Gallery of the Week-Apr.04●

(2004/05/28)



5/4w
佐藤卓展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

彼とは、基本的に同じ世代(彼は院卒なので入社年次こそ違うが)。同じ会社に勤務。(独立後ではあるが)一緒に仕事をしたこともある。となると、こういうところで客観的にコメントすることなど不可能だ。しかし、だからといって触れないこともできない、という何とも悩ましい個展。まあ彼ならば、行ってみれば、きっとそれなりの仕掛けはあるだろう、という気分で、敢えて何も考えずに行ってみる。
いや、流石。「世界観」を描く男だけあって、あの、gggの限られたスペースが、スゴい密度でオーラを発信し出している。彼がクリエイトしているモノって、決してプロダクトやグラフィックにはとどまらない。それらのデザインを手段として使い切っていることは確かだが、描いているのは、ヒトの心や社会のダイナミズムそのものだ。それだけに、作品がこれだけ詰め込まれると、臨界を越えて、連鎖反応を起こすという次第。
彼の作品は、決して理詰めで創っているわけではないのだが、理屈で攻めていっても破綻がない。それは、そもそもの発想が、相当高次元の調和から出てきており、そこでバランスが取れている以上、日常的なレベルでどう切ろうとバランスが取れていないワケがない。そういう意味では、彼はデザイナーでもプロデューサーでもクリエーターでもアーティストでもなく、佐藤卓という、唯一無二の存在なのだ。それで宗教家にいかないところが、彼の極めてクレバーなところでもある。
さて、地下に並べられた60のセルと、10の壁面。あわせて70の展示。その片隅に、ひっそりとありましたよ。ぼくの絡んだ仕事の作品も。わ、なんか恥ずかしな。これはクライアントの都合で、その後ディスコンになってしまったんだよね。でもなんか全体を見ていると、水子になった作品のほうが、扱い方や解説に、彼のいとおしみが感じられてしまうのですが。



5/3w
タイムトンネル:細谷巖アートディレクション1954→
クリエイションギャラリーG8・ガーディアン・ガーデン 銀座

デザイン界等のビッグネームの業績を生涯にわたって振り返る、タイムトンネルシリーズ。今回は、その19回目として、細谷巖氏が登場した。1954年にライトパブリシティーに入社以来、50年にならんとするその活躍の跡を、二会場をフルに使って、代表作品とともに、学生時代を含む、手書きのアイディアスケッチの展示により振り返る。
細谷氏といえば、まさにデザインの保守本流、写真とタイポグラフィーという、ギミックなしのストロングスタイルで勝負する。それだけに、作品を見てゆくと、どれもある意味で時代を超越した存在感を持っている。広告やエディトリアルである以上、写真やコピーの中身、あるいは使われているフォントこそ、それぞれの時代を反映したものとなっているが、構成そのものは、どれも王道そのもの。
コンセプトそのものを活かし、今の時代の写真やコピーでリメイクすれば、全く古さを感じさせずに成り立ってしまうだろう。日本のグラフィックデザイン界では、ともすると「飛び道具」にすぐ手が行ってしまうタイプが多いだけに、この存在感は偉大だ。やはり、最初にやったヒトならでは、ということなのだろうか。
さて、細谷氏が日宣美の特選を受賞し、鮮烈に登場したのが、1955年。それからの時代というのは、ある意味、日本の広告デザインが戦前からの「意匠・図案」の世界から脱し、欧米的な意味での「デザイン」の世界を確立してゆくプロセスでもあった。そして、個人的には生まれてこの方のぼくの半生とも重なる。で、全体を見終って改めて気付いてしまった。業界の外側から見ていた時代より、業界の内側から見ている時代の方が長いじゃん。ガーン。歳というのは、黙っていても取るモノですなあ(笑)。



5/2w
弘法大師入唐120年記念 空海と高野山
東京国立博物館 上野

今や「平成の出開帳」のメッカとなった、東博の平成館。今度は、高野山の登場である。高野山といえば、関東では歴史の教科書というイメージも強いが、関西では、まだまだ信仰やご利益が「生きている」聖地である。数々の宝物と共に、その「活気」まで上野の山に持ち込んできた、というわけではないだろうが、とにかくその集客力は驚くべきものがある。会期末も近い平日というのに、スゴい人出だ。これが連休中とかなら、どんなに混んでいたのだろうか。
東博の出開帳は、これでもかこれでもか、とばかりに、宝物のてんこ盛りなのが特徴だが、今回も空海ゆかりといわれる、「いわゆる三大宝物」をはじめ、国宝、重文があふれんばかりの大サービス。なんと、展示品の約8割が国宝か重文というのだから奥が深い。これも、弘法大師信仰のなせるワザであろう。
また、今回の展覧会の特徴は、元来の空海伝来の密教関連宝物のみならず、その後の長い高野山の歴史を通して集められた文化財を広く網羅しているところにある。元来の密教の信仰が、鎌倉以降の仏教の大衆化の流れの中で、どう変化するとともに、大衆レベルでの「弘法大師信仰」が形成されていったのかも一望にできる。会場の混雑共々、いい意味でも悪い意味でも、日本人のメンタリティーを改めて考えさせられる。
そういえば、空海像の前で、爺さんの乗る車椅子に足を轢かれたと、偉い剣幕で喧嘩をはじめた婆さんがいた。いい歳して、こんなところでぎゃあぎゃあ喧嘩を押っ始めなくても、と思うのだが、これもまた、日本の大衆のメンタリティーの縮図ということなのだろうか。



5/1w
椿会展 2004
資生堂ギャラリー 銀座

2001年の資生堂ギャラリーのリニューアルを記念して復活した、栄光のゴールデンネームを冠した企画展。児玉靖枝、世良京子、辰野登恵子、堂本右美、三輪美津子、山本直彰、青木野枝、イワタルリ、鷲見和紀郎の9人のアーティストが、2001〜2005の5年間にわたる合同企画展シリーズも、も今年で4回目となった。今週はなんといっても忙しいので、この切り札を使ってしまう。
最初の時から、毎年見てきているが、第4回の今回は、全体の流れを起承転結にたとえれば、転から結を見渡すあたり、ということになるのだろう。実際個々の作品についていえば、それぞれの得意技をいかした世界で、これはこれで<バラバラなのだが、今まで以上に、全体としてのまとまりというか、全体としてのメッセージというか、そういう一体感とでもいうようなものが滲み出している。
ある種の化学変化というか、醗酵というか、インタラクティブなマジックが起こってきたということだろう。さて、今回目についたというか、妙にハマってしまったのが、青木野枝氏のオブジェ作品。階段の踊り場的なスペースに設営されているのだが、これがなんとも空間とピッタリとマッチしているのだ。
このスペースも、いつからか、資生堂ギャラリーの展示の中でも最もポイントになるスペースとなってきた。あたかも、歌舞伎舞台の花道のようなもので、展覧会を重ねるたびに、演出上も重要な空間になっている。ここを意識してうまく使った作品という意味では、今までの中でもピカイチではないだろうか。こういうところも、熟成ということなのだろう。



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