「戦後」の黒い闇





昭和31年の経済白書には「もはや戦後ではない」という有名な言葉がある。しかし後世の人から、これほどまでに誤解されてしまった言葉も少ないだろう。この言葉が載っていた経済白書を読んでみればわかることだが、朝鮮戦争の特需以降は景気が回復し、経済成長が顕著になったため、GDPベースで戦前の最高値を記録した昭和10年代前半の水準を回復したことに関する説明の中で使われている。

すなわち終戦後は流通網や交通網が崩壊すると共に、工場も空襲により破壊されて生産もままならない状況になったため、極度の物不足に陥り、その影響もあって激しいインフレが起こった。これにより日本経済は崩壊し、日本社会はかつてなかったほど混乱と貧困に翻弄されることになった。すなわちこの時代の人にとっては、「戦後」とは自由で夢がある時代ではなく、物がなく飢えた貧しい時代のことだったのだ。

昭和13年から15年頃の日本経済は、軍需特需により好景気となることで、世界恐慌により引き起こされた昭和ヒトケタ時代の不景気を脱した。この限りにおいては、ブロック経済政策は、脱恐慌という意味ではかなりの効果を発揮したということができる。この時代は好況の恩恵は一般の人々にも充分にひろがり、1930年代の「モボ・モガ」「エロ・グロ・ナンセンス」の大衆文化が花開く土壌となった。

この流れは太平洋戦争開戦後も続き、少なくとも戦況が有利に進んでいた時代においては、石油など軍需優先になり多少不足が目立ってきたものもあるが、全体としては決して生活が苦しくなっていたワケではない。真珠湾攻撃から侵攻が続いた初期段階においては、国民的に快進撃をお祭りのように祝っていた状況からもそれを理解することができる。そもそも労働者や農民といった当時の言葉で言う「無産者」は、戦争に圧倒的に期待し支持していたのだ。

とはいえ、制海権を押さえられて外地との交易が成り立たなくなると共に、本土空襲が始まって国内のロジスティクスが機能しなくなりだした昭和19年半ば以降は、段々と物不足が顕著になってきた。それでも計画経済によりインフレは起きていなかったし、人々が飢え死にしたりしたわけではない。経済生活という面に於いては、戦時中も戦後のインフレ・物不足の時期よりは余裕があった。

私の両親は大正生まれで、親戚の叔父叔母もその世代なので、実体験としてそれを感じとった人達から直接話を聞いている。私が生まれた昭和30年代初頭の人々の生活の実感からすれば、戦前、戦中は良かった、でも戦時の末期から戦後は辛かった。昭和30年代に高度成長が始まりその波に乗ってはじめて、戦前の良き時代の生活レベルが戻ってきた、というのが本音である。今50代後半以上、昭和30年代に物心がついていた人なら、こういう実感があると思われる。

では、なんで認識が歪められてしまったのだろうか。それは、この正しい認識があると非常に立場がマズくなる人達がいて、その人達が歪んだ認識の方を必死に普及させたからである。その人達は、霞が関の高級官僚である。日本の官僚制は戦前・戦後を通して一貫して変化していない。戦前・戦中に官僚だった人達が戦後も官僚として行政機構を牛耳り続けている。これは、アメリカが戦前から戦争勝利後の日本の統治政策を研究し尽くし、官僚制度の利用を決めていたからである。

問題はしばしば「40年体制」と呼ばれるように、温存されたのが明治憲政期のヨーロッパ的に洗練された官僚制度ではなく、戦時体制に向かって総動員態勢が敷かれ、翼賛体制に入ってからの極めて中央集権で独裁的な官僚制だった点である。まさに無責任で利権だけはしっかり押さえられる日本的官僚制が確立した原点がここである。育ちとは関係なく、偏差値だけで秀才が成り上がってしまう仕組みも、ここで確立した。

太平洋戦争開戦に関するプロセスや、その後の指揮命令系統の混乱も、軍隊自体が無責任な日本的官僚システムで動いており、軍隊が本来持っていなくてはいけない「目的合理性」とは縁遠い組織だったことに由来することは、野中郁次郎先生の名著「失敗の本質」を読めばよくわかる。すなわち日本の戦争責任は、実は無責任で自分のことしか考えなかった官僚達が負うべきものであったのだ。

GHQのお墨付きをいいことに生き残れた官僚達は、その責任を追及されることを最も恐れた。このため、戦前の官僚制と戦後の官僚制は全く違うものだという虚構を国民に植え付けることに必死になった。教育から広報からあらゆる手段を使い、「戦前・戦中=悪」「戦後=正義」というプロパガンダを撒き続けると共に、自分達は戦前・戦中の官僚とは違うので罪も責任もないのだという嘘を国民に信じ込ませたのだ。

これが霞が関の本質である。右肩上がりの高度成長期においては、目の前にぶる下がる溢れるほどの金の威力で、全ての矛盾を隠蔽できた。それもあって、官僚達が自分達の罪を隠すための虚構は疑いなく広がり、「日本の常識」となった。だが、もはやそれを正当化するような経済発展は、二度と日本ではない。今こそ、真実を知り「戦後70年の欺瞞」に鉄槌を下すべき時が近づいているのだ。


(18/09/07)

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