広告界のいま






このところ、広告業界の周辺では大きな変化が続いている。その一つとして、e-business業界からはじまった、マスキャンペーンの再評価がある。ゼロから立ちあげるe-Businessでは、ブランド認知と、信頼度獲得が差別化のカギとなる。そのためにはマスキャンペーンが必須とされ、実際アメリカでは去年の夏あたりから、TV広告ソースの1/3が".com"関係のスポンサーで占められるようになった。マス広告のパワーが再認識され、e-Businessだからこその必然性も語られるようになったからだ。しかし、広告の本質は何か、広告キャンペーンにおける媒体とは何かという問題については、まだ認識が低く、旧態依然とした議論もよく罷り通っている。そこで今回は広告界の今について、もう一度基本認識をしっかり持つための議論をしたい。

誰が何と言っても、基本的に広告界は受注型である。広告主がお金を支出する意思決定をしない限り、すべてが捕らぬタヌキの皮算用である。したがって広告界を理解するには、いま広告主からでているお金がどういう性質なのかを知る必要がある。確かに高度成長期までの時期は、日本の広告主の支出する広告費は、媒体費用であり、宣伝部の年間予算に基づくバジェッティングが行われていた。この時期における広告費は固定的な費用であり、ある種の必要悪とされいわれていた。しかし、ドルショック、オイルショック以降の経費構造の転換の中で、この構図は崩れた。しかし、未だにこういう大時代的な枠組みで広告費をとらえる人が多いのは困った限りだ。

70年代半ばのリセッションによる、日本の企業の構造変革。その結果、広告費は事業部のプロダクトマネージャーが、商品計画の中で、営業・販促費の一貫として計画し、キャンペーン単位で支出するモノとなった。広告費は固定的な費用ではなく、売上とダイナミックにシンクロするカタチで、戦略的に投下される資金となった。80年代を通して、こういうあたらしいマーケティング戦略は一般化し、マス広告を行う消費財メーカー、対消費者サービス会社においては、常識といえるモノとなった。

広告費はマーケティング投資である。当然資金を投下する目的があり、その結果としての成果がなくてはいけない。つまり、広告主が買っているのは知名度や理解度の上昇という「キャンペーン効果」であり、媒体枠そのものではなくなった。これを受け実際の媒体セールスの場面でも、昔と違い引合いという面ではテレビも番組単位のタイムセールスが中心ではなくなっており、延べ視聴率(GRP)単位で売り買いされるスポットセールスが基本となっている。現在のタイム枠は、基本的に複数のキャンペーンの予算を寄せ集め、効率運用するカタチでセールスしないとスポンサーがつかないのが実情だ。おまけにスポットの売り買いの価格も、「%単価」が基準だ。

さてそのスポット予算は、エリア別のマーケティング課題に従って、地域別に投下量が決められ配分されている。スポットの方が割高であっても、エリア別の配分が決められる戦略性、キャンペーン期間中でもターゲット別と時系列別の配分を自由に設定できる機動性から、媒体利用の基本とされている。よく衛星メディアの議論で地方局の位置づけが問題にされるが、少なくとも広告主の予算が地域別になっているということを無視して、この議論はできないはずだ。しかし多くの議論では、ナショナルクライアントの予算は、全国単位であるかのように語られている。こんなアバウトな予算配分ロジックしか持っていないところは、少なくとも大手ではありえない。

このように、お金を出す広告主側の論理は、もはや媒体枠そのものとはリンクしていない。キャンペーン予算を支出するかしないかの基準がそうなっている以上、広告業界の行動基準もそれに従わざるを得ない。だから、少なくとも大手総合広告代理店の提供しているサービスは、媒体を売って、媒体コミッションをもらうというビジネスモデルではありえない。もちろん、求人広告など一部の専門エージェンシーや、メディアエージェンシーは、媒体枠を確保したりセールスしたりするのがビジネスの基本になっている。だがこれは、今の広告代理店のメインなビジネスの形態ではない。

広告主がお金を支出する広告キャンペーンの目的は、消費者に商品やサービスを受け入れ・販売し、その結果として結果企業価値を高め、株価を高めることにある。このためには、ただ媒体枠があり露出するだけでは課題解決たり得ない。ソリューションをより効果的に得るための、アイディアが常に問われている。広告主が付加価値を認めるのはそのアイディアだ。だから今日の広告代理店の利益は、質的にいえばその知的生産、付加価値生産によって担保されているということができる。単純作業である媒体作業の、作業管理費的な手数料ではありえない。

キャンペーン構築のストラテジックな視点から見ても、商品やサービスの戦略と、表現やコミュニケーションテーマの一体化は重要な課題になっている。その一方で、媒体の枠取りは、費用対効果だけの問題となっている。機械式個人視聴率調査によるターゲットへの効果測定の精緻化は、枠や局といった指標へのこだわりをなくしている。実際にどれだけのターゲットGRPを獲得したかは、スポット案全体のレベルならかなりの精度で実証できる。確かにオンエアされたCM一本一本についてはある程度の誤差を見込む必要があるが、案全体ではその誤差が相殺されるからだ。

このように広告キャンペーンは、商品戦略と一体化し、売るために欠かせない投資として事業部レベルで機動的にハンドリングすべきモノとなった。いまや強い宣伝部があることは、負け組の印。効率的な経営資源の配分ができない企業という証に他ならない。確かに15%という手数料率は、宣伝部が予算を握っていた、大昔の媒体の売り手市場の時代にでてきたモノだ。数字の由来はそうであっても、現在の広告会社の利益は、媒体を売ったことによってもたらされる利益ではなくなっている。それは、いいクリエーティブや、いいプロモーション展開との企画を提案した代理店に、「結果として」スポットの扱いを与えるという、広告主側の代理店政策のロジックからもわかるだろう。

ここまで含めると、結果的に代理店から提供されるサービスは、いわゆるフィーとしていちいち値段がつけられると、かえって高くつき、15%のドンブリにした方が割がいいことは、広告主サイドでも自覚されている。代理店としては、たとえば事後の効果測定調査など、もっときちんと請求したいのはヤマヤマだが、広告主に足元を見られ、請求できないで、自腹を切ってやっているのが現実だ。これをきちんと請求されたのでは、広告主の払うコストはさらに増えてしまう。そういう構造をみてゆけば、広告会社の利益がどこから生まれてくるのかわかろうというものだ。

さらに海外においてはAORと呼ばれる、媒体買付作業だけでキャンペーン企画提案がつかないセールスも行われている。この場合は、3〜5%、よくてせいぜい7%程度の手数料率で作業をしているのが実際だ。日本でもこのような取引は、外資系を中心に拡がりつつある。しかし、このような取引形態は「値引き」と称して日本でも昔からあった。クリエーティブやプロモーションと言った提案内容で差別化ができないような中堅代理店では、媒体だけの取引で5%引き、1割引きなどという取引条件は決して珍しいモノではない。名前が違うだけで、実態としてはそれほど変わりはない。

確かに外から見えにくいのは確かだが、この20年間で広告業界をとりまく環境は大きくかわった。高度成長期のままの旧態依然とした認識で広告業界を見ていただいたのでは、問題の構造は正しくつかまえられない。社会のIT化・ネットワーク化により、営業システムやそのコスト構造は大きくかわっている。そういう時代だからこそ、コミュニーケションの必要性は今まで以上に高まってくる。これからの広告・コミュニケーションおよび、広告業界を考えてゆく上では、このようなバックグラウンドの変化を無視することはできないだろう。それを考えてゆく上で、この小文が何らかのお役に立てればさいわいである。


(00/01/28)

(c)2000 FUJII Yoshihiko


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