士業の矛盾





こと日本においては、士業の免許を得るための試験は、そのほとんどがそれぞれの業務や関連する法律に関する知識を問うものとなっている。司法試験や税理士試験のように、業務そのものでも法律や判例、税務の知識が必要とされるものはともかく、実際の業務では知識以上に実技の良し悪しが重要になる医師や看護師の国家試験でさえ、基本的に知識を問うペーパーテストのみによって合否を判定している体たらくである。

そもそも士業はクライアントに対するソリューションの提供をその業務の主眼とするはずである。弁護士で言えば、依頼人である被告の無罪を勝ち取ったり、民事の交渉ごとでも依頼人の方が有利な落しどころに持ち込んだりすることが、クライアントが期待し求めている結果なのだ。法律や判例の知識はその結果を導くための手段にすぎない。そっちが試験の基準になっているところに、この国の不幸がある。

工具に関する知識がいくらあっても、工具屋にこそなれるかもしれないが、それだけでは良い自動車のメカニックになれないのと同じである。ところが、その資格を取るための条件が知識を問う試験のみになってしまっているがゆえに、その知識の多寡がその資格における評価基準となってしまうという本末転倒が起こる。いつも指摘しているように、日本の社会や組織では「手段の目的化」が極めて起こりやすい。

本来、士業の役割はコンサルティング的な視点も含めて、もっとも適切なソリューションをアドバイスし提供することにある。このために大事なのは知識ではなく、解決力であり技術力である。手塚治虫先生の名作「ブラックジャック」ではないが、外科医に最も必要なのは、どんな難手術でも成功させる技術力である。知識がいくらあっても、それを実現できる技術力がなければ医者は務まらない。

一方で医師免許の試験が知識一辺倒であるがゆえに、「極めて豊富な医学知識こそあるが、臨床医としては極めて不器用」な人も医師になってしまう。流石にこういうタイプの人でも馬鹿ではないので、自分の限界を知っているため、現場の医師ではなく医学の研究者や教育者として大学に残ることになる。権威ある大学医学部の先生には、こういうタイプの「医学者であっても医者でない」人が極めて多い。そして、そのいう人の方が医学会で権威になってしまう。

この「白い虚塔」である医学会の例など最も典型的で象徴的ではあるが、士業の世界ではその基準が知識に置かれている以上、どの分野でも多かれ少なかれこういう傾向が見られる。スター弁護士などは、その中ではかなりコンサルティングとソリューションを売り物にし、それにより高いレベニューを得ているといえるが、弁護士全体の中では極めて少数である。そしてそのような体質を残したまま、士業全体が「社会の情報化・AI化」の津波に飲み込まれようとしている。

私の会社は戦略コンサルティング的なことも含めて業務としているので、私はそれなりに会社経営に関する法務や税務、財務、はたまた労務などの知識がある。それらを前提にして、自分の会社の経営に関してはおよそ戦略的な構図を立て、それに基づいて外部の専門家などを利用する。法律や税務についても「これはグレーだが、このあたりまではセーフだろう」という読みができる。それが大丈夫かどうかを税理士や弁護士に確認する。

それができる経営者なら、現状の士業でも充分役に立つ。士業の先生は知恵を出す必要はなく、目的は「免許を借りる」ところにある。お墨付きさえもらえればそれでいいし、その範囲においては充分役に立つ。しかし、そういう経営者は420万人いるといわれる「日本の社長」の中では少数である。今までの経験から言えば、大企業からベンチャーまで含めても5%程度、かなり甘く見ても1割を超えることはないと思われる。

このように経営に関する知識が乏しくあまり戦略的な発想を得意としない、町工場の社長のような経営者の場合はどうだろう。実際には「社長さん」にはこっちのタイプの方が圧倒的に多いのである。こういう場合は相談を受けても、士業の側は実質的には六法全書や企業税務の教科書どおりの紋切り形の処理して終わりで、その事例特有の背景や関係性をベースにした適切な処理が行われることは少ない。

これではAIの機能が進んだ今では、充分機械で代替できる範囲である。士業の既得権益が、官庁と既得権益と一体化して、守旧派の守るべき砦になっているからめんどうくさいことになっているだけで、AI会計機能やAI契約書作成機能のある業務アプリのアウトプットがそのまま公に通用するようになれば、それで何の問題もない。本来の士業は、こういう定型的処理をするのではなく、もっと専門領域に関するコンサルティングを行う役割だったはずだ。

現在のAI技術の進歩を考えると、早晩紋切り型の士業はコンピュータで取って代わられることになろう。そうなるとこういう先が読める優秀な士業の先生が、自分の事務所の新しいビジネスとしてAIによる処理を始めるようになると思われる。こうなると、今までの定型業務処理中心の士業の先生は全く太刀打ちできなくなる。これはある意味士業の免許制度の崩壊にも繋がる。こういう未来がもう具体的に見えてきているのだから、対症療法ではない抜本的な士業制度の改革が必要だろう。


(20/10/23)

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