Gallery of the Week-Jun.01●

(2001/06/29)



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桑原甲子雄写真展 ライカと東京
東京都写真美術館 恵比寿

「戦前の東京」といえば、誰もが思い浮かべるのが、この人桑原甲子雄。戦前のよき時代、芸術写真が商業写真とは別に「ハイアマチュア」の写真家たちによって創作されていた時代の生き証人でもある彼は、もしかすると現存最長老クラスの写真家ともいえる。そんな彼がライカを駆使して撮り続けた東京の1930年代から1970年代を、館蔵の作品で振り返る展示会。
今でこそ35mm版のカメラは標準的なものであり、APSやデジカメが一般化した昨今では、ニコンやキャノンのプロ用ハイエンド一眼レフカメラは、世の中一般からすれば「巨大」ですらある。それで隠し撮りのようなスナップを撮るというのは、もはや至難の技だろう。しかし、ライカが登場した時には、それは驚くほどコンパクトな存在だった筈だ。今で言えば、初代のIXYのようなものであろうか。カメラを意識させないカメラだっただろう。
だからこそ、自然なまま、自然な視線で写真が撮れる。この作画上のインパクトは大きかった。作品を見ていて、それを改めて感じた。それほどまでに、写真を撮るという行為を意識外に追いやってしまった作品だ。昔のヒトがライカにコダわった理由もわかるというものだ。文字通り、桑原甲子雄が見ているその空間そのままがフィルムに定着されている。するとそこには思わぬ発見がある。
街の景色も、風俗も、70年近く前の世界は明らかに違うのだが、そこで生活している人間そのものは、あんまり変わっていないのだ。そもそもそれが大衆の大衆たる由縁だし、昭和の時代は(特に都市部は)大衆文化の時代そのものであったことを、改めて感じさせる。ダメだね。日本人は。進歩がない。ちなみに、ライカの各形式のカメラ60台の展示も、同時に行われている。これも中古カメラ市の様であり、妙に違和感があって面白い。



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写真再発見 2
東京国立近代美術館 フィルムセンター展示室 京橋

おととし行われた「写真再発見」をうけつぎ、国立近代美術館の館蔵写真作品により構成された企画展。「ヒト」「モノ」「場所と出来事」という三つの切り口から集めた作品により、写真による表現、写真芸術とは何かを問う展覧会である。集められた写真は、写真表現の黎明期の作品と、アートしての写真の確立した、比較的最近の作品とに二分されている。
多分、それがメインテーマなのだろうが、一世紀になんなんとする時間の壁を越えて、これらの作品を比べると、レンズとフィルムの写し取ったものは、意外と差がないのにびっくりする。もちろん、機材や感光材料、技術の進歩により、そのクオリティーの差は大きいが、絵面ということで言えば、似ているものは似ている。
スナップ的な写真が、常に時代や地域を色濃く写し取っているのに対し、ポートレートや静物、自然を写した写真というのは、それほど濃くはない。いや、高々百数十年しかない写真の歴史なんて目じゃないよ、といわんばかりだ。写真を入れ替えてしまっても、組写真が成り立ってしまうようにもみえる。いいかえれば、写真が語るものというのは、銀の粒子が描いている画像以上に、キャプションだったり、タイトルだったり、作者が写真の周辺を飾りつけているエッセンスにも左右されるということだろうか。
そういう意味でも、押しつけがましくなく、見るヒトに自由に「発見させる」感じの展示が気楽でいい。入場料100円も、なんとも祭の縁日的な価格でなごませる安さ。同時開催として、やはり館蔵のコレクションから、石元泰博の1950年代の作品、<シカゴ、シカゴ>の小特集が、展内展的に開かれている。



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原弘のタイポグラフィー
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

昭和の歴史とともに活躍した、日本の現代グラフィック・デザインの魁のひとりである原弘。タイポグラフィーを原点として、ポスターやエディトリアル・デザインといったグラフィックワーク、さらには装丁、造本や、紙の創作まで活躍の場を拡げていった業績の数々は、デザインに関心のない一般の人々にも、時代を代表するヴィジュアルとして、記憶の中に深くとどめられているだろう。
特に東方社での「FRONT」のデザインワークなど、昭和の日本史を語るためのエポックとなっている。このようにタイトルこそタイポグラフィーと唄っているものの、内容はあらゆるジャンルの作品を網羅した集大成となっている。奇しくも先週のポスターコレクションの収集元であ竹尾とも縁が深く、意図せずテーマがしりとりになってしまったが、例によって時間がないので、近場を狙った偶然の結果である。
しかし、なにごとにおいても先人というのはスゴいものだ。結果的に無から有を生み出すのだから、そのエネルギーも莫大なものがあるが、その自由度も莫大なものがある。もちろん、個々の手法や各論的な意匠、時代認識といったものについては、欧米の同時代人達の成果も、大いに参考にしたことは事実だ。しかし、直輸入スタイルではなく、日本の近代、日本の20世紀のデザインスタイルに消化しているからこそ、それ以降の人達が、一つのひな形としてとらえることができるようになったことも見逃せない。
それは、決してある種の「訛り」によって日本化されたのではない。日本における印刷文化、日本におけるデザイン文化の歴史的蓄積をきちんを踏まえた上で、西欧の同時代性を、「日本」の文脈の中で表現しようと努力し、それに成功したからこそ、フォロワーたちの規範となれたのだ。その極意は、日本のデザイン文化の中である種突出している、文字のデザインへのこだわりにあるのだろう。その意味で、展覧会タイトルの持つ意味もよくわかる。



