帰りがE231。けっこう五分五分になってきている感じがするが、まだ輌数的には231の方が多いのかな。

4月10日(火)

芸術祭の準備と持ち帰り後の整理以来、久々に模型のハコの整理に火が着いた。前はウレタンスポンジが劣化したものから、その対応も含めてModelsIMON製の箱に入れ替えていたのだが、今回はスペース的に無駄が大きい製品から体系的に入れ替えをしようとちょっと気合を入れている。今までのやり方では模型の収納スペース自体の限界が近づいているので、どこかでやらなくてはならないことではあった。しかし、欲しかった箱の方が品切れに。なんかぼくが買い占めてしまったような感じも。こりゃ再生産を待たないと。

4月9日(月)

昨日は貸切ツアーの臨時列車で、E351系のラストラン。これで完全に引退となった模様。しかし、登場したのが93年だから、結局25年活躍したのね。そんな年数が経った気もしないが。昭和22年に作られたC62型式が、現役の運用から離れたのは72年。これも25年間なんだよね。この25年間の変化は大きい。なんか、時間軸のスケールが違っちゃってる。90年代以降って、一つには自分が歳取ったせいもあるが、世の中の右肩上がり高度成長が終わり、安定成長になってしまったんで、あまり変化してない。変化が大きかった時代に育った人間からすると、変わってないと、時間の経過が捉えられないのかも。

4月8日(日)

高円寺まで用事があってJRで往復したのだが、往き帰りとも山手線はE235系で中央緩行線はE231系500番台。まあそれが時代の流れで、いつかは全部そうなるのだろうというのはわかっているのだが、実際に出会うとなんかビックリ。急速に置き換えが進んでいるのは確かなので、そろそろ緑のE231系500番台や黄色のE231系0番台、E209系0番台なんてのは撮っといた方がいいよ。E231系900番台(元のE209系950番台)なんてのも。

4月7日(土)

オークションで落としたカツミの0系ジャンクは、写真ではよく見えなかったのだが、心眼で睨んだ通りドロップ製台車で床下機器が省略された初期モノ。そのワリには光前頭部が塗装仕上げでなく、プラ製の別部品となっている。まあ論理的に考えてこちらの方が後なのだろうが、過渡的にこういう製品もあったのね。塗装仕上げの製品は、新幹線営業開始前の試運転の時期に発売されているので、こちらは営業開始当初の時期だろうか。幸いにも21型式、22形式両先頭車があったので、既存の中間車を共用すれば編成化も可能だが、これはこれで最初期製品とどんな違いがあるのか、中間車も一応当時出ていた全形式が欲しくなってしまうなあ。

4月6日(金)

JR東日本が定例社長会見で、改めて中央快速線にグリーン車導入を発表。2023年度末のサービス開始を目指して、関連設備を整備するとのこと。普通車へのトイレの設置は、それに先んじて来年度末から利用開始。いろいろ興味深いポイントがあるが、運用範囲が中央快速線東京-大月間と青梅線青梅までとなっているというのは、早朝・深夜時間帯の緩行線での直通運転は行わなくなるということなのだろうか。緩行線各駅を12輌対応にするというのはかなり無駄な投資になってしまうわけだが、かなり運用形態が変わりそうで見逃せないところだ。

4月5日(木)


モデルワーゲン製の「美流渡の客車」を入手したので、型式写真を撮影するついでに2719との記念撮影。2719は方向固定で、ヤマに登るときは推進運転でヘッドライト付きの客車が先頭、山を下るときはコールバンカー側を先頭にして走っていたので、一般でいう「正面」に当る煙室扉側は走行時に表に出ることがなかった。なので極めて資料が少なかったりするのだが。まあこの手の専用線車輌は、手作りの修理を重ねているので、制式機のような「正解」がないので、なんちゃってでも楽しめればいいと思うのだが。で、東横線に乗ったら、またも来ました「ヒカリエ号」。相変わらず引きが強い。備忘録として。

4月4日(水)

今月分の「記憶の中の鉄道風景」のコンテンツを早速作成。今月が先月から続いて、前回よりスタートした1972年7月14日の沼ノ端で撮影したカットの総ざらえ。とにかく撮影したカットがメチャクチャ多い一日なので、まだその日のお昼まで行かない状態。モノクロのネガの他にカラーポジまであるのだが、そこまで根性が続くだろうか。ひとまずモノクロの全カット公開までは果たしたい。それでも何か月間かかることやら。お付き合いください。

4月3日(火)

天4に行ったときは、一応外国型の棚も一通りチェックする。最近はほとんどなくなったが、コレクター向けの妙なモノが出てくることがままあるからだ。今回出会ったのはBRAWA製の旧ソ連の蒸気機関車。欧州の戦乱により、ポーランドの蒸気機関車がドイツとソ連に分かれて所属することになった中で、ソ連所属になったタイプのようだ。昔から旧共産圏の車輌は妙にそそられるので、けっこう集めていた。値段も安いし、これはひとまずGET。たまにはこういうのもいいよね。

4月2日(月)

仕事で銀座まで行こうとすると、やってきたのはレトロ車1040F。ちょっとごぶさただったような気もするが、3月は妙に忙しかったからなあ。今は花見仕様ということで、室中だけが花一杯のラッピングになっている。外からは見えないようになっているし、外装も変わっていないのが面白い。しかし、東京は桜の盛りが終わってしまったので、ちょっと妙な感じ。ところでクルマは黒メタの塗装なのだが、晴れが続くと花粉がこびりついて黄色くなってしまう。ハタけば落ちるのだが、これを吸っているかとおもうと、そりゃ花粉症になるわなあ。まあ私は鼻グズグズにはならず、花粉の刺激があることはわかる程度だから助かっているが。

4月1日(日)


怒涛の3月も無事終了。盛りだくさんの予定をテンコ盛りにしたが、ひとまず破綻なく乗り切ることができた。しかし今年の桜は、本当に早く咲いて早く散った。東京ではもう葉桜になっているけど、毎年春恒例の「どこでも花見」の登場。今年はこのところのフォトセッションの流れで、実写とお立ち台の組み合せで。しかし、このままゴールデンウィーク前には暑くなってしまうのかな。



(c)2018 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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