千年の悪癖





日本人の悪癖の一つとして、「結果の平等」を求めすぎる、というものがある。日本の庶民にとって「平等」とは、あくまでも分配の結果に対して彼此の差がないこと。決して、グローバルスタンダードの「平等」観である、「機会の平等」ではない。逆に、機会の平等に関しては比較的無頓着である。入口に制限があっても、出口で差がなければ問題ない。これが、日本社会に色々な問題を引き起こしている。

今でも、いろいろな差別やイジメが問題になるコトが多いが、これなど典型であろう。仲間内での「結果の平等」をキープするためには、「仲間」と「他人」をきっちり区別することが必要になる。他人にまで門戸を開いたら、「平等」な自分の分け前が確実に減ってしまうからだ。本来、全く差がない相手でも、自分達の利権、既得権を守るためには、自分と違う存在に「祭り上げて」、ノケモノにしてしまう必要がある。

これが差別やイジメを生むのである。個人的な差別やイジメは、人類の歴史とともにあったことは間違いない。しかし、制度的な差別やイジメはそうではない。社会的構造が変化し、「結果の平等」を担保するために、集団的な差別やイジメを必要としだしてはじめて、それが社会的な問題となる。そう考えると、日本の歴史において差別が生まれ始めたのが、古代貴族制社会が崩壊し、武家社会ヘ移行してからという理由が理解できる。

鎌倉仏教が興隆した理由を問うまでもなく、武家社会の到来とともに、古代からの階級制度は崩壊し、庶民でも権力を奪取したり、富を蓄積したりと、「成り上がる」チャンスが生まれた。それまでの固定的な階級制の下では、一般庶民は「ヒト」ではなく、王権や貴族に隷属する存在であった。その限りにおいては「平等」であり、人々の間に「差」がつくことはなかった。「平等好き」な国民性は、この時代から養われてきたものだろう。

しかし武家社会になり、庶民が社会の主役に躍り出ると、そういう「平等」さは失われる。成り上がれたヒトと、成り上がれなかったヒト。ここにはじめて、庶民の中に「勝ち組」と「負け組」が生まれることになる。そして、構造的な問題として、常に「勝ち組」は少数である一方、「負け組」は大多数を占めることになる。「負け組」は多数を占めるがゆえに、リベンジの可能性も含め、負け組の中で順位をつけたがるのだ。

だが、順位をつけることと「結果の平等」とは相容れない。そこで、故意に「負け組」の中に「完全負け組」を作り出し、「我々はその連中とは違う」という虚構をつくりあげることで、自らのポジションを安泰なものにしようとした。元来差がないにところに、虚構の集団を作るためには、いわれもない差別やイジメが必要だった。このように、日本の庶民社会は、その成り立ちからして、差別やイジメが不可分にビルトインされていたのだ。

要は「目クソ鼻クソ」であり、「勝ち組」からすれば、どんぐりの背比べなのだが、当人にとっては、それが自分のアイデンティティーに繋がる、死活問題になっている。だからこそ、いかにそれが無意味で空虚なものか、本質論で批判しても、一向に差別やイジメはなくならないのだ。これはとりもなおさず、本当に差別やイジメをなくすためには、「負け組」が自分の「負け」を認めることが、まず最初に必要になるということだ。

昨今の若者においては、「人生をオリて」しまい、これ以上落ちようがないところにたむろして、まったりと生きるのがトレンドとなっている。いろいろ批判もあるものの、これは一千年来の悪癖を一掃するいいチャンスである。自ら下流に満足する人々の間では、差別もイジメも起きようがない。そういう意味では、グローバル化する現代社会の下で育った若者たちは、その環境に適応し、旧来のジャパンスタンダードから進化した存在になったといえるのかもしれない。


(08/10/31)

(c)2008 FUJII Yoshihiko


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