Gallery of the Week-May.00●

(2000/05/26)



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村上隆キュレーション スーパーフラット展
パルコギャラリー 渋谷

いつもは、作品即売の個展的な展覧会の多いパルコギャラリーだが、今回はオリジナルの企画。オリジナルのキャラクターを使った作品で知られる村上隆がキュレーターとなり、20世紀末の日本にしかありえない、アートと商業キッチュのボーダーラインを鋭くついた作品群を紹介する。彼がフィーチャーした20人の作家には、現状でも「アート」としてきちんとした「評価」を伴っているヒトもいれば、商業美術家(笑)やマンガ家として実績のあるヒトもいるし、そういう枠の外側に居場所をおいているヒトもいる。それらの作家の、いわば社会的評価や肩書きではなく、作品そのものの持つパワーや意味性をクールにとらえ直してしまおうという意味で、スーパーフラットなのだ。
そう考えてゆくと、世紀末の日本は本来の意味で何とアートしているのだろうか。企画のミソは多分そこにあるんだと思うし、それは実におもしろおかしく伝わってくる。美術界とか画壇とか、文字通り「絵にかいた」権威の無意味さ。それは、マジメにイバればイバるほどパロディーとしてのギャグに見えてくる。まさに裸の王様。その矛先は、自分に引きこもり自分勝手にしてればアートだと我田引水の解釈に安住している、今の美大生にさえ向かう。もっとも美大に入ろうということ自体が、その権威にすがりお墨付を求めようという行為なのだが。これで、ぼくの美大コンプレックスも、かなり救われた感がある。
さて、そのキーワードは「オタク」である。かつてぼくは著書の中で、「古今東西、そのステータスが明確なテーマを選んで極めれば「偉大な学者」になり、ごくごく個人的なテーマを選んだら「オタク」になる。これだけのハナシである。精神の構造に違いはない(パソコン通信のじょ〜しき 海文堂出版1992)」と書いたが、その構図はアート表現でも同じようだ。評価が極まったスタイルで、伝統にのっとって表現すれば「大家」だし、ごくごく私的な自分らしいスタイルで表現すれば「オタク」だと。しかし、よく考えてみればこれは変だ。アートは自分の内面に忠実な表現であり、今までにない手法を取るからこそ「純粋芸術」足り得るのではないか。食は中国にあり、アートはオタクにあり。それを極めようと、もともとサブカルであるはずのオタク道の中でも、さらにサブカル的な領域に踏み込んでゆく。そのプロセス自体がけっこう面白い。期待以上に楽しめた。
こういうことができるというのも、オタクが一般社会に認知されるとともに、オタク的行動様式自体の中に商業的な部分とサブカル的な部分が明確になり、一般の人達からもある種のリファレンスとして使えるようになったということだろう。ただそのためには、コミケの歴史であるとともに丁度マイコン以来のディジタル界の歴史でもあった二十数年の歳月と、宮崎勤被告からエヴァブームまでの、十数年に渡るマスコミの偏見が必須だったということなのだろう。でもそれって、ぼくが少年Aだった頃から、オジさんと呼ばれる年ごろになるまでの年月と、ちょうどシンクロしてるんですが(笑)。



5/3w
20世紀の国産車 日本を駆けた世界を駆けた
国立科学博物館 上野

国立科学博物館が。創立者の遺族から寄贈された部品群および設計図・資料を保存していた、大正〜昭和初期の幻の国産車「オートモ」。それらの部品や保存されていたエンジン・ミッションを利用して、科学博物館とトヨタ博物館の共同作業により可動復元がなされた大正14年型のオートモ号を柱に、日本の自動車および自動車産業の歴史を振り返る企画展。実際には、長いモータリゼーションの歴史の中でも、国内外の大手メーカーが大量生産体制を敷くまでの前史ともいえる大正〜昭和初期と、戦後の自動車産業の復興期にスポットライトを当てた展示だ。
世界的な存在となっている日本の自動車産業史は、展示にまとめるには余りに大きなテーマだ。実際、ハードとしてのクルマそのものを展示する「自動車博物館」が存在し、それもいくつもジャンルごとに成り立っていることを考えれば、限られた企画展スペースで多くを語ることは難しい。その意味では歴史の影に消えてしまっていた「オートモ号」に光を当て、目玉とした構成は悪くはない。
とはいうものの、見せ場といういみでは、もう一つぐらい目玉が欲しいところ。オオタでもなんでもいいけど、戦後雨後の竹の子のように現れてきた国民車についても、消えてしまった個性的メーカーに注目したスタイルでやっても良かったのではないか。ところで科学博物館は、企画展が行われた新館で二期工事の最中。自然科学関係だけの展示で、科学技術関係はおやすみという状態。21世紀を前に、そっちがどういう構成になるのかも気になるところではある。
しかし、自動車業界も将来が決して暗いわけではないのだが、グローバルな業界再編の流れの中で今一つくすみがち。しかし歴史を振り返ってみると、そのスタートポイントから、ベンチャー的にオリジナリティーを追及してきたトヨタとホンダが生き残り、他業種からの参入や、軍需産業からの転身組が結果的に外資の傘下に入っているというのは、なかなか示唆するところが多い。三つ子の魂百までということなのだろうか。



