Gallery of the Week-Jul.03●

(2003/07/25)



7/4w
ウルトラモダン 1920〜30年代のヴィジュアル古書に見るモダニズム
ロゴスギャラリー 渋谷
大正デモクラシーから昭和エロ・グロ・ナンセンスの文化爛熟期はまた、アールデコからバウハウスと、20世紀的なグローバル・カルチャーが、折からの「大衆社会化」の中、日本でも広く社会に影響を与えた時期でもある。これは、その当時の雑誌やポスター、各種グラフィック制作物を集め、展示即売するイベントである。主として日本の作品が集められ、日本に影響を与えた海外の作品も混じっている。
ある種、グラフィックデザインにおける時代の最先端としての「大御所の作品」は、今でも企画展、回顧展等多く行われ、目にするチャンスも多い。実際、決してキライではないし、現代日本のグラフィックデザインに至る歴史的な流れ、というのは、ある種のライフワーク的なところもあるので、このコーナーでも関連するものは何度も取り上げている。しかし、それだけではすべては語れない。何で、今でも日本人は「バウハウス」が好きなのか。建築紹介の雑誌や番組となると、どうして「バウなヤツ」が次々出てくるのか。
多分、それはモダニズムの源流の一つに「ジャポニズム」がある、という事実だけでは語りきれない。日本の大衆のある種の「社会的ミーム」として、幾重にもモダニズムが刷り込まれているコトを確かめてはじめて、それは説明することができるのだろう。そういう意味では、ごくごく一般の「庶民」をターゲットとしているはずの、何気ない絵葉書や宣伝マッチ、パンフレットの「意匠」に、ムキ出しのモダニズムの引用がバリバリなされていたことをまざまざと見せてくれる今回の展示は、ナカナカ面白い。
もちろん、ニワトリとタマゴであろう。好きだからこそ、惹かれるからこそ、引用される。そして、頻繁に目にすることにより、ますますひき込まれ、刷り込まれる。昭和の歴史を通して、その繰り返しが成されてきたことがよくわかる。ハイ・ブロウな美術館の展示ではちょっと見えてこないけれど、大衆的美意識の形成を語る上ではとても大切なものが見つかったような気がする。



7/3w
2003 ADC展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー
クリエイションギャラリーG8 銀座
今年もこの季節、ADC展である。大体、こういうクリエーティブ賞というと、入賞作品は「姑息だが的確」なものと、「突き抜けているが饒舌」なものというのが相場である。なおかつ、「姑息だが的確」なものは主として若手が、「突き抜けているが饒舌」なものは主としてベテランが作るというのが相場となっている。だが、どうやらこの二つの軸は別のモノに分化しつつあるようだ。
「姑息にして饒舌」なものや、「突き抜けていて的確」なものが目立ったのだ。作者を見ると、的確なものは比較的若手に、饒舌なものは比較的ベテランに多い。その一方で、姑息か突き抜けているか、という点は、個々人のパーソナリティーという気がしてきた。かつて、「姑息にして的確」なモノを作っていた若手は、姑息なままベテランの域にきてしまったということだろうか。とはいうものの、「突き抜けていて的確」な作品の増加には、新しい時代の勢いが期待される。
しかし、マークのデザインだけに凝リ過ぎてVIだけに終わってしまい、組織風土や企業理念の問題がなおざりにされたままのCIではないが、企業としてやるべき課題、解決すべき課題が山積しているのに、広告作品のクリエーティブ性にだけ凝り、やたらと金をつぎ込んでいる企業がまだいるという点は、少し気になった。時代を拓くようなデザインは、それ自体が文化の創造である。だからこそ、それは社会をリードし、自分自身が人類文化に貢献している企業がやってはじめて、企業価値を高める効果がある。
企業そのもの、商品そのものが旧態依然としていたままでは、作品に金を掛けても何の効果もなく、そればかりか逆効果でさえある。それが嵩むと、いかに「最後の支出の決定はクライアントサイドの責任」とは言っても、「エージェンシーは何をやってるんだ」とあらぬ怒りを受けかねない。まさに、そういうクライアントにこそ、「姑息だが的確」な表現からはじめなくてはいけないと思うのだが。



