シュレディンガーの神





日本語には「半信半疑」という言葉がある。会話でも登場することのある、ワリと日常的な言葉だ。しかし、これは西欧の言語では訳しようがないという話を聞いた。対応する言葉がない上に、どういう状態なのかが理解できない。そもそも正義か悪かの二者択一しかない一神教のキリスト教圏の西欧人には、理解できない概念ということのようだ。その一方で日本人にとっては極めて自然な在り方であり、感情である。

これは「出羽守」が引き合いに出すように、日本人だけが特殊なのではない。全世界の全民族の考えかたを理解しているわけではないので全貌こそわからないものの、少なくとも私が理解できる韓国語には「半信半疑(漢字で書けば全く同じ)」という熟語があるので、韓国でも理解し得る感覚であることは間違いない。韓国もアニミズム的な「自然に神が宿る」信仰がベースにあるので、同じ構造なのであろう。

反証は一つあればことたりるので、世界には「半信半疑」が肚落ちする人達と、全く理解できない人がいることは間違いない。日本のように「半信半疑」が肚落ちする世界では、逆に一神教のような正か邪かという二項対立のような考え方は好まれない。日本においては、ビジネスはさておき日常的な生活の場においては少なくともほとんど出てこない。白か黒かではなく、あらゆる中間値があるスペクトラム的な捉え方をする方が一般的である。

スペクトラム的な発想は、一神教ではなく八百万の神の護る国だからこそ有り得ることだろう。そもそも一神教は、構造的にデジタルである。神が一つである以上、答えは是か非か。神の思し召しに従うか、邪悪な悪魔に従うかの二元論になる。その一方で矛盾する内容も同時に容認し得るのが「八百万の神」のいいところである。デジタルかアナログか。スペクトラム的な分布を許すかどうかは、信じる神のあり方によって変わるのだ。

一神教がニュートン力学的なのに対し、八百万の神は量子力学的といえる。一神教では「神」が唯一絶対な存在だから、神の理が唯一の真実になってしまう。神の答えはイエスかノーかどちらかしかない。従って箱の中の猫は生きているか死んでいるかどちらかで、スペクトラム的なものはを認めるわけにはいかない。だからこそ、量子力学的なシュレディンガーの猫は、西欧で常識とされてきた価値観に対するアンチテーゼたり得る。

その一方で八百万の神が仕切る世界においては、401万の神にとっては猫は生きていて、399万の神にとっては猫は死んでいると捉えれば、確率的な存在も充分に有り得る。イエスとノーだけではなく、その間のスペクトラム的な存在を認めているのだ。そういう意味では、日本の八百万の神は最初から多様性を容認しているのだ。それぞれメリットもデメリットもあり、どちらがどうだとは言いづらいが、違うという事実は大きい。

だからいつも主張しているように、差別といっても村八分にこそすれ、血祭りにあげて殲滅する欧米のような差別にはならない。もちろん差別自体がいいことではないのだが、異分子に対する許容性が全く異なる。特に一神教の方は「違い」を認めることを拒絶しがちである。異種のものの存在を認めることは、即自分のアイデンティティーである正当性が揺らぐことにつながるため、ここは生命線として死守しようとする。このため、相手を抹殺しても自分の正しさを誇示しようとすることになる。

事実上勝者総取りが許されていた20世紀までの世界であれば、それは充分通じたであろう。 人類の歴史上、貧弱な交通手段しかない時代が長く続いた。長距離の移動が非常に難しく、その可能性も一部の特別な人にだけ与えられていた時代。そういう時代ならもしかして山の向こう海の向こうに違う価値観を持った人々がいたとしても、そいつらと出会うことはありえず、その存在を気にしなくて済んだからだ。

19世紀から科学技術が驚異的な進歩を始め、20世紀になると大衆社会化の波が押し寄せた。これにより大衆が広範に移動可能な時代が始まった。20世紀が戦争の世紀となったのも、このモビリティー手段の発達により、「異分子」とも顔を合わせなくてはいけない機会が飛躍的に高まったためといえる。昔ならば会わずに済んだ「いやなヤツ」にどうしても出くわしてしまう。これがコンフリクトを増やさないわけがない。

まして今や情報化社会の21世紀である。直接に出会わなくとも、ヴァーチャルに多種多様ないわば想定外の相手とも出くわす可能性が極めて高くなっている。昨今、SNS等ですぐマウントを取りたがる人が目につくのは、この環境の変化に付いていけず、20世紀的な対応しか取れないためであろう。情報化社会では、多様な可能性を認められないようでは、その時点ですでに負けが決まってしまう。この意味でも一神教的な考え方は、ますます時代遅れになってしまうだろう。


(21/01/08)

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