Gallery of the Week-Aug.02●

(2002/08/30)



8/5w
シルクロード・絹と黄金の道
東京国立博物館 上野

こうやって8月のラインナップを見ると、モンゴル、日本の古代、シルクロードとけっこう繋がっていたりしておもしろい。なんといっても、日本の古代は東アジア、北アジアの歴史の一部であって、決して島の中だけでなりたっていたものではないというのに改めて感激する。こういう血を引いていると、世が世なら大陸浪人とかなっちゃったのだろうかねぇ。
というワケで、日中国交30執念記念のシルクロード展である。シルクロードというだけでは、いささか守備範囲が広くなり過ぎてしまうが、基本的には出土遺品により、もっとも東西交流が盛んだった唐代を中心に、漢民族が進出しだしてからの数百年間にスポットライトを当てている。重点は、出土した文字資料、布・衣服等の繊維製品、仏教関係の遺品に置かれている。特に、紙・木製品、布などは、超乾燥地帯ならではの出土品であり、その保存状態とともに、他ではみられない、当時の生活感を伝えてくれる。
とにかく、多様な民族、多様な文化が混ざり合い、共存していたことが特徴なだけに、いろんなものが少しずつ、ごっちゃまぜになって出ている感は免れない。実際、展示スペースも、通常の企画展の半分であり、そこに普通のテーマ以上に幅広い展示を企画したワケなので、はしょりすぎの感も強い。特に、この地域の歴史や民族、宗教といった事柄に強い人は少ないと思われるだけに、もっと基礎知識的な解説もつけた上で展示したほうが良かったような気がする。ぼくなんかでも、見ていて、あれはどこだっけ、とか、あの国とこの国とどっちが古いんだっけ、とか、けっこうアタマが混乱してしまった。



8/4w
飛鳥・藤原京展
東京都美術館 上野

ぼくが中高生だった70年代の「歴史」では、現物がある、つまりある意味で「リアリティーがある」のは、あくまでも奈良時代以降であった。それ以前の「歴史」は、基本的には文献か、完全な考古資料か、どちらかの世界でしかなかった。その場合、考古資料中心なのは、縄文、弥生、古墳時代。そのあとに来る、律令国家形成期については、文献資料中心。そういう意味では、飛鳥時代は実在したにもかかわらず、記紀の記述を中心としているという意味では、神話と変わらなかった。それだけでなく、当時はまだ「皇国史観」への反動がつよかったため、この時代はほとんど「歴史」として触れられることがなかった。
しかし、その後の発掘ブームというか開発ブームに伴う発掘により、6〜7世紀の世界も、かなりリアルに現物をともなってみられるようになってきた。ぼくらの世代にとっては、そういう意味でこの時代はある種のミッシングリンクだったこともあり、特に興味をひかれる。それだけでなく、文字通り天武朝に「日本」が成立する以前の、まだ東アジア世界の一構成要素であった時代というのは、東アジアの歴史に関してマニアックなぼくとしては見逃せないところである。前置きが長くなったが、けっこう期待をもって上野に向かった。
実際展示も、最近のこの手のモノの常で、発掘物をならべて見せる、というよりは、説明したいストーリーがあり、それを最もよく見せるべく、いろいろな発掘物や複製品、模型、関連資料等を駆使している。基本的には、まだまだ多くの人にとって「歴史のミッシングリンク」であるこの時代の全体像を、わかりやすく示している展示だ。古代マニア、歴史マニアならずとも、知的好奇心を存分にくすぐられることは間違いない。



