「甘え・無責任」憲法





官僚制の導入においては、官僚の権限も業務範囲を法律できっちり規定し、その枠内で活動を行うことによりガバナンスやコンプライアンス働くようにすることが前提となる。それなりの権限に基づく権力を行使できる以上、恣意的な行動や個人的な利益誘導を行い得ないようにキャップを嵌めておかなくてはいけない。三権分立においては立法権は議会にあり、国民の代表としての議会が、「行政」の暴走を監視する構造である。

しかし、いわゆる戦時下から戦後の高度成長期の日本を規定し、そして今もその残渣が色濃く残る「40年体制」と呼ばれる官僚制度の元では、事実上の立法権を官僚自身が握ってしまった。これが許されたのは、1940年は太平洋戦争に向かうべく挙国一致の翼賛体制を築いていた時代であり、戦時体制遂行のための緊急避難的という名目の元、官僚へのチェックがないガバガバの制度でも許されてしまったのだ。

ここで生まれたのが、法治主義の対極にある「運用主義」である。法律自体で規定する内容はあえて曖昧で抽象的な総論にとどめておく。これには「総論にはだれも反対できない」という特質から、議会対策という意味でもひとまず賛成多数を取りやすいというメリットがある。その一方で法律を施行する際には、政令・省令といった官僚が勝手に行える「解釈・運用」で、いかようにも我田引水を行えるようになっている。

これこそまさに霞が関のお家芸である。これが自在に利権を拡大するのだ。少なくとも昭和30年代までの法律は、日本がまだ貧しい社会だっただけに、一応表向きの目的もしっかりしており、それに付随する形で利権が作り出されていた。しかし、日本が豊かになった高度成長期以降は、そういう目的も立てにくくなっただけに、ハコモノ行政といわれる公共事業や、農業支援をうたった保護行政など、袖から鎧が透けて見えるような、あからさまなバラ撒きが目立つようになる。

そのような運用主義の最たるものが、「日本国憲法」であろう。世界的に見て有数の軍隊である自衛隊さえも、憲法9条の条文を変えることなく持つことができるのは運用主義の象徴である。このように日本国憲法の条文は、極めて抽象的であり、日本的なのだ。「40年体制」は占領軍の支配とも相性が良く、GHQは積極的に官僚制度を温存し利用した。これは占領前から練り上げられた統治戦略だったと言われている。そういう意味では、日本国憲法は「官僚と連合軍の合作」なのである。

「運用主義」の最たるものである日本国憲法こそ、曖昧な法律で官僚の権限を拡大させる日本的行政の根本規範なのだ。19世紀の先進立憲君主国の憲法をよく研究し、「法治」のためのガバナンスを明確にした大日本帝国憲法の方が、こういう曖昧さを排除しているという点においても、法体系としては優れている。官僚支配を打破するためにも、学歴偏差値エリートを否定するためにも、憲法改正は必要なのだ。

つまり、日本国憲法は「甘え・無責任」で自分達の権益の確保・拡大のことしか考えない官僚達のメンタリティーの象徴である。従ってその憲法を金科玉条のように奉る「護憲主義」も、同じく「甘え・無責任」を正当化するための道具であることがわかる。高尚なお題目を掲げ、それを奉じることで思考停止すれば、「甘え・無責任」は正当化される。この視点から、平和主義、国連主義といった「高尚なお題目」もまた甘えのための手段であることがわかる。

昨今、日本の競争力や経済力の将来について、日本の将来を憂う論調がよく見られる。「このままでは世界に通用しなくなる」という主張である。人材的な面で言えば、日本は決して競争力がないわけでもなく、世界に通用する人材がいないわけでもない。問題は日本の行政が、甘え・無責任な官僚が、莫大な税収を元にしたバラ撒きしかやっていないところにある。こういう甘え・無責任な国であるからこそ、グローバルな競争の蚊帳の外におかれ世界に通用しなくなっているだけである。

これもまた究極的には、外交・防衛を除く全ての行政を自由競争で民間開放し、一切の規制を外してしまえば解決する話である。まあ、一気にそこまでやるとハードランディング過ぎて多くの人がついていけなくなるだろうし、仕事を失った官僚達が開き直ってクーデターを起こすかもしれないので、あくまでも理想として段階的にそこに向かってゆくのが現実的であろう。大事なのは、偏差値エリートの官僚に権限を与えるのが間違いなのであって、「小さな政府」こそが日本を救うことを誰もが理解することである。


(17/07/28)

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