6/2w
20世紀ポスターデザイン展
伊勢丹美術館 新宿

後世の人間が20世紀のアートを語るとき、「商業美術とデザインの生まれた時代」という切り口は、重要なキーワードになるに違いない。20世紀は、大衆社会の到来、産業社会の円熟とともに、ヴィジュアルイメージに今までになかった役割が与えられた時代だった。この展覧会は、歴史的に重要な作品を中心に、著名なポスターを集めた竹尾コレクションの中から、まさに20世紀の「商業美術」の流れを語るにふさわしいポスターを集めたものだ。
確かに、20世紀のポスターを語るに充分な量と質。それだけではない。そこで伝えられるメッセージや、その向こうに拡がるイメージを通して、まさに20世紀の時代の流れが見えてくる。これがまた、大衆の支持を前提とする商業芸術ならではのインパクトだ。ここまでは、誰にでも楽しめる。しかし、われわれ広告人にとっては、それ以上のインパクトがある。それは、まさに20世紀の商業美術の歴史が、他面で広告業の歴史でもあるからだ。これを振り返ることで、ともすると見失いがちになる広告の本質を再発見することができる。
結局、理屈でできるのは、ターゲットの前に投げ出すところまで。しかし、届いただけでは広告キャンペーンは成り立たない。届いてどうなるか、という結果がキャンペーンの効果なのだ。そういう意味では、届いてから先のインパクト、特にヴィジュアル・インパクトがあってはじめて、ターゲットの心が動くし、広告として完結する。これは、考えてみれば広告の原点だ。しかし、現代のメディアのように「手段」が複雑化すると、元来手段である「届くこと」が目的化してしまう。
クライアント・サイドの人間が、そこまでアタマが働かず、「届けばいい」と思ってしまったとしても、それは仕方ないかもしれない。しかし、だからといってアドマンが「届けばいい」ことを目的化してしまったら、広告は死んでしまう。届くことはあくまでも手段。届いた相手に、どういうインパクトを与えられるかが、広告の本質。ツールがプリミティブな間なら自明であった問題も、いつの間にか本末転倒になっていたのではないか。忘れがちな広告の原点を思い出させてくれる、印象深い展覧会だった。業界人必見。



6/1w
EYE OF THE STORM The Album Graphics of Storm Thorgerson
パルコギャラリー 渋谷

70年代のロックの名盤を語るとき、その名に触れずにはいられないデザイナーチーム、ヒプノシス。そのメンバーであるストーム・トーガソンのアルバムグラフィックワークの作品展。ストーム・トーガソンの展覧会の開催は、世界初の試みという。会場には、そのアートワークを見ただけでアルバムの一曲目が浮かんできそうな、誰もが知っているロック史上に残るアルバムの数々が、現物、シルクスクリーン、写真のオリジナルプリントで展示されている。
有名なピンクフロイドをはじめとして、ゼップ、イエス、等々、時代を代表するアルバムの数々。ぼくみたいな、70年代のロックシーンをリアルタイムで経験し、なおかつブリティッシュロックのファンだった人間にとっては、そのアルバム一つ一つが自分の青春の思い出と密接に結びついているだけに、ここに書き切れないぐらいの感傷がよみがえってくる。
これは、単に音楽という枠を越えて、アルバムが時代そのものだった当時の空気を、タイムカプセルのようによみがえらせてくれるからだ。その意味で、ヒプノシスのアートワークの意味は大きい。まさに、ロックアルバムが単なる音楽のパッケージにとどまらず、時代を伝えるメディアたりえたのは、このアートワークが大きく寄与しているからだ。凝ったデザイン、進んだデザインというのではなく、時代の気分を12インチ四方に凝縮しているのだ。
これには、もともとストーム・トーガソンが映像作家系の人間だったことが大きく影響しているのだろう。もちろん、80年代に入ってMTVの時代になると、実際にプロモーションヴィデオも制作してるのだが、平面に固定されたヴィジュアルとしての完成度ではないものを狙ったからこそ、アルバムジャケットの意味を変えるほどの業績を残したといえるだろう。どちらにしろロックマニアは必見。



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