利権としての社会保険





中国人が健康保険にタダ乗りしているという批判があるが、それは中国人を責めるべき問題ではない。そういう利用を認めてしまう制度になっていること自体の方が問題なのだ。これはファイヤーウォールがないサーバーがハックされたのと同じである。制度設計というのは、制度の安全性・安定性まで考えて構築しなくてはいけない。当然、悪用の可能性を考慮して、それを防ぐ機能がビルトインされている必要がある。

ハッカー自体犯罪ではあるが、それはハックした上で機密情報を盗み出したり、データを書き換えて自分の口座に金を移したり、リアルな犯罪行為を行うからである。そういう意味では、容易にハックされるようなセキュリティーレベルの低いシステムを構築してしまう方が、ハッカーよりももっと罪は重い。そう考えてゆくと、そもそも健康保険のシステム自体が、悪平等でバラ撒き的なのが問題の根源なのだ。

そういう意味では、このような健康保険の構造的欠陥と、年金がもはやシステム的に崩壊し成り立たなくなっているのとはいわば「双子の破綻」の関係である。この二大社会保障の崩壊は、どちらも同じ原因に基づいている。日本の社会保障は、健康保険にしろ年金にしろ、その本質は高度成長期に右肩上がりの経済が永遠に続くことを前提に作られたバラ撒きシステムであるところに全ての問題が潜んでいる。

そもそもその設計自体が甘さと矛盾の塊であり、高度成長期においてすら永続性の保証はなく、すでにリアルタイムで問題点が指摘されていた。高度成長が破綻し安定成長になると共に、「右肩上がり」を保証していた産業社会は過去のものとなり、世の中はパラダイムシフトした情報社会に突入している。であるからこそ、社会保障制度自体が、時代にそぐわないものになっていることは、もはや火を見るより明らかである。

なぜこういうことが起きたのか考えてみよう。当時でも、長期的視点で見れば高度成長が鈍るリスクは考えられたし、制度を悪用する犯罪者が登場する可能性も考えられた。今触れたように現状の年金や健康保険が制度設計された時代においても、長期的視点からみた継続性に対しリスクが高いと警鐘を鳴らしていた有識者・専門家は存在した。しかし、それらの問題提起は顧みられることはなかった。

それはこの制度を設計したのが官僚であることに基づいている。制度を導入するタテマエとしては、国民皆保険、安定した老後のための年金という誰も反対できない正義を振りかざしたが、その裏にこの制度に託すホンネがあったからだ。すなわち「所得の再配分」を錦の御旗にバラ撒きシステムを正当化し、バラ撒きの恩恵にあずかる人を増やすことで、その制度自体に強固な社会性を与え、その実、官僚の天下りの椅子と利権を増やすといういつものパターンである。

このロジックに乗ってしまうから、騙されるのだ。当時は高度成長期だったので、誰もが右肩上がりが当たり前と思い込んでいた。それを前提にすれば、長期的に継続可能かどうかというリスクを考慮することもなくなるし、タテマエの正義を前面に押し通せば、誰も反対できなくなる。誰もが分け前にありつけるのだから、矛盾があっても反対する人がいるわけがない。これこそ官僚の要領の良さ、常套手段である。

官僚の天下りの椅子と利権を増やすために、バラ撒きシステムを構築し、それに依存する「弱者」を増やし固定化することで社会的正当性を付与してしまう。こちらの方が、より官僚のホンネに近い言い方だろう。これを見抜かないと、反対する理由がない。国民のためではなく、自分達の利権のためのシステム。だからこそ、ゴーイング・コンサーンを考えない、見た目のおいしさだけを追求した制度になってしまう。

国民のため、国のためといっても、中央の高級官僚の語るそれは全て方便である。そして、官僚に任せると、あらゆる制度や事業が、多かれ少なかれ自分達の利権を増やし守るための道具と化してしまう。法律自体の中に自分達の都合のいい抜け穴を作ってしまうのだから、日本の官僚機構にはコンプライアンスもガバナンスも期待できない。産業社会から情報社会へ、社会自体がパラダイムシフトした以上、行政機構・官僚機構はゼロリセットする以外日本の未来はない。


(18/08/24)

(c)2018 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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