「4k」の普及





まもなく実験放送が始まるとあって、このところエレクトロニクス関係のコンベンションやフェアでは、「4k」が話題の中心となっている。果たして「4k」は思惑通りに普及するのだろうか。普及するとすれば、それはどういう流れになるのか。幸い日本市場においては、HDTVの普及という、1980年代以来30年に渡って遡れる前例がある。HDTVの普及自体が現在進行形である以上、ターゲットも完全にオーバーラップする。

この歴史を振り返り、ハイビジョンの事例が語ることを見て行けば、日本における「4k」普及の将来像は、ほぼ的確に予測することができる。それでは、時計の針を1980年代に戻してみよう。HDTVは、当初NHK主導の「アナログ・ハイビジョン」として登場した。このため、伝送経路では「MUSE方式」などという帯域圧縮手法が使われたが、それでも鬼のように容量を喰い、放送衛星の電波2チャンネル分を喰ってしまうという代物だった。

NHKは、ハイビジョンの普及に相当な力を入れた。また、NHKの制作現場では、ドキュメンタリーなどを中心に、ハイビジョンによる番組制作を行い、ハイビジョン対応ソフトも制作された。しかし、鳴り物入りで喧伝されたにも関わらず、この段階では実験放送の域を出ることはなかった。アナログハイビジョン対応の受信機も、あまりにも高価格であり、一般への普及には程遠い状況であった。

さらに、コンテンツ(当時でいうソフト)自体が、実証実験としての性格が強いものばかりで、とてもエンタテイメントとして楽しめるようなモノではなかった。その後も、新しいBSが打ち上げられるたびに、NHKとしてはアナログハイビジョン放送の充実を図ったが、たとえばイベントや博展用映像などでは使用されたものの、基本的にHD放送として定着するには至らなかった。HDTVが、現実のサービスとなったのは、デジタル放送が始まり、既存のアナログNTSCの帯域で、HD放送を提供できるようになってからである。

衛星放送の普及からも、学ぶことは多い。今ではすっかりテレビ放送として認知されたBSだが、ここに至るまでには苦難の道のりがあった。BS放送自体は80年代から始まっていたが、なかなか一般に普及するには至らなかった。当初の段階においては、BSを見るために、BS対応テレビを買った人は、一部のマニアだけである。金を出してもコンテンツを見たいという好事家は、BSに手を出したが、そこから広がらなかった。

これが変化したのは、BS対応テレビが、BSを見るためにではなく普及したからである。アンテナや契約より先に、受信機に標準装備としてBSチューナーがのった。普通のテレビを買ったら、BSチューナーが当たり前のようについている状況になった。ここに至って初めて、BSは普及しはじめた。BSを見るためにお金を出すのではなく、テレビを買ったらオマケでBS機能がついてきたから、それなら見てみようか。という次第である。

さらに都市部では、1990年代においてすでに、難視聴対策や共同住宅での共同視聴を含めると、CATVは7割近いシェアがあった。自分のアンテナで見ているヒトは、1/3以下だったのだ。そのベーシックチャンネルで、BSが再送信されるようになった。これには、NHK側の思惑もあったと思われるが、こういう世帯では、何も積極的なアクションをしなくても、いつの間にかBS放送が「見れる」ようになっていた。「それなら見てみるか」ということになる。

ワイド画面の標準化、HD画面の標準化も同じである。液晶TVのコモディティー化が起こってはじめて、ワイドなHDがデファクトスタンダードになる。価格的に新機能・高機能機種≦旧機能機種でなくては、普及しないのだ。これは当然、地上波のデジタル化の時にも起こった。ボリューム・ゾーンの人たちにとっては、チューナーアダプタで充分なのだ。確かに駆け込み需要はあったが、それは、ほぼ一年分程度の買換え需要の前倒しが起こったに過ぎない。事後の反動を考慮に入れれば、TVセット買い換えの動機にはならなかったことは明確だ。

普及するというのは、ボリュームゾーンのマスをつかまえることである。そして、ボリュームゾーンを捉まえるための必須条件を、これらの事例から読み取ることができる。これらの貴重な社会実験が教えてくれるのは、新機能、高機能は、より高いハードを買わせるモチベーションにならないことである。一般の消費者は、新機能や高画質には金を出さない。出すのはマニアだけである。ただし、値段が同じかそれ以下なら、付加価値にはなるのも確かだ。だから高画質はオマケと考えた方がいい。

しかし、ハイクォリティーな機材が率先して求められる領域もある。それはプロ用製作機材だ。まだNTSCでブラウン管が標準だった時代、スタジオ機材は先行してデジタルHD化が進んだ。ソフトは、ダウンコンバートできるが、逆はできない。プロは、コストとリソースが許す限り、できる限りハイクオリティーで作っとこうという習性がある。プロ用の制作機材としては、需要がある。

コンテンツが高規格で作られるようになれば、あとはそれを見れる端末がバラ罷れれば、自然に新しい規格は普及する。このためには、新規格に対応した受信機ハードが、それ以前の受信機と変わらない価格で提供されることが必須である。これがあって初めて、新しい規格がデファクトスタンダード化する。受信機がインフラとして普及したのを前提にすれば、新たな規格に対応したコンテンツサービスが成立できる。今や卵と鶏ではなく、この順序でしか普及は起こり得ない。

新規格や新ハード普及に対するキラーコンテンツという考え方は、もう成り立たない。そもそも生活者は、映像については「スマホでyoutube」というクオリティーで充分なのだ。それより内容が面白いかどうか、楽しいかどうかの方が、よほど重要である。まあ、それ以上のクオリティーがおまけでついてきても悪い気はしないが、金を出す気は毛頭ない。高画質には、新規需要や、高額でも購入する付加価値性など、微塵もないのだ。

すなわち4kのマーケティング上のメリットは、値段が同じかそれ以下なら、買い換えを即する動機になるというぐらいのものである。少なくとも、中国や韓国の家電メーカーは、ここんところをよく理解している。彼らは、新技術・新規格を付加価値にしようとは思ってない。新技術で「高く売る」のではなく、「数を売る」戦略を明確に持っている。だから売れるし、儲かるのだ。日本メーカーがダメになったのは、このマーケティング戦略のなさである。4kでもまた、同じ轍を踏むというのか?


(14/05/02)

(c)2014 FUJII Yoshihiko


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