Gallery of the Week-Mar.03●

(2003/03/28)





3/4w
オプ・アート展 明滅/振動/幻惑する絵画
北海道立函館美術館 五稜郭

イレギュラー進行も三週目、ということになるが、ご容赦いただきたい。さながら、お盆進行ならぬ、お彼岸進行という感じではあるが、またもや地方美術館探訪シリーズとあいなった。今回は、出張ではなくて私的な用事のついでだが、函館である。函館といえば、地場産業が衰退した90年代以降、観光立地に力を入れ、博物館、美術館、記念館といったミュージアムの類は、驚くほど増えている。特に、旧市街の歴史的な建築物を利用した、市営など公的な施設の充実ぶりは、町全体をテーマパーク化しようとした例の中では、かなり成功していると思われる。
しかし、函館とミュージアムというのは、決して縁がないわけではなく、昨日今日の町おこしの中から生まれたものではない。早くも明治初頭に、開拓使によって、今の函館市立博物館の前身となる博物館が開設されており、これは日本のミュージアムの歴史の中でも嚆矢のものである。そういう意味では、函館とミュージアムというのは深い歴史がある。それを反映してかどうかは別にして、ここもまた都市の規模や存在(県庁所在地ではない)のワリには、本格的な博物館、美術館がある。
函館美術館は、そういう中では歴史こそ浅いものの、五稜郭公園に隣接した公共施設が集まった地域の一角にある。道南の美術と書のコレクションによる常設展と、特別展を行なう会場を持っている。さて今回の特別展は、現代アートの中でも特異な、60年代を感じさせる「オプ・アート」を、このジャンルの体系的なコレクションをもつ北海道立近代美術館のコレクションを元に紹介するものである。特に6人のオプ・アートアーティストにスポットを当てて展示を構成している。
ある種、60年代末期を知っている人間からすると、オプ・アートというと、グラフィックデザイン上のテクニック的な印象が強く、現代アートの流れの中でみるというイメージは湧きにくい。それは実は、アイ・キャッチャー的なビジュアルインパクトの強さゆえ、結果としてそうなってしまったものである。先駆者たちの初期の習作には、本来心象の中にのみ存在するキュビズム的なイメージを、リアルな3Dで立体化する、とでもいうようなモチベーションが感じられる。もともとはもっと違う、キャンバス上の立体表現の可能性の追及とでもいうようなところから始まったものであることがよく理解できた。

3/3w
現代中国平面設計展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

平面設計とは、グラフィックデザインのこと。英語の"design"が、技術領域かアート領域かで「設計」になったり「デザイン」になったりする日本語よりは、よほどシンプルで潔い。それだけでなく動詞で「段取りをつける」という意味もあるのだが。今回の展覧会は、日中国交30周年協賛で、中国のグラフィックデザインの今を伝える、有力デザイナーの作品によるポスター展である。
そもそも、広告の世界においてはグローバル化というのは、資本のレベルではいざ知らず、業務のレベルでは文化の垣根というものがあり、そう簡単にはいかない。この仕事に長く携わって得た経験則として、「縦書きにできる文字文化を持っている地域では、日本の広告手法はかなり通じる。遺跡を掘ると仏像が出てくる地域では、なんとか通じる。それ以外は歯が立たない」というものがある。日本の流行や若者文化、ソフトコンテンツといったものが通じるのも、大体同じような範囲であるから、きっと何かがあるのだろう。
そういうこともあって、中華文化圏では日系の広告会社がけっこう活躍しているし、人的交流も多い。中国の広告クリエーティブを見る機会はかなり多い。あちらの業界誌とかもちらちら見たりする。しかし、グラフィック・デザインの到達点という視点で、横串で見る機会はそれほどはない。という意味では大いに興味を惹かれた。
結論からいえば、「やっぱりそうか」ということになるだろう。文字組の自由度の高さとか、文字とグラフィックアイコンの一体化とか、中国文化の深さというか、まさに書画の世界を通して受け継いだモノが、今の日本のグラフィックのあり方にも大きな影響を残していることがよくわかる。造形上のメタファーとかも、すんなり理解できるものが多く、やはり欧米とは違う。それだけでなく、貪欲にいろいろな外側の文化を吸収しつつも、それを中国ならではの味つけに消化してしまう、中華料理のように、いろいろなテクニックや方法論を呑み込みつつも、独自の世界を作りだしている。まさに、中華思想そのものである。改めて、その底の見えないほどの深さを感じた。



