近代的人間





20世紀までの産業社会の時代において求められた人間性は、「近代的人間」として自我を確立し、自己責任において行動できる自立した人間であった。確かに、そういう基準に適合する意識や行動を行う人たちも、少なからず存在した。それだからこそ、近代社会がそれなりに繁栄し成功したということができる。もちろん、近代が西欧発のものである以上、その類型にフィットする人は、欧米人に多く見られた。

しかし、近代社会として発展し、近代国家として成長した国や地域は、どこにおいても一定数以上の「近代的人間」がいたからこそ、それを成し遂げるコトができたのだ。20世紀初頭に、すでに高度な経済発展を開始した日本がそうだし、20世紀後半に高度成長をなしとげた、韓国、台湾、中国などの東アジア諸国、最後の近代主義国として21世紀になってから徒花のような成長をみせたBRICS諸国もそうである。

その一方で、経済発展を遂げた諸国においても、「近代的人間」になりきれない、共同体的刷り込みの強いヒトたちも存在し続けていた。これは、日本のような「非西欧的近代国家」に典型的に見られるが、もちろん西欧諸国にだってある程度は存在していた。ただ、日本では「非近代的人間」の方が圧倒的多数のまま、高度な経済成長を遂げ、その右肩上がりの成果が、一層「非近代的人間」の存在を許してしまったというところが特徴である。

近代産業社会、あるいは高度な資本主義的経済、市場原理に基づくマーケットなどを前提とする限り、「近代的人間」という存在感がどうしても必要になる。だからこそ、「自立・自己責任」vs.「甘え・無責任」という問題が生じる。これは、20世紀的世界においては、近代産業社会的なモデルしか存在しなかったからこそ起こった問題である。しかし、どうやら状況は変わってきている。時代は近代を越え、一気に新しいスキームへと入ってしまった。

21世紀的な社会は、必ずしも、成長だけ経済だけを価値基準の前提とするものではない。そこでは、もっと多様な価値観の並存があり、もっと個人個人の内面的な充足度を基準とした判断が行われるようになる。もちろん、20世紀型から21世紀型への変化は、単に回帰的なモノではなく、より高度化した進歩である。当然そこでは、20世紀型の価値観が否定されるものではなく、それを内包した上で、より多様な価値観が構築されることになる。

社会や経済の牽引エンジンとしての「近代類型」がなくては、人類が20世紀に到達した文化・文明を維持発展させることはできない。しかし、永遠の右肩上がりはサステイナブルではない。ここで求められるのは、安定成長を遂げつつ、人類史的意味においてのクォリティーを保ち、あるいはさらに高度化することである。そのためには、すべてのヒトが、「近代類型」であることを求める必要はない。

目標が安定成長でいいのなら、話は変わってくる。あるレベルの文明をサステイナブルに維持するには、「自立・自己責任」な人間の絶対量は、それほど多くない。近世の日本がそうだったように、自立した「有責任階級」と、共同体に依存した「無責任階級」との二段構造を作り、それぞれの「生活圏」に独立性を持たせられれば、この両者が並存しつつ、安定的な社会を築くことができる。

「自立・自己責任」vs.「甘え・無責任」という構図は、日本社会を考える上では根源的問題であり、この場でも何度となく論じてきたテーマである。それを通して、筆者の立場は、この二つの人間類型は相容れることはないし、「甘え・無責任」な人間が「自立・自己責任」な人間に「進化」することもない、というものであった。にもかかわらず、「甘え・無責任」な人間に「自立・自己責任」を求めざるを得なかったところに、近代日本の不幸があったのだ。

右肩上がりの成長を続けるためには、「甘え・無責任」な人間にも、責任と権限を与えざるを得ない。短期的には、それで成長が担保されるものの、中長期的には、その弊害の方が大きくなり、構造的問題を生じさせる。「甘え・無責任」な組織の典型は、日本の官僚機構である。旧軍が暴走し日本を破滅に追い込んだのも、無駄な公共事業に自己目的的に邁進し財政を破綻させたのも、「甘え・無責任」な人間に権力を与えてしまった結果だ。

安定成長ならではの、棲み分け。そのためには、何らかの共同体の復活でもいいし、国教化した宗教でもいい。「甘え・無責任」なヒトたちが、「甘え・無責任」なまま、気ままに暮らせる楽園を作る。ハイリスク・ハイリターンと、ノーリスク・ノーリターン。その中で、この二つのクラスタは、全く違う存在となってゆく。階級どころの問題ではない、人類が、二つに分かれてしまうといった方がいいだろう。これが並存できることが、21世紀最大の「幸せ」というべきなのだ。



(08/12/12)

(c)2008 FUJII Yoshihiko


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