イエローサブマリンで思ったあれこれ



ここ数年はすっかり恒例になった、ビートルズがらみの新作発表。今年はなんと、映画「イエローサブマリン」の新バージョンと来た。まあ、なんとかいってもみんな買っちゃうし売れるからね。今年こそ東芝EMIは宇多田ヒカルがいるけど、世界のEMIグループでいえば、ビートルズは稼ぎ頭だから。というワケで、こっちもだまされてやっぱり買っちゃう。しかしイエローサブマリンは、ぼくにとってはスゴいもんがでてきたって感じ。なんせ、リアルタイムで劇場で見て以来、この映像見てなかったんだよね。ということで、ワクワクしながらDVD版を買う。

で早速かけて見る。当時の気分や感覚が思い出されてくる。なんというか、タイムカプセルだよね、ほんとに。スゴく背伸びして、時代のアートワークやヴィジュアルイメージに惹かれていたあの頃。中2かな、確か。こういうのについていくというか、こういう表現が自然に湧き出てこないと、時代についていけないんじゃないかって気がしてたよね。なんか雲の上のレベルなんだけど。ジェフベックとかクラプトンとかもそうだったよね。本物が見れるとか、ライブで同じ空気を吸っているとかいうだけで感激しちゃってた、最初の時とか。

はっきりいって、当時は細かいことはなんだかわからないんだよ。でもスゴいってことはわかる。そこで感覚が飽和している。「これがサイケデリックだ」みたいな感じで、脳内麻薬出まくりでラリってしまう(笑)。でも考えてみれば、当時は見るもの聞くものみんなこれだったね。わかんないけど、時代の風に身を任してその匂いに浸るというか。アートロック(笑・死語)。ニューシネマ。ウッドストック。みんなそう。なつかしいよね。ぼくらにとっては、マルクスとか毛沢東とかもそうか。造反有理。それなりに、時代に必死に喰らいついてたぼくたち。

今ならわかるけどね。個々のカット見ても、何がヒントになって、なに考えてこの構図作ってるか。動くポップアートというか、現代美術の引用が多いよね。古くはマグリット、ビアズレー、アールデコから、リキテンシュタイン、ウォホールみたいなところまで。20世紀美術史なぞってるよ。さすがイギリス、アートだよ。ショービズじゃない(笑)。でもそんなところどうでもいいの。理屈は現代美術の悪いところ。刺激の滝に身を任せて、なんだかわからないままにインパクトを感じとっちゃう、当時の見方がなつかしいし、それが正解なのかもしれない。

アニメーション作品という目で見れば、ディズニーやハリウッドの流れとは全然違う発想から、絵を動かしちゃう。映像表現作品という、ヨーロッパの動画の伝統にのってる。それをビートルズのポップパワーで商業作品に持ってっちゃってる。そういう意味では、これ見ていちばんビビったのって、きっと手塚治虫さんじゃないかな。自分がやってきたこと、自分が自分の作品の中で表現手法に昇華しているルーツと全然違うだろうから。あのヒトは勉強家だし、研究熱心だからきっと見てたよね。

技術的には、絵を動かすことでは共通してても、手塚アニメと発想そのものが全く違う。確かに、その表現は実験的作品、アート的作品としては作られていても、それを商業的作品に持ち込んだという意味ではスゴかっただろうね。具体的にいえば、大友克洋とかって、やっぱりイエローサブマリン以降の人って感じがする。これ風の絵作りの習作アニメーションとか発表しているし。現代的なイラストレーションを動かしちゃう発想って、これが原点だよね。もっといろんなところで、潜在意識的に影響受けている人や作品も多いよね。

しかし、そうやってみるといまでいうマルチマディアにいかざるを得なかった後期ビートルズって、それなりに大きな影響与えているワケだ。クリームやゼップの登場に、「ぼくがB.B.キングみたいにギター奏けたら、音楽シーンがもっと変わってたかもしれない」というジョン・レノンのインタビューもあるけど、ある種音楽だけでは時代のリーダーシップを取りきれなくなる予感を感じていた彼らが、社会ムーブメントや文化への影響という強みを活かしてマルチメディアにいくのは意味があったということですね。

さて、賛否両論のリミックス。マニアほどうるさいのは世の常としても、やはりリミックスについては、喧々諤々の議論がある。いろんな意味でビートルマジックは研究され尽くしてるし、そういう人からすれば気になるんだろうね。この頃のビートルズって、ちょうどリアルタイムで聴きはじめたぎりぎりのところだから、ぼくもオリジナル版は耳にこびりついてる。そういう意味では、違和感はあるよね。でもまあ、これはこれでいいんじゃないのかな。特に、映像にはこっちの音の方があってる気がするし。基本的に70年代初期、72〜3年の音にまとめてるよね。

ちょっと「後だし感」というか、まとめすぎの感じもあるけど。キレイな音、分離がよい音だね。でもこれを可能にした、オリジナルのマルチマスターの録音のよさにはびっくり。今の若者は、オリジナル版の「ローファイ」の方が好きかな。でも君達、音の悪い楽器で奏くのがローファイじゃないんだよ。ちゃんとしたいい楽器で、ドロドロとした情念あふれるどす黒い音色で奏くのが、ホントの60年代的なローファイなんだけどな。卓で歪んだ音じゃなくて、生音が歪んでるの。生ギターでも。ジミヘン聞いてみな。これは、オジさん、オバさんじゃなくちゃ出せない音でもあるけど。今の若者じゃ無理だな。

そういう面では、ジョージの作品が一番違和感はないんだよね。ジョージが遅咲きで、解散後のちょうど70年代前半に相当する時期が、いちばん華があったアーチストだからかな。その頃の作品につながるイメージでまとまってる。一番違和感があるのはNowhere man。マスターが古すぎるのか、音が違う。ビートルズ自身の音作りに対する姿勢の違いが、くっきり現れすぎてる気がする。この頃はまだ、「素」じゃまとまりきらないプレイだ。コンプとイコライジングが必須(笑)。こういうのがわかるのも面白いところ。いいのはHey Bulldog。この時期の5指に入る作品に生まれ変わったみたい。

そう思ってみると、ポールはこの頃がいちばん楽器が「ウマかった」んだ。ベースもギターも、タイム感、ドライブ感ともスゴい。ソロになってからも、ここまでいってない。それにしてもアルバムを通して感じるのは、最近の再発ものの常としての、ビートルズは「ジョンのバンド」というのがここでも貫かれていること。アルバム、サージェントペパーズ・ロンリーハーツクラブバンドのA面アタマの3曲がリミックスされているけど、これをアルバムの順で聞くと、Lucy in the Sky with Diamonds がメインで、それまでの2曲がそこへのイントロっぽく聞こえる。

コーラスで入ってても、コンプで潰してない分、気合いで勝ってるジョンが前に出てきてるよね。このジョンへの感じって、残った三人の実感なのか、思いやりなのか難しいところだけど、これが90年代型のビートルズというのは間違いないところ。ジョンのファンとしては、ひとまずは歓迎というところでしょうか。でもちゃんとコーラスの各パートが聞き分けられるっていうのはスゴいよ。好き嫌いは別として。各楽器のプレイもよーく聞けるし。そういう面では、プレイヤーにとっては聞き物。まあ、企画モノとしてはなかなかいいのではないでしょうか。

(99/10/01)



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