差別の構造






80年代がそのピークだったと考えられるが、かつては「一億総スター化」とでもいえるような現象が一般的であった。その頃は、メディアに登場する芸能人やスポーツ選手は、ヒーロー・ヒロインという憧れだけでなく、いつかは自分もなりたい存在として捉えられていた。その延長上に自分がスターになる日を夢見て、野球やサッカーをやったり、バンドをやったりしていたものだ。確かに、メジャーにはなれなくても、クラスのスター、校内のスターにはなれたりした。

さて、最近の若者はこのあたりの気風が変化した。ここでもすでに何度かとりあげたように、音楽でもスポーツでも、決してプレイする側に廻りたがらない。あくまでも、仲間はみんなで楽しく見ている側なのだ。モテる相手も、プレイするスターではなく、「一番一緒に見に行きたい仲間」になった。そもそも、ステージ上にいたり、ピッチやスタジアムの中にいるのは、自分たちとは違う種類の人間だ、と考えているからだ。

さて、このような「気風」は、どこから形成されたものだろうか。その歴史的背景を探ってみよう。ご存じのように、団塊世代は、「疎開・引き上げ」という、近代日本において特異点のように農村人口の多い時代に生まれ育った、日本の伝統的な「農村共同体的メンタリティー」の刷り込みが強い世代といわれる。当然、今35歳以下のF1・M1層を構成する団塊Jr.世代も、親である団塊世代の影響を強く受け、その上の「新人類世代」と比べると、明らかに「農村共同体的メンタリティー」が強く刷り込まれている。

日本においては、農村vs.都市という構造は、中世以来、社会を動かし、変化させる原動力となってきた。人材の評価という面でも、この両者は180゜違っている。「出る杭を打って」差別するのが、農村共同体である。その一方で出る杭に寛容なだけではなく、積極的に「異才」を評価し活用するのが、都市である。「普通と違う人材」をどう評価するかという面においては、農民と都市民の違いが色濃く出ている。これはまた中世以来、農村共同体において、都市民・非共同体民への、仲間外れ・差別の意識を生み出してきた。

そのルーツは、中世の身分制に求められる。荘園制の定着と共に、古代の公田公民が崩れ、農村は土地も住民も特定の領主の元に領有される形となった。しかし、山野河海、交通路といった「公共の場」だけは、天皇の支配権が残っていた。この時代においては、構造の違う二つの世界が並存していたことになる。商人や芸人、非定住民が生きる世界は、土地に結び付けられた、一般の民衆とは異なる世界であった。彼らは、天皇や神仏に直属し、市、道路、山野河海など、無所有の場とされた領域を遍歴する。まさにその中から、中世都市が生まれてきた。

従って芸人は、一般の農民にとっては、自分たちの世界とは違う「共同体の外側」に生活しているヒト、と規定されることになる。それはまた、芸能の中に、通常の人間とは違う、聖なるワザ、神仏に通じる力を感じていたからでもある。もともと、芸能は神仏に仕え、聖と俗を結ぶ役割をになっていた。だからこそ、芸能を行う芸人に対しては、畏怖の念を抱いていた。しかし、畏怖の念は自分たちの存在を矮小化する。従って一般民衆のあいだでは、彼らを差別することで、自分たちの現状を肯定するモチベーションが働きがちである。

実際、中世を通し、初期においては聖なるものとして畏敬の念で見られていた芸人は、天皇、神仏の威光が低下したこともあり、次第に差別の対象となっていった。後期になると、明確に一般の平民からは賎視され、忌避される対象となっていった。このように、「聖性」は「穢」と紙一重である。その差は「違う」ことをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかだけである。ポジティブさが前面に出れば、「神」として崇め奉り、ネガティブさが強調されば、「不可触」な存在として忌避される。

これを決めるものは、「通常の人間」と「神ワザを持つ人間」という両集団間の関係性である。両集団間での交流の対称性か、参入に関する機会の平等が担保されている間は、比較的ポジティブに捉え、素直に賞賛できる。このような場合は、人間としての権利の根本的な違いや、カースト的な違いは発生しない。しかし交流が非対称的だったり、能力以外の階級的な参入障壁が高かったりすると、たちまちネガティブな面が強調されるのが世の常である。

さて、ここで今の若者に共通する心理を見てみよう。極めて特徴的なのは、「どんなに努力したところで、自分には能力がないのだからなれっこないし、だったら努力するだけ無駄だ」という諦観である。それゆえ、勉強する子供は、ますますよく勉強するようになる。その一方で、勉強しない子供は全く勉強しなくなっている傾向は、各種統計から読み取れる。「自分はこのくらいだ」という決めつけ・諦め感を、明確に持っているのが、今の若者だ。

正社員になっても、二流にしかなれないのなら、責任がなくて気楽なフリーターになったほうがいい、という心理もここに根ざしている。その裏側で、才能、能力を持つ者への羨望の眼差しがないワケではない。非対称性や参入障壁が、ここにはある。したがって、そういう羨望は蔑視に変りやすい。これは、まさに中世の芸人に対する視線が、畏怖から差別へと変化した構造と全く同じである。今の若者の意識と、中世の農民のもつ都市民への意識とは、全く共通の構造を持っている。

よく考えてみれば、これは「お門違い」というものだ。「自分の能力のなさ」が問題なのを、能力を持っている人間を蔑むことで、帳尻を合わせようとしているだけなのだ。だが、このようなメンタリティーが正当化されてしまうのは、まさに、彼ら・彼女らが、中世以来脈々と続いている。日本の伝統的な「農村共同体的メンタリティー」の直系の継承者だからである。何ら新しいことでも、変化したワケでもない。何のコトはない。何百年にも渡って脈々と受け継がれてきた、羨望と蔑視が一体になった差別感が発露しているだけである。そういう意味では、この問題こそ、「日本社会の、古くて新しい問題」なのだ。



(05/06/24)

(c)2005 FUJII Yoshihiko


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