顔が見える仕事





官僚機構においては、すべての処理に対し「組織」で対応し、「人間」では対応しないところに特徴がある。そのための仕組みとして、法治主義として、前もってルールを定め、そのルールに基づく機械的・一律的判断を行う。これにより、いつ誰が判断しても、基本的には同じ結果が出るようになっている。また、それを補うように、「前例主義」として、例外が生まれないような運用を図っている。

これは別に、そこで行われる業務の質や内容を高めたり、均質化するために行われるものではない。官僚機構においては、個人の意思による決定や判断が入る余地はない分、個人の責任が問われることがないところが重要である。つまり、どういう場合でも、個人が判断したのではなく、組織が、肩書きが判断した、というポーズを取れるようにすることにより、そのメンバーが無責任化されるのためのシステムである。

日本が貧しく、経済も右肩上がりであった、高度成長期ならば、こういう官僚機構による一律的な対応でも、破綻せずに対応可能だった。それは、一律のバラ撒きでも、経済成長があとから帳尻を合わせてくれるからだ。それなら、必要であろうがなかろうが、撒けるだけ撒いてしまったほうが効率的だし、国民も喜ぶ。かくして、歴史的にも特異点である高度成長期にしか成り立たないモデルが、金科玉条となってしまった。

したがって安定成長になると、こういう画一的な「バラ撒き行政」は成り立たないことになる。国や地方公共団体の財政は、限られた収入を前提に組み立てなくてはならない。昨今、保険制度や年金制度の破綻が問題になっているが、これらの制度も、官僚が高度成長期に構築したものだけに、いつまでも右肩上がりの成長が続くことを前提にしていたことが、その主要因である。この問題は、すでに1970年代に一部では指摘されていた。

そこで求められるのが、どれに支出し、どれに支出しないかという、選択と集中である。画一的なバラ撒きなら、なにも考えなくてもできる。全員に同じものを渡す作業なら、サルでもできるではないか。しかし、選択と集中には、経営的判断が必要だ。ばら撒くだけの余裕がない分、責任ある人間が、腹をくくって判断しなくてはならない。そして判断には、リスクテイキングが必要である。これは、日本の官僚機構では、ありえない業務だ。

これが、民営化が求められる理由だ。個人に権限と責任を与え、個人の名において判断し、その責任を取らせる。つまり、民営化の心は、官僚機構の成立目的である「個人の無責任体制」を否定し、各メンバーが、個人としての責任において判断し、戦略を決めるところにある。「なんで、自分には分け前がないのか」と問われたときに、「俺が決めたからだ」と啖呵が切れることが、民営化の本質である。

たとえば、公共事業もそうだ。公共事業の全てが不要というワケではない。建設が必要な道路もあるだろう。治水が必要な河川もあるだろう。工事をすることが全てイケないのではなく、重み付けをしないで、必要なものにも、不要なものにも、同じようにばら撒くことが問題なのだ。みんなの役に立つことには、財布の許す限り事業を行うこともやぶさかではない。しかし、そのためには、どれをやってどれをやらないか、誰かが自分の責任で判断する必要がある。

全国に、行基が作ったという伝説のある「ため池」は多く残っている。本当に行基上人かどうかはさておき、誰かが行ったいにしえの公共事業が、人々に役に立ち、支持されたからこそ、こういう伝説が作られた。このように、役に立つなら、リスクを取って判断した責任者の名は、永遠に人々の心の中に残る。逆に、ミスリーディングなら、悪名は孫子の代まで残る。ハイリスク・ハイリターンではあるが、それを責任を取ってやるのが、「民」の事業である。

これは、福祉事業や生活保護なども同じだ。バラ撒きの悪平等を実施すると、そこに便乗して利権化し、不正に受給する人が現れる。ヤクザが、生活保護を不正受給している話はよく聞く。確かに、ヤクザは表世界では無収入だし、それゆえ所得税も払っていないのだから、法律上は受給資格があることになる。世の中には、かならず「蟻の一穴」がある。法律では、これを塞げない。これがある意味、機械的な法治主義の限界を示している。

本当に必要な人にだけ手厚い保護を差し伸べるには、組織ではなく、人間が実際に見て判断する必要がある。そして、その人間は、本当に無私で、平等な心を持っている必要がある。公共性を満たすには、この判断が不可欠である。ここでも、必要なのは結果の平等ではなく、機会の平等なのだ。受付のところには誰でも入れるが、本当に公の保護を受けられるかどうかは、より高所にたった視点から、人が判断する。組織の「官」に対し、人の「公」。その違いは、ここにあるのだ。


(08/10/17)

(c)2008 FUJII Yoshihiko


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