世間はヤクザを求めている





いまだからこそ暴対法に異議を唱える。暴対法は、いわば「官僚的な人間」が「やくざ的な人間」に対し法律を使って喧嘩を売り、この世から抹殺しようとして作られたものである。まさに「官僚的な世界」と「やくざ的な世界」の最終決戦である。とはいえ「官僚的な世界」はタテマエの世界であり、「やくざ的世界」はホンネの世界である。これが戦えばホンネが強いに決まっている。タテマエはオーバーグラウンドの世界でしか生きられないが、ホンネはアンダーグラウンドの世界で生き延びられるからだ。

そもそもヤクザの世界に身を投じた人の多くは、社会的に差別されてきた人達だ。差別されたがゆえに人並み外れた才能があっても、一般社会の一般組織の中で発揮することができない。そのため仕方なく、アンダーグラウンドな世界で才能を発揮することになった。差別がアンダーグラウンドな世界で才能ある人材を生み出す現象は、人類の歴史上いろいろな時代や地域で事例を見つけることができる。たとえばアメリカのゴールデンエイジと呼ばれる、1920年代、1950年代を見てみよう。

WASPには戦後の好景気を受けて政界・財界でのエリートの道が広がっていたが、イタリア系、ジューイッシュ、東欧系などは、白人系といっても差別されていた。実業界でのエリートの道を断たれたから、エンタテインメントやスポーツ、アンダーグラウンドな世界に、極めて優秀な人材が流れていった。差別がなければワシントンやウォール街で活躍していたであろう人達が、実業ではない分野に進む。それにより、それらの世界で驚くような変化を生み出し、ビッグネームとなったのだ。

いろいろな意味で官僚的世界とヤクザ的世界は対照的である。メインストリーム対サブカルなのはもちろん、官僚の点数主義対ヤクザの実績主義、脇が甘い官僚対しぶといヤクザ。まさにルールが違う。ヤクザの世界は命が懸かった実力主義なので、過去の知識から演繹的にものを考える秀才では通用しない。想定外の事態にも臨機応変に敏速な対応を取れる地頭の良さがカギとなる。

秀才的人材は、前例主義で業績が上がる右肩上がりの高度成長期にはふさわしい。あらゆる前例に精通しているので、その中から最適な前例を選び出すことができるからだ。しかしそれは知識であって自分で考え出したものではない。脳を使っているのは、検索・マッチングのところだけである。だからこそAIで置き換えが可能だし、ネットワーク上のあらゆる情報を使うことができるAIにはかなわないのだ。

だから自分で肚をくくって全責任を背負って、自分の発想したアイディアを実行するなどということが夢にもできない。しかし、リーダーシップとはそれを行うことなのだ。過去にない答えを、自分の中から思いつき、それを全力で実行する。20世紀までの産業社会と異なり、予定調和が成り立たない21世紀の情報社会においては、そういう「答えのない局面」ばかりに出会うことになる。当然、秀才では適切な対応ができない。

この20年ほどの世の中の動きは、秀才たちにとっては「想定外」のものだったに違いない。そして彼らが動けば動くほどまずい対応となり、状況は悪くなる。かつても、このような「想定外」の事態がなかったわけではない。しかし、そのような事例はそう多くはなかった。そして高級官僚や大企業の幹部の中にも単なる秀才ではない、地頭のいい人材がある程度混じっていたので、それに対応することができたのだ。

では地頭のいいヤツと秀才はどこがどう違うのだろうか。その両者が混交していた最後の時代といえる1970年代の東大の状況は、実際に内側から見ているので、これをその実例として挙げてみたい。地元の期待を一身に担ってきたような地方のエース。これは秀才も秀才、とんでもない秀才だ。頑張って勉強して知識をつけ、どんな入試問題でも解けるようにして入ってくる。場合によっては、浪人しても勉強して入ってくる。こういうタイプは、大体法学部に入って官僚を目指した。

もちろん、都会の進学校出身者にもこういう秀才タイプはいる。しかし都会の進学校出身者、特に私立の進学校出身者には地方の秀才とは全然違うタイプの人材がいた。それは地頭の良さだけで成績を取ってしまうタイプだ。もちろん数的には秀才タイプの方が圧倒的に多いが、逆に地頭の良いヤツは異彩を放って目立つ。数的にはある意味そのバランスがあったから、秀才ばかりでなくいろいろな人材が揃うことになった。

1970年代頃までの名門大学は、入学試験で「珍問・奇問」が出されることが多かった。実はこれが真面目なガリ勉タイプの秀才に対するトラップとなっていた。彼等はがっつり難問と四つに取り組んでしまう。ここで時間を費やし他の問題に掛けられる時間が減ってしまう。地頭のいい受験生は先に解きやすい問題を制覇してから、残りの時間で「珍問・奇問」に取り組む。解きやすい問題は全部クリアしているので、ある程度の基礎点は積み上げられる。

当時の試験は共通一次などではマークセンス方式が取り入れられだしたものの、各大学が重視する二次試験は記述式だったので、回答が出るところまでまで行かなくても、途中までの取り組みが合っていればある程度の点数はもらえることが多かった。このため、難問が解けなかったとしても、必死に難問を解いて時間が足りなくなった秀才よりもいい点数を取りやすい構造になっていたからだ。

このためかつて1970年代ぐらいまでは、高級官僚といえどもこのような経路から東大法学部に入った「地頭のいい人材」がある程度混じっていたのだ。だからこそ、想定外の問題が起きたときもそれなりに対応できていた。まあ残念なことは、彼らは偉くなってからその地頭の良さを、法律の抜け穴作りとか、新たなバラ撒き利権とそれに伴う天下り利権を作るとかいった「手品のトリック」作りの方にばかり使ってしまった点である。

さてこの10年ぐらいを見ていると、本当に地頭のいいヤツは日本の有名大学を目指すのではなく、高校生の段階で偏差値の高い学校に入ることが目的化していることを見抜き、自分で起業することを目標としたり、企業に就職することを考えていたとしても、最初から海外の大学に入ってそのままグローバル企業に就職することを考えるようになった。日本の有名大学から一流企業というコースを選ぶ人は皆無である。

これとともに、高偏差値大学からは地頭のいい人材がかなり少なくなり、逆に古典的な秀才ばかりになった。それとともに入試からも「珍問・奇問」が消え、難しいが素直な問題ばかりになった。最近の名門大学が「きちんと勉強すれば入れる」といわれるのは、このためである。いわばその大学に入ることが目的の人ばかりが集まるようになってしまったのだ。これはこれで必然的な帰着であり、ここでとやかく言うことではない。

いずれにしろ、今のティーンズは皮膚感覚として「秀才に未来はない」ことがわかっているのだ。これは産業社会に生まれ育ち、その発想にどっぷり浸って抜け出せない「老人」は早く去るべきである。秀才たちに残された最後の仕事は、その椅子に固執せず自ら去ることで、秀才の時代にピリオドを打つことに他ならない。晩節を穢すな、老醜を晒すな。若い人達はちゃんと時代を感じて生きているのだから。


(20/09/04)

(c)2020 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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