Gallery of the Week-Feb.01●

(2001/02/23)





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イタロ・ルピ展 -NOT JUST GRAPHICS-
ギンザ・グラフィクス・ギャラリー 銀座

そう、今週は忙しいのだ。だから出てくるggg。イタリアのグラフィックス・デザイナーであり、雑誌の編集長・アートディレクターでもある、イタロ・ルピの作品をポスターを中心に展示する展覧会。元々建築畑のようで、グラフィックデザイン界に入ったのは40近くなってからと、比較的珍しいキャリアだ。
そのキャリアのせいかどうかわからないが、基本的にオーソドックスというか、古典的とでもいえるような、よく言えば時代を越えているデザインだ。これがそのまま、たとえば戦前のポスターだといわれても、50年代のポスターだといわれてもあまり違和感はないだろう。さらに、話法というか、利用するモチーフや全体のバランス感のボキャブラリが豊富というよりは、自分のスタイルをきっちり強調する感じである。
つまり、これはっきり好き嫌いがわかれてしまう作風なのだ。そして、ぼくはあんまり彼のスタイルは好きではない。ポスターとか、エディトリアルデザインとかなので、はっきりいってしまえば「クライアントが好き」ならそれで済んでしまう世界だから、別にそれでいいともいえるのだが。言い換えてみれば、それだけ作品として自立しているというか、よく言えばアート性があるということなのかもしれない。それで食って行ける人はいいよね。

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写真の報道スタイルを大きく変えた4人の先駆者たち
ドキュメンタリーの時代 -名取洋之介・木村伊兵衛・土門拳・三木淳の写真から-
東京都写真美術館 恵比寿

人によってとらえかたは若干違いがあるかもしれないが、20世紀の写真表現は、大きくわけて3つの流れがあり、それが時代的に順次メインストリームの座を移っていったということができるだろう。さいしょは19世紀の流れを汲む、古典的絵画の方法論をベースにした「芸術写真」の時代。次にくるのが、多くの現代人にとって最も写真らしい写真である「ドキュメンタリー写真」の時代。そしてこの世紀末の10〜20年に台頭してきた、現代美術の一部としての「現代美術写真」の時代である。
そういうワケで、「ドキュメンタリー写真」というのは、多くの人にとって実にとっつきやすく、理解しやすいものである。これ自体、ハンディーな小型カメラの実用化と、高感度フィルムの発明により、「見たままを撮る」ことが可能になったからこそもたらされたものである。これはまた、「芸術写真」の時代と「現代美術写真」の時代は、表現者としてのPhotographerが主役の時代であるのに対して、「ドキュメンタリー写真」の時代は、作品を見る「観客」にかわって視線を差し伸べるCameramanが主役の時代であったということもできる。
その時代の日本の名カメラマン4人の作品を、単体でなく代表的な組写真で紹介する展覧会である。確かに今の技術からみれば、あざとかったり、拙致だったりする表現もないではない。しかし、基本的にカメラマンもカメラの一部に徹している分、きわめてクールな視点であり、かえって新鮮な感じさえする。その分戦前や戦後すぐの写真など、そこに写っている名もない市民は、本人の存在が時の流れの中に消えてしまっているだろうにもかかわらず、その瞬間だけは、永遠に残りつづけるワケで、これはこれでけっこう恐ろしい気もする。当時は権利意識などなかったのだろうが、単なる肖像権以上の「人格権」を問われる問題のような気もする。
とにかく、「ドキュメンタリー写真」が出てきた時代になると、もはやグローバルレベルのインタラクションが縦横に駆け巡っている時代だ。同じようなムーブメントは、アメリカでも、ドイツでも、日本でも起こる。もっとも、そこに関わる人間の頭数は国によってちがうのだが。ドイツで生まれた「ドキュメンタリー写真」の技法(まさにライカがドキュメンタリーを生んだ)が、アメリカでフォトジャーナリズムとしてライフ誌の様な成功を生み、別の流れを受けて育った日本の写真家もそこで活躍する。その状況が、作品というカタチから追えるだけでもけっこう面白い。



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特別展 バーナード・リーチと浜田庄司
日本民芸館 駒場

民芸運動を語るとき欠かせない、東西の陶芸の巨匠、バーナード・リーチと浜田庄司。このふたりを結びつけたのが、日本民芸館の創設者、柳宗悦であった。このため、日本民芸館には陶芸作品にとどまらず、この両巨匠による多様な作品が多く収蔵されている。この展覧会は、館蔵の両巨匠の作品の中から、時代とともに両者の表現を対比させるように見せる。
しかし、対比させているからこそ見えてくるのだが、バーナード・リーチは、最後まで西欧的な感性の構造をキープしつづけたことがよくわかる。手法や形式においては、墨絵だったり、和風の陶芸だったり、貪欲に吸収しつづけていたので、リーチの作品のみを見ている間は、西洋風、東洋風と、表面的な違いのほうに目がいってしまう。しかし彼の本質は、どんなに手法は取り入れても、自分の感性はぶれずに、常に持ちつづけた点にある。そしてそれは、極めて西欧的なものだ。だからこそ、他にないユニークな作品になっている。
一方、浜田庄司の作品を見るときにはいつも思うのだが、近・現代作家としては極めて例外的なのだが、作品に時代の臭いが全くしない。かなり古典的、形式的な日本画の作家や、仏師でも、現代に生きる以上、時代の影響から皆無ではいられない。特に、戦前、戦中、戦後の時代の変化は色濃く作品に反映されるのがふつうだ。製作されたおよその時代は想像がつく。しかし、彼の作品は戦中だろうと、戦後だろうと、ほとんどブレがない。これはおそるべきことだ。そう考えてゆくと、この「外部からの孤立性」こそ、民芸の本質なのかもしれない。



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鑑真和上展 -唐招提寺金堂平成大修理記念-
東京都美術館 上野

創建以来はじめて、金堂の全面解体修理という一大事業に取り組む機会を利用して開かれる、唐招提寺の宝物を集めた展覧会。きっかけがきっかけだけに、かなりの宝物が、かなりの物量で迫る。イベントとしての迫力は相当なものである。また出展物も、物理的な意味での「大物」も多い。都美館の企画展示場での展覧会というと、出展数がおびただしくなる例が多いのだが、今回はブツが大きい分、会場も狭く見えるほどだ。
しかし、ふと考えてみると、果してこれでいいのかな、という気もする。奈良の寺院といえば、東大寺、興福寺、薬師寺、ちょっとハズレるが法隆寺など、かつての天平時代のスケール感を今に伝えるような、面積にしろ、建物にしろ、超弩級の寺院が多い。その中で唐招提寺といえば、官寺ではなく個人の寺からはじまっただけに、どちらかというとこじんまりとまとまった、バランスのいい寺院であるところに特徴が有る。そういうワケで、どうも「らしくない」のである。とはいうものの、展覧会としてはよくできていると思う。天気が悪いのにも関わらず、かなりの人出であった。
それにしても、この「鑑真和上展」というネーミングは、ちょっと問題なのではないか。どう見ても、唐招提寺の歴史にスポットを当てた「唐招提寺展」であって、鑑真和上の生涯にスポットを当てたものではない。展示されている内容も、奈良時代の創建時のモノと同じくらい、鎌倉時代の「律の復興」以降のモノも豊富だ。その反面、鑑真和上の生涯、特に唐での足跡や縁のある事跡に関しては、ほとんど展示がない。確かに、有名な「鑑真和上像」が目玉ではあるのだが、これはちょっと困る。前にもなんかあった覚えがあるが、TBSの事業は、どうにもこの辺がウマくないぞ。



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