ブルースブラザースの時代





60年代から70年代のロックやソウルのファンなら忘れられない映画の一つに「ブルースブラザース」がある。60年代後半から70年代初頭のいわゆる「ロックレボリューション」と共に、ロックは音楽のみならず、当時の若者文化の象徴となった。ヒッピーカルチャー、ベトナム反戦、米国では日本のように「左翼」とストレートに結びつくことはなかったが、その分広く若者の意識への影響を与えた。そこで象徴的な役割を担ったのが、ロックやそのミュージシャンである。

「ポップスではない、バンドが自作自演でプレイするロック」は、60年代末にジャンルとして確立したが、その基盤となったのが若者にとってロックがサブカルの象徴となったからだ。これと期を一にして、公民権運動から始まったブラックパワーも、直接的な反体制ではなく、「ブラック・イズ・ビューティフル」と呼ばれる「文化革命」を志向し始めた。同様にこの象徴となったのが、フィラデルフィアサウンド等に代表される、16ビートでダンサブルでメロウな「ソウル・ミュージック」である。

しかし80年代に入ると、音楽業界の構造変化が起こった。いわゆる商業音楽としての「ポップス」は完全に衰退し、メジャーな「ポップス」とサブカルな「ロック」の両立期は周旋する。ロックやソウルといったアーティスト自身がクリエイトし表現する音楽がヒットソングチャートにおいても完全に主流となった。これと共に、ロック界やソウル界からも、ミリオンセラーを続発するビックネームが続出する。

ブルースブラザースに出演しているミュージシャンは、エリック・クラプトンやアレサ・フランクリンなど、ロック・ソウル出身の人達だが、そういう意味では皆ビッグネームで80年代の成功者である。そしてジョン・ベルーシとダン・エイクロイドという、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのコメディースターが組んで、ジョン・ランディスが監督をしたハリウッドメジャーの作品である。だが、そこで描かれている世界は、まだロックやソウルにサブカルの香りがあった時代である。

ここがこの映画の面白いところだ。映画の中の世界は、アンダーグラウンドでサブカルな世界である。もちろんメインパーソナリティーの性質上パロディーや過剰な演出も多いが、「サブカル的な美学」はかなり正しく表現されている。サブカルとメジャーが交錯する中で、俺達はマイノリティーのパワーを失わないぞ。金を稼いだからと言って、心までメジャーにはならない。そう思いながらもう一回、ブルースブラザースを見てみるのも面白い。

ハリウッドもまだ、自分がカウンターカルチャーであることを自覚し、そのパワーを信じでいた時代である。もっというと、もともとアメリカにおいてはエンタテインメント・ビジネスを支えていたのはユダヤ系やイタリア系の人達で、WASPがエスタブリッシュであった米国においては、マイノリティーであった。彼らは白人系とはいっても、異教であるユダヤ教や、非プロテスタントであるカトリックの信者であった。実業界と異なり、映画や音楽においてはこういうマイノリティーの方が主流であった。

今から見れば、白人の中での主流派と少数派との間での差別ということになる。とはいっても、ユダヤ系やイタリア系が20世紀前半のアメリカ社会で差別されていたことは紛れもない事実である。カウンターカルチャーとは、単にマニアックということではなく、まさにこういう社会的構図の中から生まれてきたメッセージなのである。それがイデオロギーとしての主張ではなく、文化としてのライフスタイルとして出てくるところが、アメリカの良さであり、強みだった。

もっともその影には、WASPとは違い一般の企業で活躍する道が閉ざされていた分、才能を持った優秀な人材がより多くエンタテインメント界やスポーツ界に進んでいったという苦肉の現象もあることは間違いない。ただそういう問題まで含めた上で、どの業界にも一流の才能を持つ人材がいるというところが、米国のパワーの源泉となっていたということはできる。アメリカがどういう国か、80年代以降米国自身が忘れてしまっていたのではないか。

「強いアメリカを取り戻そう」という主張を支持する人も支持しない人もいるだろうが、それが共感を呼ぶほど、アメリカ社会がアメリカらしさを失ってしまっているという問題については、誰も否定しないだろう。そして、そのような自信を取り戻すことが今のアメリカ社会にとって必要になっていることも否定できないだろう。もしかすると、そのためにはカウンターカルチャー、サブカル、ヒッピーパワーを取り戻すことが大事なのではないだろうかという気もする。

余談になるが、70年代ごろまでは日本のメディアやコンテンツも、サブカルから生まれてきた。メジャーじゃないし、金になるわけでもなく作りたいから作っていたものが、いつの間にか大きくなってしまった。民放テレビなどその典型であろう。今から見ると、かなりエッジなコンテンツも公然とプライムタイムにオンエアされ、それに巨額の売上がついてきた。伝説の「8時だヨ全員集合」など、そういう構造があってはじめてできたコンテンツといえる。

さて日本から見ていると、60年代のカウンターカルチャーというと、ベトナム反戦や公民権運動と結びついたものが多く、リベラル・左翼的な主張が多かったイメージがある。少なくとも当時の日本に於ては、カウンターカルチャーとそういう勢力との結びつきが強く、伝わってくる情報にバイアスがかかっていたことは間違いない。あの頃の状況を知っている者にとっては、そのあたりの構造は良くわかる。

しかし、カウンターカルチャーやサブカルは、イデオロギーの問題ではない。自分の思っていることを、ストレートに表現することがカウンターカルチャーなのだ。「常識」や「定説」に従うのではない。他人の意見に同調するのでもない。こういうマジョリティーの求めるものを忖度してコンテンツを作るのが「メジャー」なのに対し、自分が思っていることをそのままアピールするやり方が「カウンターカルチャー」なのだ。この精神性が大事なのだ。

当時は、それが偶然ある種のイデオロギーとシンクロする部分が多かったというだけである。それが誤解・曲解を生んだ。その証拠に、イデオロギー主体の「表現者」の作品は、すべて消えてしまったではないか。それは、イデオロギー色の濃いコンテンツは、その時代だけにしか存在意義がないからだ。歴史の記録や思い出にはなっても、後世の人々の心にアピールするものがない。しかし、自分の内面をストレートに表現したものは、エバーグリーンとなり、今でも命を持っている。

重要なのはここである。素直に自分を語ること。これこそが、カウンターカルチャーの本質だ。誰かの言葉や主張を借りることなく、拙くても、ウケなくても、自分らしく語る。これができることが大事なのだ。多くの人に届かないかもしれない。しかし少数の人には深く突き刺さる。だからサブカルになる。これができるかどうか。後世に残る表現を生み出すためには、「自分の表現と思っているものは、実は借り物じゃないのか」ということを常に問わなくてはいけない。


(17/09/08)

(c)2017 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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