5/2w
ホノルル美術館展 ヨーロッパ・アメリカ近代絵画の100年
東武美術館 池袋

ホノルル美術館はその名の通り、ハワイを代表する総合美術館。もともとはハワイ有数の実業家の夫人だった、アンナ・R・クック夫人のコレクションを元に、20世紀初頭に設立された美術館である。それだけにコレクションは幅広く、19世紀以降のヨーロッパの代表的作家の作品、アメリカ近代美術の代表作家の作品、環太平洋の美術作品を三つの柱としている。
今回の展覧会もこの三つの柱をそれぞれバランスさせて見せてくれる。これはこれでホノルル美術館の何たるかを見せるにはいいと思うが、企画展としてはイマイチ焦点がはっきりしない。なんというか、目玉がはっきりしないのだ。決して悪い展示ではないし、それなりに幅広く集めてみせてはいるのだが、それだけに物足りなさがのこる。悪いという意味ではないが、決してアトラクティブではないというところだろうか。
かえってハワイを描いた作品とか、環太平洋美術とかいったところに焦点を絞って濃い展示にした方が、美術マニアからするととっつきやすいと思う。あるいは、アメリカ美術については、コレクターの趣味が発揮されているのか、通好みというより、いかにもアメリカ然とした作品が多く、これはこれで興味を惹かれる。こっちへフォーカスしても、これはこれで面白い展示会になったかもしれない。
しかし、東武美術館も段々先が見えてきたというか、ゴールが射程に入ってきた分、妙な寂しさとわびしさが漂っている。壁が傷んでいたいり、案内や表示がはがれていたりと。これもこれで、一つの時代の終わりということなのだろう。



5/1w
エリック・サティ展
伊勢丹美術館 新宿

音楽家にして「展」というのも妙だが、良きにつけ、悪しきにつけ、ある種19世紀末のマルチメディア・アーティーストと呼べるような活躍をしたエリック・サティをキーワードに、複雑にからみあう同時代のアーティストの作品から、19世紀から20世紀へという、時代そのものを振り返る展覧会。良くも悪くも、曖昧でつかみ所のないところが個性というサティだが、この展覧会もそのパーソナリティーを反映してか、今一つポイントがつかみにくい。
多才なことは確かだし、どれもそこそこは行っているのだが、器用貧乏というか、そこから先へのインパクトが弱い。1970年代に生きていたら、フュージョンプレイヤーになっていたのではないかと思わせるような軟弱さだ。でもそれが彼の身上だし、個性なのだから、それが好きか嫌いかはあっても、いい悪いではないと思う。それが気に入る人には、すばらしい。それでいいではないか。また、それがその時代のパリの雰囲気にマッチしたということでもあるのだろう。
それは、ある意味でいい時代に生まれたということかもしれない。もう少し前に生まれていれば、モロに19世紀の「世紀末アートシーン」の主役とオーバーラップする時代を生きることになる。もう少し後に生まれていれば、20世紀の「現代アートシーン」が勃興する中に身をおかねばならなかっただろう。サティのもつ「ふわふわ」とした独特の存在感は、そのような荒々しい波の中では、なかなかアイデンティティーを主張することは難しいだろう。ある種、凪の瞬間にすっと顔を見せたことが、功を奏したのかもしれない。キツい言い方をすれば、多様ではあるが、今一つ煮え切らない個性では、激動するシーンの主役は張れなかったということもできるだろう。
しかしまあ、狂言回しとしてパリの世紀末から20世紀初頭のシーンの変化を見てゆくという役回りとしては適任だろうし、実際、思わぬものの同時代性を気付かせるなど、けっこう面白くシーンのレビューができる展覧会だ。これを見ていて発見したのだが、パリというかフランスが、20世紀のアートにおいてはある種の場こそ提供したものの、決してメインの舞台とはなりえなかった理由がけっこう見えてくる。サティに居場所を見つけられたり、与えたりするようでは、もはやアートの中心地たる勢いがなかったということだろうか。



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