7/2w
特別展 江戸大博覧会 モノづくり日本
国立科学博物館 上野

江戸時代の日本は、鎖国といわれながらも、着実に世界の情報を集め、それなりのキャッチアップと発展を遂げていた。だからこそ、政治的にも経済的にも、その後まがりなりにも時代に伍して発展を遂げることができた。かつては、明治政府の「追いつき、追い越せ」プロパガンダから実体以上に軽視され、専門的な各分野の研究者しか理解していなかった江戸時代の日本の実力も、江戸時代の再認識とともに、今やそのレベルの高さはある種の常識となってきた。
この展覧会は、そんな江戸時代の「技術」に着目し、からくり、和算・天文、医学、鉱業、幕末雄藩の技術振興策の五つの視点から取り上げている。特に、多くの初出展史料を含む、個人蔵の製品の現物や工具等の実物を見せることにより、当時の技術や精度がどれほどのものか、実際に見ることができる展示となっている。また、全体のトーンも、江戸情緒をふまえた「見世物」性を高める工夫がある。
もちろん、それぞれの出品物の情報については、歴史書や教科書など、主として活字情報を通じて知識としては持っているものが多い。しかし、それが実際どんな大きさで、どんな構造でとなると、意外と見る機会に恵まれなかったものがほとんどである。そういう意味では、大いに好奇心をくすぐられる。
おまけに、全体の資料の点数もおびただしいものがある。一つ一つの展示品の大きさが、どちらかというと小振りなものが多い分、じっくり見ていくと思わぬ発見がある。誰でも一つや二つ、長年の疑問に対する答に出会えるかもしれない。ぼくも、江戸後期の機械や測量を考えると、その「製図」はどうやっていたのか、長年謎だったのだが、答えがあった。何のことはない、ちゃんとカラス口、コンパス、ディバイダ、定規があったのである。そうかな、とは思っても、やはり現物というのは説得力がある。一つ勉強になった(笑)。



7/1w
鎌倉 禅の源流 建長寺創建750年記念特別展
東京国立博物館 上野

最近ではすっかり定着した感のある、東博平成館での「出開帳」シリーズ。独立行政法人化で、観客の動員力や評判に敏感になったせいかもしれないが、なかなか「十八番」の出し物となってしまった。もともと出開帳といえば、江戸時代から多くの人々を集める大型イベントとして人気があり、京都や奈良の名刹の秘仏が、江戸の寺で公開されることも多かったという。そういう意味では、上野公園はその昔の寛永寺であり、出開帳の伝統という意味では、まんざらハズレていないかもしれない。
さて今回は、鎌倉の禅宗にスポットを当てた、建長寺創建750年記念の出し物である。最近の出開帳企画が往々にしてそうであるように、これもまた「宝物てんこ盛り」の大サービス企画となっている。これでもか、これでもか、というぐあいに、秘宝、名品が目白押しである。おまけに高僧の肖像彫刻が多いだけに、何とも迫力満点である。なんか、禅宗の教義を考えるとちょっと違うような気もするが、ある種密教的な意味で、ハイテンションな宗教空間となっていることは確かだ。
しかし話は脱線するのだが、臨西宗の開祖、栄西といえば、二度にわたる宋への留学を通じて、禅宗の教えのみならず、茶の習慣を伝えた「茶祖」としても知られている。実際、今回の展覧会にも、「喫茶養生記」の最古の写本が出展されている。同時に、鎌倉時代の作になる栄西の坐像も出展されているのだが、これを見てびっくり。頭が「茶筒」なのである。円筒形で、なおかつ鏡板が凸面になっている。当時、茶筒があったかどうかは知る由もないが、これを一篇みれば、栄西が茶の開祖であることは忘れようにも忘れられない。「源頼朝いい国作ろう」よりよほどインパクトのある暗記法ではないか(笑)。
これも「独立行政法人化」の影響かもしれないが、本館の展示の形式が変った。ひとまず二階部分が模様替えされ、火炎式土器にはじまり、麗子像に終わる、縄文から近代までの、日本美術の歴史にそった展示となった。すでに平成館で、考古史料の部分が、歴史的流れに沿った展示になっていたが、それを美術・工芸にあてはめたと考えればいいだろう。これはなかなかいい効果を生んでおり、諸外国のナショナルミュージアムと比べても、充分に日本の文化を学べる展示になったといえる。そのせいか、欧米系の外国人の見学者がやけに目立っていた。もっとも、企画展の「The Art of Zen」のインパクトもあるのだろうが。



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