ポピュリストの幻影





政治家としてのポピュリストにはどんな特徴があるのだろうか。そもそもポピュリストには、政治を志す姿勢を示しているにもかかわらず、何ら理念もビジョンも持ってないという特徴がある。政治活動を通して目指すべき社会像をもっていないのだ。その一方で、権力欲だけは人一倍強い。すなわち、政策・政見が理想実現の目標ではなく、権力を奪取するための手段に過ぎなくなっている。ここが最大の特徴であろう。

このため、いくらでも大衆に迎合し、大衆が心の中で待ち望んでいる世の中のあり方に120%オプティマイズした政策を提案できる。それは目的が権力で、政策は手段だからだ。ある意味、大衆が求める社会を実現するという意味では極めて民主的ではある。しかし、大衆がマスとして共通に持つ意見には、百年の計や中長期的な成長政策を求めることは難しい。自分の利益しか考えていない人達が、自分達が死んだ後のことに思いをはせるわけなどないからだ。

おいおいポピュリストの側も、バラ撒きや目先の問題の解決など、極めて刹那的で場当たり的な政策を打ち出すことになる。もともと自分固有の政策がなく、政権に付きたいというだけで票集めをしている連中だ。思い切って目先のおいしい話しかしなくなる。れいわ新撰組の山本太郎などその典型で、その時その時でいうことが全然違うのだが、もともとポリシーがないからこそポピュリストの道を選んだのだから、票にさえなればなんでもいいのだ。

そういう意味では、ポピュリストの本質を捕まえるには、やはりポピュリズムの最高到達点とも言えるナチス政治の本質を客観的に分析することが最も効果的である。ナチスの場合、ポピュリズムとして熱狂的な支持を集めることならあまりに「何でもあり」でやってしまったので、その責任を支持者に求めることができないほどの「蛮行」になってしまったため、全部の責任とともに使用済み核燃料よろしく封印され、西欧においては客観的な分析さえ許されないアンタッチャブルとなってしまった。

確かにユダヤ人へのホロコーストなど、許しがたい歴史上の汚点を残したことは確かだし、それは許されるものではないが、ポピュリズムとしてのナチス治世下のドイツ社会がどんなものだったかを知ることまで否定することはおかしい。それをきちんと見極め、ポピュリズムの本質を理解しておかないと、またぞろポピュリズムの台頭を許して第二・第三のナチスが生まれるのを許すこととなってしまう。

本当にナチス政治の問題を追及しその再現を許さないのであれば、単なる封印ではなく、徹底した原因解明、すなわちポピュリズムの本質を見極めることの方がよほど重要である。しかしポピュリズムである以上、それを行えばドイツ国民の責任が問われることになる。少なくとも、中流以下のドイツ人大衆は末期までナチスを熱狂的に支持したし、ドイツ経済も敗戦直前までGDPが伸張していたことも確かだ。こんなことさえ、今のヨーロッパでは自由に語れなくなっている。

ドイツの大衆がナチスの政策に反対していたり失望したりしたいたのでは、もっと早くにその政権は潰れていたに違いない。確かにナチスは政治的な反対者や対立者に対しては過酷な弾圧を行ったが、国民全体を銃口で脅すような絶対主義の恐怖政治をして政権を維持したのではない。その逆で、ドイツ人大衆の多くはナチスの勢力に自分を重ね合わせて陶酔していたからこそ、あれだけ強力な体制になったのだ。末期までその熱狂が続いていたからこそ、あそこまで問題がエスカレートしてどんどん拡大したのではないか。

その事実には誰もが気付いていたからこそ、「死人に口無し」で戦後ヒトラーに全責任を押し付け、それを支持した大衆は頬かむりしたかった。そのためにナチスそのものの歴史自体を封印してしまったということだ。ポピュリズムの基本が、大衆の無責任な熱狂にある。そうである以上、大衆の熱狂がある程度豊かになった人類の性である以上、これはこれからも歴史の中で何度でも繰り返す愚行と考えざるを得ない。

そもそも大衆は戦争が好きなのだ。そして戦争を恐れない。失うものがない「持たざる者」には恐いものがない。だからこそ現状の不満を打破するためには、アメフトのパントよろしくヤケになって現状のスキームを捨て、新たな対決を求めたがる。それは無責任だからこそ気楽にできることである。「失うものがない」というのは、ヤケになって現状の全てを破壊したがるという、極めて危険なパワーにすぐ転化してしまうものなのだ。

日本においても、昭和10年代後半になってもエスタブリッシュメントは戦争回避を求めていた。しかし、当時無産者と呼ばれた労働者・農民などの大衆は、現状の鬱屈感を打破するために戦争を求めた。軍部の青年将校も当時貧しい無産者で優秀な能力を持つ者にとって唯一の出世ルートが士官学校に入ることだったため、大衆の不満は自分のこととして無条件に共感する人が多かった。この無産者とそこから生まれた青年将校の目先のことしか考えない暴走が、戦争への道を選ばせた。

社会主義・共産主義もそうだ。貧しい国家が経済成長を図るための手段としては全体主義の計画経済も、ある程度有効性があることは確かだ。戦後日本の復興を支え、高度成長への基盤を作った「傾斜生産方式」も計画経済のバリエーションと考えることができる。しかし、ちょっとマトモな知恵を持った人が考えて判断すれば、そのスキームが未来永劫続くものではないことはすぐにわかる。実際鉄のカーテンは70年ほどで自己矛盾から崩壊してしまった。

目先の人気だけを考え、ウケのいいことしか言わないポピュリストもまた、長く続くわけがない。ある程度継続すると、今度は自分の権力の椅子をどう維持するかの方に関心が移ってくる。そうなると、もっと過激に大衆ウケのいい政策(戦争だ)を打ち出すか、全体主義的な体制にシフトさせるかどちらかである。そのような事例は古今東西暇を問わない。ポピュリストが政権を取るとどうなるのか、そしてその最後はどういうものなのか。これをきちんと見せて多くの人が理解することこそ、今求められているのではないか。


(21/04/23)

(c)2021 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる inserted by FC2 system