3/2w
フジタと秋田の画家たち 〜エコール・ド・パリ後の出会い〜
平野政吉美術館/秋田県立美術館 秋田
安井賞40年の軌跡展
秋田市立千秋美術館 秋田

今週は出張とかあって時間が取れないのを逆手に取って、久々の地方遠征シリーズと相成った。ところは秋田。秋田といえば、平賀源内の「秋田蘭画」に代表されるように、佐竹藩の昔から文化振興に力を入れてきた土地柄である。そのせいもあるのか、地方の中都市にしては、かなりきちんとした美術館がある。そのあたりも含めて、秋田の風土を垣間見てみよう、とばかり、ちょっとした時間の合間をつかまえて美術館に向かった。
秋田市内の美術館は、他の文化施設と共にもと秋田城跡の千秋公園の周辺にかたまっている。秋田城は自然の丘を利用し、天守閣がない構造で知られるが、そこが千秋公園となっている。その二の丸跡には、もと秋田市美術館だった佐竹資料館があり、まさに藩主自らの書画を始め、文人を重んじた佐竹藩の史料が展示されている。その山裾にあるのが、秋田県立美術館である。この美術館は大変ユニークで、県立美術館はハコモノを持ち、そのコンテンツは財団法人の平野政吉美術館が運営している。
平野政吉は秋田の素封家で、大正から昭和初期にかけて絵画のコレクターとなり、藤田嗣治のパトロンかつ最大のコレクターとなった。そのコレクションを母体として、財団法人化したのが平野政吉美術館である。3700号という巨大な作品「秋田の行事」を始め、古今の画家の作品を含むそのコレクションは、地方美術館の域を越えている。昨今「地方の時代」といわれることが多いが、もともと「クニ」としての各地域は、いかに活力をもち、文化を持っていたかを改めて見せつけてくれる。企画展は、藤田と同時期にパリに遊学した秋田出身の画家の作品展である。コジツケっぽいところもあるが、昭和初期の地元の洋画家の特集、と考えればそれなりに見れる。
秋田市立千秋美術館は、県立美術館からは、ちょうどお堀の向かい側の様なところにあるビル、アトリオンの中にある。このビル自体、公共施設がまとまった建物だが、雪国ということを考えると、こういうビル内の立地はメリットがある。ここは常設展として岡田謙三氏の遺族からの寄贈作品を集めた岡田謙三記念館と、企画展とが組み合わさっている。岡田謙三氏は、戦前の洋画からはじまり、戦後抽象的な現代美術に開眼、最後は日本の伝統美に回帰し和風の作品に至るという、これもまたこの世代特有の「一人で近代絵画史を駆け抜けてしまった」一人である。企画展は、安井賞受賞作品のほとんどを集めた巡回展である。「暗いシュールレアリズム」が基調のトーンとも言えるが、中期ぐらいからほとんど受賞者の世代がかたまっている(団塊前後)のが妙に気になった。作家のその後の作品も展示されているが、やはりそういうトーンのものが多く、何か世代論的なモノを感じてしまう。面白いといえば、バブル期の受賞作のみ、トーンも明るく世代も若くなっているのが、なぜか気になった。



3/1w
サディク・カラムスターファ展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

今年2003年は、「日本におけるトルコ年」に当たっている。今ひとつ盛り上がりに欠ける感じが無きにしも非ずだが、年間を通して、いろいろなイベントが企画されている。この展覧会もその一環として行われるモノであり、トルコのグラフィック・デザイン界の第一人者、サディク・カラムスターファの作品を通して、トルコのデザイン界の今を伝えるものである。
トルコといえば、もともとは中央アジアから出てきた民族だし、シルクロードの向こうの端ということで、個人的には関心が高いところの一つだ。おまけに、文化という面では、イスラムの影響もあるし、環地中海文化圏という影響もあるし、日本からすると、もっとも遠いところの一つであり、その広告やグラフィックデザインとなると、これは大いに興味をそそられる。
で、見終ってもこの印象は変らない。いやあ、世界にはいろいろなカルチャーがある、という感をさらに深めた、ということである。とにかく、いろいろな要素は感じるのだが、全体としての意匠はどことも違う。広告ビジネスにおいては「グローバル展開」というのが極めて難しいことは、今までのキャリアで感じてはいたのだが、その根深さをつくづく感じされられた。



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