自己責任





台風19号は言われた通り超大型の台風で、全国的に大きな被害を残した。その猛威は、今までの台風という常識とは大きく違ったものだった。その一か月前に襲来し、千葉県の中央部を中心にこれまた大きな被害を与えた台風15号は、コンパクトではあるものの台風らしい脅威を凝縮したものだったのに対し、19号はとにかく山岳地帯に大量の雨を降らすという、前線を超強力化したような存在だった。

やはり直前の15号の記憶が大きかったのか、平地や都市部では強風に対する恐怖が大きく、事前の対策として窓ガラスの飛散防止や看板や軒などの補強を図った人が多かったように見える。しかし都区内や横浜、京葉湾岸地区といった都市部に住んでいる人は皆、「昼は雨風が強かったが、夜、どんなに激しくなるのだろうと思って身構えていたらいつの間にか通り過ぎてしまった」という。

それが実感であろう。多分、デカ過ぎて平地の地表付近への直接の影響はあまりなく、あっても高気圧から吹き込む風の影響でできた雨雲や気流の影響が中心だったのだろう。その一方で高い山の上とかを本体の雲が覆って、そこに雨風が集中したものと考えられる。その結果山岳地域では記録的な降雨量となり、その雨水が一気に河川に流れ込み洪水を起こしたのだ。

パスカルの原理ではないが、流体の圧力は流体に接するどの面にも、定面積では当たり同じように掛かる。極めて「民主的」であるがゆえに、圧力がかかる容器ではいちばん弱いところが最初に破断する。別に工業設計を学ばなくても、こんなことは高校の物理レベルで充分理解できるはずだ。限界を超えた水流の圧力がかかれば、一番弱いところが破壊されてそこから水が溢れ出すのは、物理学の常識である。

東京都を流れる多摩川は、下流で見ると滔々と流れる大川だが、実は2000m級の高山から高々100q程度の流域で一気に海へ流れ込む、世界的に見れば驚くべき急河川である。東京都の最高峰雲取山は、標高2017m。都道府県の最高峰ランキングでは15位。東京都以下の32府県には2000mを越える山はない。登山マニアなら常識だが、意外と知られていない事実でもある。

台風19号では、23区内世田谷区の多摩川沿いでも洪水の被害が発生した。マスコミは驚くべき事件のように報道しているが、世田谷区民にとっては、多摩川沿いのエリアで水害があるのは「想定内」である。私も世田谷区に住んで長いが、岸辺のアルバムでおなじみの1974年のように大体十年に一度ぐらいは多摩川が溢れて水害が発生している。多摩川は荒れる大川なのだ。というより、関東平野の川は皆荒れるので、太田道灌の昔から治水が重視されてきた。

世田谷というと武蔵野台地のイメージが強く、標高30m以上と思われがちだ。しかしそれは国分寺崖線より上の話。あの段丘は十数メートルの高さでそびえ立っている。田園都市線に乗ればわかるが、地下鉄だったのが用賀の交差点を越えたあたりで一気に地上に飛び出し、そのまま二子玉川の駅のところでは高架線になってしまう。地下から高架というとメトロ銀座線の渋谷が有名だが、あれをさらにスケールアップしたのが二子玉川なのだ。

もっというと、その「二子」をはじめ「丸子」「野毛」など、多摩川を挟んで東京側と川崎側で同じ地名が続いている。このことからもわかるように、多摩川が流れている崖線の下側の低地は古くは一続きの土地で、その中を多摩川が流れ、洪水で氾濫するたびに川の流れが変わり続けてきたところなのだ。その分上流から流れてきた土で肥沃な土地となり、農業には適した場所となった。

古の人達はそれを知りつつ、その肥沃な土地を活かして畑作などに活かすべくここに住んだのであろう。メリットとデメリットを比較して、自己責任で選んだのだ。そもそも日本列島のように地震・火山・台風など自然災害のリスクが多いところでは、古代からメリットとデメリットを比較して、自己責任で生活の場を築いてきたのだ。災害の危険があっても、経済的メリットがあるからそこを選んできた。

それを今に至って補償だ賠償だといっても始まらない。東日本大震災の時も、三度津波に家を流されたという人がいたが、リスクは想定内の自己責任のはずである。私が子供だった昭和30年代は城東地区は「ゼロメートル地帯」と呼ばれ、台風が来ると必ず水没していた。それでも人々は家の屋根裏に避難用の船を入れておくなどして力強く生きていた。それが自己責任の掟である。

リスクがあれば、その分地価が安かったりメリットもある。それをどう判断し、どう対処するかは、当人の自己責任である。それを公的セクタに押し付けて済まそうという考えは、どう考えても甘えである。お上が何とかしてくれるというのは、右肩上がりの白昼夢が続いていた高度成長時代の幻想でしかない。そろそろ自分の立ち位置を自覚して、甘えることなく自分の足で立つことを覚えないと、これからの時代は生きていけないことを学ぶべきだろう。


(19/10/18)

(c)2019 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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