職人国家日本の悲劇





一人の人間の中にはいろいろな要素がある。それはどれもアナログのスペクトラムになっていて、ゼロイチのデジタルな二進数ではない。だが人間の能力を考えるときは、ともすると或る一つの要素が「あるか、ないか」の二元論になりがちである。そうではなく、そのスペクトラムの両端がどういうものなのかをしっかりと認識し、スペクトラムの中間値の持つ意味を知ることが極めて重要なのである。

芸術作品でも工業製品でもいいが、モノをつくる能力に関しても両極のあるスペクトラムになっている。モノづくりを考える上では、この二つの極を知ることは極めてクリティカルである。それは「作る」と「創る」、英語で言えばmakeとcreate、この二つの間には天と地ほどの違いがある。そしてモノづくりの能力は、この二つの極の間のどこかにプロットされるのだが、その位置は人により違う。

実際にプロダクトや作品を造るには、「創る」能力も「作る」能力も必要である。「創る」能力だけでは、アイディアを構想し設計するところまではできるが、物理的な形にはならない。一方「作る」能力だけでは、コンピュータ化されたラインと同じで、誰かが「どういうものを作るのか」を指示しない限り、どんなに効率性の高い能力を持っていたとしても宝の持ち腐れである。

ところが、近代日本においては、どちらも「つくる」の一言で語られ、敢えて混同されてきた。そしてその中でも、「創る」能力より「作る」能力の方が重視された。それは、西欧先進国をキャッチアップしようという「文明開化」の中では、製品開発に関しては、ひとまずベンチマークしている先進国の先進製品をコピーすればよく、まずはそれを国内で物理的に作れる機能を開発しなくてはならなかったからだ。

これは19世紀半ばに西欧の産業革命以降の先進技術や高度に発展を遂げた文化を目の当たりにして、目をくらまされられたとともに、なんとかそこに喰らいついて行こうと思った明治維新の激動を乗り越えた人達の思いの表れである。西欧先進国に「追い付き、追い越せ」。これは長らく日本の社会的、国家的、経済的な最大の目標となった。

優雅に文化を築いてきた平和な江戸時代はもう終わり。全てのエネルギーを動員して、なんとか西欧の先進技術や文明を取り入れ、植民地化の危機を防ぐことに国力を総動員することが何よりも求められた。それは短期的には成功したし、日本は植民地になることはなかったし、列強の一員としてノミネートされるぐらいに急速な経済成長を果たすことができた。その意味においては、ひとまずその意図は達成されたといえよう。

その結果として、20世紀に入るとまだまだ貧しさは残るものの、西欧先進国に負けを取らないほどに日本にも大衆社会化の波が押し寄せた。危険はここにあった。江戸時代までの日本が持っていた、オリジナリティーやクリエイティビティーは軽視され、西欧の技術や学術をサクサクと取り入れることのできる秀才さや器用さだけが評価される社会になってしまった。

その最大の犠牲者は職人だ。江戸時代までの、誇り高き職人とは全く変質してしまった。手工制生産、すなわちマニュファクチャリングが工業生産の主流だった江戸時代には、職人とは自ら商品を企画・開発し生産までを行う存在であった。しかし、西欧のコピーが求められると、手先は器用で優秀だが、自分で何も考えない人の方が評価されるようになってしまったのだ。

こういう人達は、自分の腕で出来る限界の内側でしか仕事ができない。若手でもっと器用な人が登場すれば、あっさり仕事を奪われたくない。それを防ぐために徒弟制が導入され、技術を教えず「背中を見ろ」とだけ言い、年功制で自分のポジションを奪われないように押さえつける。これでは新しい可能性を育てることができない。

そして今やこういう技術者や職人は、AIで取って代わられる時代となった。そういう状況になっても、江戸時代のように新しい技法を生み出せる職人なら、クリエイターとなって生き残ることができる。しかし、教えられた技法をかたくなに守っている職人は、津波を防ぐ堤防を持たなかったどこかの原発と同じである。いかにパフォーマンスを発揮していたとしても、それを支えていた地盤が崩れてしまえばひとたまりもない。

日本は追い付き追い越せの時代以来、長らく教育とは覚えることであった。西欧の先進科学技術や文化を速く吸収し、そっくりコピーできる人間が「優秀な人材」とされてきた。学問だけではない。音楽教育や美術教育も同様のウイルスに汚染されてきた。難曲も初見で譜面通り奏けたり、オリジナルそっくりに模写できる人材が、こういう芸術領域でも「優秀」とされてきた。そんなことは機械にやらせた方がずっと精度も高いし効率もいい。

スポーツでも同じである。自分で考えて勝ちに行ける人材より、筋力や運動能力だけは高いが、監督やコーチの言う通り動くコマの方が優秀とされた。昨今スポーツ界で不祥事が多発しているのも、こういう古いタイプの選手と指導者の組合せでは世界の中で勝つことが出来なくなった一方、そういう枠外でグローバルスタンダードに合わせて育った選手が世界的な活躍をするようになったからである。

秀才や近代の職人のような中から湧き出てくるもののない人間は、AIの時代には存在意義がない。そういう人間は、年長者にも若者にもいる。決して年功序列の老害の問題ではない。私はまだ学生だったマイコンが登場した1970年代から、社会の情報化が進めば、人間は「コンピュータ以上の人間とコンピュータ以下の人間」に峻別されると直感してきた。そしてその時代はついに目前にやってきたのだ。


(18/09/21)

(c)2018 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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