Gallery of the Week-Sep.04●

(2004/09/24)



9/4w
工藤青石×GRAPH×生意気
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

資生堂のアートディレクターである工藤青石氏、北川一成氏率いるデザインオフィスであるGRAPH、ニュージーランド出身のデザイナーデイヴィッド・デュバル・スミス氏とイギリス出身の建築家マイケル・フランク氏が東京ではじめたプロジェクトである生意気。この3組の共同展として企画された展覧会。それぞれの得意領域を活かし、工藤氏のプロダクト・パッケージデザイン、GRAPHのVI・CIデザイン、生意気のコンセプチュアルな作品と、まさしく「異種格闘技」戦である。
各々の間には、特に共通するものがあるわけではなく、それよりも各々の差違の方が余程大きい。もしかすると、デザインという極めて大ぐくりなフレームではくくれても、その次のクラスターという意味のまとまりでは、全く違うことをやっているといったほうがいいかもしれない。そういう意味では、古典的な意味でのシナジーがこの展覧会としてあるワケではないのだが、それもふくめて、これが今という時代の写像であるということは間違いないだろう。



9/3w
COLORS ファッションと色彩展|VIKTOR&ROLF&KCI
小沢剛:同時に答えるYesとNo!
森美術館 六本木

まったく異質の展覧会だが、同じハコでやっており、会場も一続きになっているので、まとめてとりあげる。「COLORS ファッションと色彩展」は、京都服飾文化財団の持つ各時代の幅広い衣服のコレクションの中から、「色」をテーマに、若手ファッションデザイナーチームのVIKTOR&ROLFが選び出して展示する企画展。ファッションの歴史的コレクションを生かした、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート ミュージアムを思い出させるような展示となっている。
こういうスタイルで、時代を越えてファッションを横並びで切ると、時代によりファッションの意味や役割は大きく変っても、そこで使われるボキャブラリーは、意外と変っていないことに気付く。人間の意識に比べると、肉体そのものは基本的に保守的ということだろうか。まあ、ある意味では六本木ヒルズらしい出し物ではあるとは思う。
後半は、人気の若手アーティスト、小沢剛の個展。これはとにかく面白い。世の中、一度だけやると、「何やってんの、バカ」といわれることも、3回続けてやればギャグになって笑いを取れるようになり、10回続けてやれば芸として拍手が取れるようになる。ある意味でこれは演芸の基本だ。筒井康隆氏などは、この芸風を文壇に持ち込んだワケだし、70年代末からの小劇場ブームの中で、この芸風を演劇界に持ち込んだ劇団も多い。
音楽では、もっと前からその要素は強く、ジャズなどでは「斜に構えたギャグ」が入ってないと、「スクエアでつまらない」といわれた時期もある。つまり、あらゆる表現形式の中で、この「笑いから表現への昇華」が可能なことは、歴史が示している。しかし、こと美術については、ファインアートとパロディーとの間には、かつてのプロ野球とアマ野球のような、長く越えられない一線が設けられていた。小沢氏はこれをアッサリ越えてしまう。「面白さ」が即、表現のオリジナリティーになっている。こりゃいいぞ。



9/2w
RIMPA展
東京国立近代美術館 竹橋

近代美術という視点から、江戸時代の代表的な画風の一つである「琳派」を再評価する企画展。そもそも明治の到来と共に、一度は忘れられてしまった尾形光琳を評価し、その美術史におけるネームバリューを確立したのは、明治初期に日本美術に着目し、それを大量にコレクションに加えていった、欧米の美術愛好家達であった。
実際、明治初期に流出した美術品の中核を占めており、欧米の美術シーンに与えた影響も大きいものがある。ジャポニズムというと、浮世絵や蒔絵、有田焼など、江戸時代にオランダ経由でヨーロッパに届いた日本美術からの影響が有名だが、それとは違う、もう一つのジャポニズムのルーツという視点が、今回の展覧会を通底している。江戸時代は、当時のヨーロッパにはなかった市民文化、商業文化が花開いていた時代だし、20世紀を迎えて、ヨーロッパでも美術が一部のハイブロウな人達のものから、富裕化した市民層のものに拡がって行く最中であり、単なる技法や題材だけでなく、美術のあり方という面でも、日本が大きな影響を与えたといういみでは、「琳派」の影響は大きいものがあるといえるだろう。
確かに近代以降の日本でも、琳派のブームは、社会の大衆化や国富の増大が進み、美術をうけとめる新しい層が出てくるたびに、明治、大正、昭和、戦後、と再発見され、人気を呼んできた。まさに、商業芸術と純粋芸術が未分化な頃に、その両方の要素を高度にバランスさせていたものだけに、両要素のどちらかがより強く出るかにより、あるときはブームになる一方、あるときは時代にあわないとみなされることになったのだろう。
しかし、面白いのはその客層だ。通常、日本画系の展覧会というと、リタイア後のシニア層と、アートマニアの中年男性いうのが定番なのだが、学生と40代女性が目立って多く、異彩を放っている。中には、40代女性と10代学生の母娘なんていう組合せもいる。独立行政法人化して、それだけプロモーションが効いているというコトとは思うのだが、元から「琳派」が持っていたポピュラリティーとでもいうようなモノが、何がしかの誘引力となっていることも否定できない。



9/1w
小金沢健人 -Dancing in your head-
資生堂ギャラリー 銀座

ヴィデオアーティスト、小金沢健人の近作3作を集めた個展。どうもヴィデオ・アートというのは、表現以前のものも多く、基本的には苦手なのだが、入り口の階段に上映される「GY」という作品は、まさに、階段と一体化して絶妙なインスタレーションとなっており、ここから期待をそそる。そして、2作品が、2つのキュービックな空間をうまく使ってオンエアされているが、これがなかなかいい。
解説によると、作者自身も意識しているようだが、これはヴィデオ作品でも、インスタレーションでも何でもなく、まさしく芸術のジャンルとしては、「音楽」の作品である。ミュージック・コンクレートとか、ミニマル・ミュージックのサウンドコラージュの「録音テープ」のかわりに、「ヴィデオ映像ごとサンプリングしたパーカッションサウンド」を使っているとみるべきだろう。最近、音楽の中から、音楽の枠を広げるような表現が余り見られなかっただけに、これは新鮮だ。
この発想を押し進めて、MIDIのキー信号に合わせて、あらかじめ決められた音と映像のショートシーケンスがプレイされるような機材を作れば、この作品をリアルタイムで「演奏」することが可能になる。この数年の、パソコン上でのデジタル映像処理の進歩により、その程度のシステムは容易に作れる。これは、もしかすると革命的な可能性を秘めているのではないか。
80年代から、音楽と映像のコラボレーションというのは大きなテーマであった。しかしそれは、あくまでも独立した作品としての「映像」が、どう音をサポートするか、というモノでしかなかった。だが、こういうシステムを作れば、映像を、音楽的センスで「演奏」することが可能になるハズだ。表現のリアルタイム性については、音楽というジャンルを越えるものはないと自負している(120bpmで64分音符は、わずか30msだが、この極小単位の時間の中に表情をつけることが可能な表現は、音楽しかない)。これはとんでもないブレイクスルーを生み出すかもしれない。



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