8/3w
モンゴル近代絵画展 -その源流と展開-
東京ステーションギャラリー 丸の内

お盆進行でイレギュラーになっていてけど、今週から復帰。まずは、東京ステーションギャラリーで開かれている、モンゴル近代絵画展である。そもそもぼくは、いったことこそないものの、けっこうなモンゴルマニアなので、モノゴルものというと、どうしても血が騒いでしまう。そもそもシルクロードの奥地に行ったとき、砂漠の地平線をみてピンときたのがこの病のはじまり。日本だと、「海と山とどっちが好き」と聞かれることが多いが、ぼくはどっちもしっくりこない。それが砂漠の地平線を見た途端、ぼくが好きなのはこれだ、とにわかにしっくりきてしまったのだった。きっとDNAのなせるワザなのだろう。
ということで、モンゴルの、それも近代美術の展覧会となれば、これは行かざるをえない。事前予告があったときから、楽しみにしていた。しかし、考えてみれば、なんでステーションギャラリーなのだろう。ちょっと芸風が違うような気もするが、それはまあいい。会場は、大きくわけて時代別の展開になっており、実際の作品の傾向も、大きく分ければ19世紀のチベット仏教の宗教画、戦前の社会主義興隆期、60年代〜80年代の西欧画法の流入、鉄のカーテン崩壊後の新しい展開、というようなカタチになるだろう。とはいうものの、画壇自体がそれほど大きくないため、個々のアーチストの芸風がどう変化したかのほうが、絵画史に与える影響大きいといったほうが正しいかもしれない。
実際、限られた作品の中でも、伝統的画法や、いろいろな西欧近代のアーティスト親手法からの影響をいろいろと見てとれる。とはいうものの、その中でも全体を通して、「モンゴルらしいノリ」が出ているのが実に面白い。何でもほとんど「それ風」にこなしてしまう日本のアーティストとは大違いだ。極端な気候や風土の影響もあるのだろうが、ある種の民族的求心力がないと、大平原では自分達のアイデンティティーを保ちえないのだろう、という気がしてならない。はじめて見るもの、知ることばかりで、実に新鮮で面白い。勉強になりました。



8/1w-2
【デジタル・アートの交響】ディジタル・イメージ2002
東京都写真美術館 恵比寿

「ディジタル・イメージ」に所属するCG作家の中から74名の画像と映像の作品を集め、発表する場とする展示会。いろいろなレベルの作品が、ディジタルというキーワードだけでつながって展示されている。しかし、見れば見るほど、ある種の疑問が湧いてくる。それは、「21世紀にもなって、『ディジタル』がキーワードたり得るのか」ということである。仕事柄、ディスプレイ関係のプロダクションの新技術のデモンストレーションを見る機会が良くあるが、その例として登場するコンテンツのような「作品」ばかりなのである。
基本的に表現物としてのコンテンツを見た場合、そこにディジタルが介在していないものを探す方が難しい。音でも、画像でも、映像でも、少なくとも商業ベースで語られるときは、手段としてディジタルの技術を使わないわけにはいかない。極端な話、小説や詩だって、今日ではパソコンにワープロソフトを立ち上げて書くのが普通だ。逆にいえば、純アナログベースで作りうるものの方が、極めて例外的なのである。
そんな普通の手段になったディジタル技術を、どう使えばディジタル・アートとなるのだろうか。考えてみても極めて難しい。ロボット三原則ではないが、ディジタル・アート三原則というのを考えれば、1.ディジタル技術があくまでも手段となっており、主役然として表に出ない表現であること、2.ディジタル技術を使わなくては不可能だったり、極めて手間やコストがかかる表現であること、3.そもそも芸術作品としてのメッセージやコンセプトが打ち出されている表現であること、ということになるだろうか。しかし、これに当てはまる作品はあまり見られなかったのも事実だ。



8/1w-1
「遊写三昧」 秋山庄太郎の写真美学展
東京都写真美術館 恵比寿

存命中の写真家の中でも大御所といえる秋山庄太郎氏。その生涯にわたる作品を振り返る回顧展である。まさにその名前とともに語られる「ポートレート」の数々、「花」のシリーズを中心に、作者にとって転機となった「パリの4ヶ月」、現在も進行中の「遊写三昧」のシリーズを組み合わせた4部構成になっている。
しかし、これだけの物量の肖像を見て、改めて「肖像写真」というのがすでに歴史の中のものになってしまったことを感じさせられた。別に、そこに写っているヒトが故人だったり、現在では老人になってしまったヒトの若き姿だったり、ということではなく、ポートレートとしてみるヒトを唸らせる「顔」を持ったヒトがいなくなってしまったな、という意味である。
ひとかどの人物というのは、それなりに存在感のある顔をしている。ポートレートは肖像画ではなく写真だから、そのもともと存在感のある顔が、いい表情、いい雰囲気をかもしだした瞬間を捉えて切り取る必要がある。「肖像写真」が作品にならなくなってしまったのは、存在感のある顔をしたひとかどの人物がいなくなってしまった、ということだろう。
小物が威張りクサっているところをどう写しても、見るヒトが納得する肖像にはならない。逆に、横柄な態度の向こう側にある「小さな肝っ玉」も、キチンと捉えてしまうからだ。ここが写真の恐いところ。そう思って見てみると、花のシリーズは、花の肖像写真といえないこともない。すると、やはり70年代に入るかどうかあたりが、「ひとかどの人物」が減りだす変曲点ということなのかもしれない。いまこそ、顔に説得力のある人が求められている時代だと思うのだが。



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