製造業とブランド





中国や新興工業国の追い上げの中で、なんのかんの言われているモノの、made in japanの製品も、まだまだそれなりに競争力を持っている。個人観光ビザ解禁以来、各地の流通業の救世主となっている中国人観光客の圧倒的なバイイングパワーも、「日本メーカーの日本製の製品」への期待がベースとなっている。中国の人にとって、同種の製品でも、日本製のものは、中国製のものより御利益があるのだ。

これもまた、日本の製造業の現場が蓄積した、技術力・生産力の賜物である。実際、地価もロジスティックスコストも高く、人件費もまだまだ高い中で、圧倒的な生産性と効率性を持ち、高い歩留まりを実現している。特に、ラインの自動化・無人化に代表される生産コストの圧縮は、品質や作りの良さといった面での優位性だけではなく、価格面でもそれなりの競争力を持つ要因となっている。

この面での優位性は、まだまだ確たるモノがある。しかし、これは単に量的な違いである。現状において生産性が2倍だ3倍だといっても、量的な違いはキャッチアップが可能である。こういう優位性は、時間とともにどんどん低下する一方である。それを防ぐものは製品の技術や機能ではない。それは商品やサービスの付加価値である。そして付加価値を生み出すためには、企画力とブランド力がなくてはいけない。

生産や技術に比し、企画力やプランド力といったアナログなソフトパワーは、量的に把握することが難しいだけでなく、そのノウハウが暗黙知的であり、理解できないヒトからは、永遠に理解されないという問題がある。日本の製造業の問題点は、ここにある。日本の製造業は、極めて技術オリエンテッドであり、定量的・論理的で形式知化できるモノしか理解せず、評価できない。生産や技術は優れていても、企画力やプランド力がカラっきし弱いのはこのためだ。

その典型的な例が、キリンとサントリーの経営統合の破綻だろう。巷間、新聞などの解説では、その原因はオーナーのプレゼンス問題と、その裏返しとしての合併比率の問題と考えられがちだ。しかし、その根源的な理由は全く異なる。製造業にしては珍しく、企画力やプランド力を高く評価する経営風土を持つサントリーと、生産や技術、サプライチェーンを最適化する技術者・MBA的な経営を得意とするキリンとの、視点の違いである。

キリン的やり方は、ある意味、日本の製造業の典型である。日本で成功している戦略コンサルティングファームは、技術力・生産力を生かす財務戦略や人事組織政策など、こういう日本的製造業へのコンサルティングに特化したところが中心だった。高度成長期までのキャッチアップの時期なら、こういう戦略でも成長が可能だった。しかし、今、日本の製造業が曲がり角を迎えているのは、それが通用しない段階に入ったからである。

実は、技術力・生産力、それに加えて販売力といった、定量的で努力により解決可能な指標、これらは、しばしばスケールメリットにより勝負がつく。日本のメーカーは、これだけあれば競争力があると思いがちだ。しかし、逆に言えば、この面で競争する限り、より巨大でスケールメリットのある競争相手が登場したら、ひとたまりもないのだ。これを防ぐためには、スケール競争とは違う土俵で戦わなくてはならない。すなわち、よりプレミアムなブランドを売らなくてはいけないのだ。

グローバルな巨大企業は、この両方を兼ね備えている。物量勝負の正面作戦も、ブランド勝負のゲリラ戦も、どちらも戦える実力がある。キリンとサントリーとの経営統合も、両者の規模を足し合わせてスケールメリットを得るのが目的ではなく、キリンの技術力・生産力、販売力と、サントリーの企画力やプランド力を組み合わせることで、グローバル企業としてのコンピタンスを得るところにあった。

トップの理解はさておき、両者の現場の感覚を聞いたところでは、サントリーの社員の多くは、この経営統合の目的が、上記のようなそれぞれが持つコアコンピタンスを組み合わせる「質的な経営統合」にあることを理解しているのに対し、キリンの社員の多くは、あくまでも世界で戦えるスケールメリットを目的とした「量的な経営統合」としか捉えていない傾向が伺えた。これは、両者の経営風土を考えれば、当然の帰着である。

実際、この違いは両者のマーケティング戦略にも反映している。ビール類でいえば、その技術力を使えば、よりおいしいビールを安く作ることはたやすい。しかし新しい価値を提示するだけのクリエイティビティーは、発揮できない。だから、その技術と生産力を持ってすれば、一番おいしい発泡酒、一番おいしい第三のビールを造ることは容易だ。かくして、キリンは、発泡酒、第三のビールで圧倒的なシェアを確保し、ビール類での首位を奪還した。しかし、本来のビールのシェアは失ったままだ。

所詮、技術が実現してくれるのは、ここまでである。付加価値の高い、プレミアムなブランドは、技術からは生まれない。サントリーのビール事業は、長らく、発泡酒、第三のビールでは強いが、ビールでは弱い。本来、プレミアムブランドであり、広告キャンペーンにおいては、高級ブランドイメージの形成を目指していたはずのモルツを、販促費の投入で店頭で一番安いビールにしてしまっていた。

しかし、コアコンピタンスとも言えるブランド構築力で、ビール類が安売り合戦になる中、プレミアムモルツを値引きとは関係なく売りまくり、ビール事業の黒字化に成功した。「ビール」か、「発泡酒・第三のビール」か。これが、技術が実現できる限界を示している。工場の差別化は、技術力や生産力により実現できる。しかし、メーカーブランドの差別化は、技術や生産の話ではない。

技術力や生産力は、必要ではあるものの、あって当たり前のコモディティーリソースなのだ。そしてこれらは、資金力さえあればどうにでもなるモノなのだ。その先でしか付加価値は得られないし、ブランドの差別化はできない。同じように、環境対策は技術の問題ではなく、経営姿勢の問題である。これがわかっていないのが、日本の製造業が共通して抱える、構造的問題である。脱工場、脱技術。これができてはじめて、日本の製造業はグローバル化できるのだ。


(10/03/05)

(c)2010 FUJII Yoshihiko


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