サンフランシスコ -1972年8月-


さて、今回はまた趣向を変えて、初の海外編の登場です(とはいっても、この時期の海外ネタはそんなにないのだが)。場所は、アメリカ。時は、1972年の8月。それも、旅行中にミュンヘンオリンピックの開会式(8月26日)があったので、8月の下旬ですね。この旅行は、父親の仕事の取引先から家族でご招待されたもので、目的地はその会社のあるフィラデルフィア。行きと帰りに、それぞれサンフランシスコとロサンゼルスに立ち寄り、それぞれ父親の知り合いに案内してもらう、というプランでした。サンフランシスコは、当時ですから羽田から出発して、行きがけの上陸地。ぼくにとっても、はじめて足を踏み入れた外国、ということになります。当時は、オイルショック前。アメリカのモータリゼーションが最も華やかだった頃ですが、サンフランシスコという都市は、その地理的な特性もあり、アメリカには珍しく、公共交通機関の充実している街でした。そんな街角の、鉄道風景を取り上げてみました。さすがにカメラは35mmですが、フィルムはエクタクロームを奮発。当時は、輸入品の内外価格差の激しい頃で、ドルショック後で円が切り上げられたこともあり、コダック・フイルムは現地の方が各段に安く、最初の一本だけ日本から持って行き、あとは現地調達したコトを覚えています。それにしても、さすがPKR。退色も少なく、充分色が残っていますね。



サンフランシスコの公共交通といえば、なにはともあれケーブルカー。おなじみの、サンフランシスコきっての観光名所ですね。1982〜84に施設が全面更新され、今でも活躍していますが、当時は旧システムの末期、かなりガタがきていた感じを覚えています。まずは、マーケットストリートとパウエルストリートの交差点にある、ケーブルカーの起点から乗車です。路上のターンテーブルで方向転換しているのは、ここを起点としている二つの路線、Powell-Mason線とPowell- Hyde線のうち、Powell-Mason線の車輛です。後方のマーケットストリートには、PCCの「バス窓」がチラリと見えています。


Powell- Hyde線に乗車し、終点であるフィッシャーマンズ・ワーフ近くのアクアティック・パークヘと向います。サンフランシスコのケーブルカーは、登り坂の部分の地下に、常に廻っているケーブルがあり、これを車輛の側からつかまえて坂を登り、下り坂では慣性と重力を活かし、ブレーキ操作で走る仕組です。車輛と施設の関係は、ジェットコースターに近いものがありますね。走行中の車内から、すれ違いざまにワンショット。駐車中のクルマも、60年代のフルサイズのアメ車というのが、昔テレビで見た、アメリカ製テレビ映画に出てくる大都市のシーンのようで、オジさんにはグッときます。しかし、この窓越しの構図、都電でもありましたね。好きだったんですね、きっと。


Powell- Hyde線の終点、アクアティック・パークにたたずむ、504号。いかにも、という絵ハガキのような構図ですが、それに輪をかけているのが、発色ですね。どうして、アメリカでエクタクロームを使うと、この色が出るんでしょうか。夏の北海道でも、ここまでの色は出ません。空は青いのですが、風景全体も、相当に色温度が高くなってしまいます。観光客ばかりのせいか、半袖のヒトが多いのですが、二コマ前の出発点では、上着を着ているヒトがほとんどです。この節制のなさも、年中春の気温というサンフランシスコらしいところです。


フィッシャーマンズ・ワーフの観光を終えた後、再びマーケットストリートに戻ってきました。マーケットストリートは、今では地上から地下から、あらゆる交通機関が集中している、公共交通の要ですが、1972年では、地下はやっとBARTの最初の路線が開通したのみ。ほとんどが、路面を走っていました。PCCの路面電車、トロリーバスと、通りの主役のように闊歩しています。どちらも50年代を思わせるデザインで、これまた「古き良きアメリカ」を感じさせます。コカ・コーラが飲みたくなりますね。遠方にPCCのお尻が見えますが、なんか「東横キハ1型」の正面みたいで面白いですね。このあたりがネタだったりして。


今度は反対側を向いて、ワンショット。大手スーパー「ウールワース」前を行く、PCCとトロリーバスです。こうやってみると、どうやら地下鉄工事の真っ最中のようで、道路の路面が仮設状態になっています。日本の「電車」は、基本的にアメリカの技術をベースにしていただけあって、架線の張り方は、日本の路面電車と同じですね。頭上の架線と、開削工法の仮設道路という組み合わせは、なぜか1960年代の東京を思い起こさせます。昔から、それなりに時代ごとの「グローバル・スタンダード」はあった、ということなのでしょう。


最後は、次の日。ベイブリッジを渡る、郊外ドライブの途中に撮った、オークランドの貨物線のワンショット。サンタフェのスイッチャーが、日本流に言う「車扱貨物」の編成を牽引しています。編成をよく見ると、サンタフェのロゴの入ったボックスカーや、オープンの車運車、古典的な3ドームのタンカーなど、今では模型の世界でしか見られなくなってしまった車輛ばかりです。それにしても、けっこうな輌数がありますね。目立ちませんが、手前側の線には、積荷のない、ピギーパック用のフラットカーの編成もいます。こういうアメリカの荒地を見ると、ウッドランドシーニックス社の地面関連の製品って、ホントによくできていると思いますね。それだけに、慎重に使わないと、すぐ景色がアメリカになっちゃいますが。



(c)2006 FUJII Yoshihiko


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