教条主義の亡霊





もう死語になっているが、かつて「教条主義」という言葉があった。元々は宗教用語で、経典の言葉を言葉通り厳格に解釈してそれを金科玉条のごとく順守し守り続けることこそ信仰であると考える人達である。今の言葉で言えば「原理主義」というのが近いだろう。こういう考え方をする人はどの時代にもいるし、もちろん現代にもたくさんいる。ただその信奉するものが宗教的な教理でない場合も多いので、この言葉が使われなくなったのだろう。

より従順に経典に従うには、まず経典を重箱の隅をつつくように学ぶ必要がある。学べば学ぶほど、よりストイックにそれを守るようになる。従ってこのような考え方は、秀才と極めて相性がいいのだ。学び覚えたことをその言葉通り順守すれば、そこにこそ真理の道があるという考えなので、勉強した知識そのままに地道にこなしていけば必ずや成功するという信心になる。まさに秀才のためにあるような生き方である。

経典に服従する限り、自分で考えたり、リスクを取ったりしなくていい。だからそれで済んでいる間は、極めて楽なのだ。だがこれを繰り返していると、考える力や、リスクを取る勇気は退化してくる。ある意味「思考停止」こそ「教条主義」の神髄といえる。この結果、秀才には、自分で考え、リスクを取って決断する能力は皆無であになる。秀才が活躍できるのは前例があることだけ。前例に従っていれば解決できる問題であれば、秀才は威張って対応することが出来る。

秀才は勉強して覚えるのは得意だが、定説的な答えのないもの、未だ前例のないものに対しては、自分でリスクを取ってまで対応するには肚が据わってない。流石に阿呆ではないので、これはヤバいと思ったらその前に逃げてしまう。官庁等の役所のプロジェクトでは、結果がウマく行かないことが見えてくると、みんな一斉に腰が引けて蟻の子を散らすようにフェードアウトする。そして逃げ遅れた人が「逆椅子取りゲーム」よろしく、貧乏くじを引くことになる。

中世までの宗教は、まさに教条主義が当たり前だった。確かに中世ヨーロッパにおいては、キリスト教が知識を独占し、貧しい大衆を啓蒙するという仕組みが出来上がっていた。だからこそ、豊かになってきた大衆はそのスキームに不満を持ちはじめ、宗教改革をもたらした。教義とそれを独占的に取り扱う宗教家に縛られるのではなく、内面的な信仰こそが神の救いに繋がるという新たな信仰の形がここから生まれた。それでも時々原理主義的な宗派が生まれるのだから、これは人間の性である。

コミンテルン的な既成左翼も教条主義的な傾向が強い。教条主義的であるがゆえに、ちょっとの解釈の違いで内ゲバになるのも原理主義的な宗教と似ている。そもそも左翼と官僚エリートは相性が良く、鉄のカーテンの中の東側においてはテクノクラートを重視しノーメンクラトゥーラと呼ばれる秀才エリートが跋扈していた。これは、早く西側の最新技術を模倣し、自分達も西側に負けない生産力を実現しようとしたことによる。

そういう意味では、これはまさに明治日本の「和魂洋才」「追いつき追い越せ」と同じである。テクノクラート重視は、和魂洋才よろしく、共産主義の精神と西欧の最先端技術が融合すれば無敵という、単なる精神論であった。そういう意味では、日本もうり二つである。従ってこのスキームにおいては、日本が共産圏に取り込まれる可能性は充分あったし、若手将校や革新官僚の中には、そういう志向をもっていた人間も多かった。

しかし昭和ヒトケタの時代にミッキーマウスブームを生み出し、舶来信仰の対象としての米国へのあこがれを作り出したアメリカのソフトパワーは一桁も二桁も先に行っていた。そのような米国への憧れが日本の大衆にあることをアメリカは完全に把握していたし、それを占領政策に活用した。そして日本の大衆は、実際米国の占領軍が押し寄せると熱狂的に歓迎し、戦時中の天皇陛下への信仰は、マッカーサー元帥への信仰にそのまま移行した。

ここがコミンテルンの限界である。大衆社会とは、大衆が理を決める社会であることに考えが及ばなかったのだ。ロシアのような貴族と農奴しかいない社会ではなく、すでに日本は江戸時代から大衆が社会の趨勢を決める社会となっていた。そういう社会では、中世ヨーロッパのキリスト教のような教条主義は受け入れられない。結局共産主義政権が出来た国は、ユーラシア大陸東側の貧しい国々だけだった理由がここにある。

このコロナ禍で露呈した、リベラル派や知識人の底の浅さ、そして官僚機構の対応のマズさも、この教条主義に求められる。危機的状況にたいしては、教条主義は全く役に立たない。まさに秀才エリートが最も苦手とする「自分で考え、リスクを取って決断する力」がなくては、危機対応はできないからだ。というより、想定外で前例がないから危機なのであって、想定内で前例で処理できる間は問題事案ではあっても危機ではないのだ。

危機管理というとマニュアル化という話になりがちだが、実はマニュアル化では、全く臨機応変な対応ができない。BCPとかで危機管理マニュアルが作られることが多い。しかし、本当の危機的事態とはそれ自体がそもそも想定外の状況である。それを想定してマニュアル化することはできない。私は東日本大震災の時に、百数十人の部門の責任者としてBCPを発動するという体験をしたが、全てが全く想定外であり、その場で情報を集めて状況を把握し、それに対して最善策を決めて実行しなくてはならなかった。

情報を集め、即座に状況を判断し、対応を決断する。本当の危機管理にはこれしかない。このように、リーダーシップにおいてはことの本質がわかっていることが大事で、最も重要なポイントをクリアするためには今何をすることが求められているのかを瞬時に判断して、そのための指示や行動が出来るかどうかが問われる。これは教条主義的な秀才エリートが社会的に不要になることを意味している。

このようなリーダーシップの重要性は、多くの情報を瞬時に収集できるようになった情報社会では一層高まる。この数年目立つようになり、特に新型コロナ禍以降顕著になった、左翼・リベラル、知識人、マスメディア、官僚の失態の数々は、まさに情報社会に向かう中でその居場所を失いつつある「教条主義」の亡霊の最後の断末魔である。そういう社会的守旧派は、もはや教条主義の墓碑銘の下に葬られるしかないのだ。


(21/05/21)

(c)2021 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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