Gallery of the Week-Aug.05●

(2005/08/26)



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第25回 グラフィックアート 「ひとつぼ展」
ガーディアン・ガーデン 銀座

またもや、グラフィックの「ひとつぼ展」の時期になった。この企画は、いつも入賞してくる作品の傾向が異なり、その時々の「旬」が見れるようなところがあって、なかなか楽しみにしている。もちろん今年も、今までとも違う切り口で攻める作品が並んでいる。おまけに、ほとんどの作者が20代。こっちが社会人になってから生まれたヤツも多い。
とはいうものの、今回は今ひとつ粒が小さい感じがする。いつも、ひとつかふたつ、「こりゃやられた」という作品があるのだが、今回はワリと予想させる範囲内におさまっている。もちろん、個々の手法や「オチ」については、なかなかと思わせるモノもあるのだが、それが全体の存在感に昇華していないところが気になる。
あと、引っ張ってきたネタ元がわかりやすいモノや、影響元がコミックスのモノが多かったりする点も気になるところ。まあ、いい悪いではなく、それが今の20代の等身大の表現なんだろうとは思うのだが、ちょいと寂しい気もする。次回に期待。



8/3w
五百城文哉展
東京ステーションギャラリー 丸の内

お盆の時期は、展覧会は不作である。やっている企画は、夏休み全期間やっている展覧会であり、だんだん見たいモノが尽きてくる。その一方で、企画替えのための休館時期になっているところも多い。こういう時期こそ、全く芸風の違うモノを見るのにいいチャンスである。ということで、東京ステーションギャラリーで開かれている「五百城文哉展」に行くことにした。
明治時代の半ばに活躍した洋画家ということだが、当方は全く予備知識がない。これもまた新鮮で好奇心をくすぐるものがある。解説によると、明治初期に農商務省で標本画を作成する仕事につき、その後洋画を学び、のち日光に住み着き、日光をベースにした作品を作成したということである。そういう意味では、近現代の美術史からすると、前史的なところにあることになる。
展覧会は、大きく三部構成になっており、第一部が、主として外国人観光客の求めに応じて作成した、日光の名所や風景の水彩画。第二部が、油彩を中心とする絵画作品。第三部が、彼のライフワークともいえる、植物の標本画と、そのモチーフを活かした彼独特の世界である植物画、となっている。
植物画は、狩野探幽の写生画から川原慶賀のシーボルト植物図に至る、「江戸時代のリアリズム」に片足を、西洋の挿絵図にもう一つの足をのせたような、細かい描写とシズル感を合せ持つ独自の画風である。まさにあらゆるモノからの影響をポジティブに取り入れているのは、近代的な美術教育以前に育ったヒトならではといえるだろう。
その緻密な構成力、描写力は、水彩・油彩の風景画にも通じる。東照宮など、日光の建造物を描いた作品は、絵画の世界より、映画のSFXに使われるマット画や、メカものの劇場版アニメの背景画を思わせる迫力と作り込みがある。そういう意味では、まさに美術史の特異点。唯一無二のオリジナリティーである。今の時代に生きていたら、写真家か、アニメの監督になっていたに違いないだろう。



8/2w
東京都写真美術館コレクション展
写真はものの見方をどのように変えてきたか 3 再生 12人の写真家たちと戦争
東京都写真美術館 恵比寿

東京都写真美術館開館10周年記念の、コレクション展「写真はものの見方をどのように変えてきたか」。その第三期は「再生」と銘打ち、1930年代から1950年代の写真の流れを見る企画展となっている。世界全体の写真史にスポットを当てていた今までの第一期、第二期とはことなり、小石清・河野徹・木村伊兵衛・林忠彦・植田正治・濱谷浩・桑原甲子雄・熊谷元一・中村立行・大束元・福島菊次郎・東松照明の各氏という、12人の日本の写真家の作品だけにより構成されている。
基本的には、この時期のエポックである第二次世界大戦に着目し、戦争が陰に陽に写真家達に与えた影響を、戦争との関り方の中から見てゆく構成になっている。これには大きく分けて、3つのタイプがある。まず木村伊兵衛氏のような、既に写真家として自己を確立したあとで、戦争と対峙するコトになったヒト。次に桑原甲子雄氏のように、戦時中には水面下でしか活動できなかったヒト。最後に、東松照明氏の様に、軍国少年として育って、戦後写真家としての活動を始めたヒトである。
作品そのものは、必ずしも戦争そのものをテーマとしたものではなく、このタイプ別に、順を追ってそれぞれの代表的作品を展示している。しかし、ことアートとなると、戦争を目の敵にしなくてはならないのはなぜだろう。アンチ戦争が、「進歩的」であり、「インテリジェント」なイメージでとらえられていた、「戦後の良識」に、いまだに囚われているのだろうか。プロパガンダ写真集の「Front」に代表されるように、こと商業芸術の世界においては、それまで印刷業の前工程的にとらえられていたグラフィックデザインが、独立した価値を認められる存在になる上で、戦争の果した影響は大きい。
ならば、戦後グラフィックデザインと車の両輪のように発展し、時代を支えてきた写真が、戦争のポジティブな影響を受けていないワケがない。ドイツにおいては、バウハウスに代表されるようにモダニストが、こぞってナチスの建築やインダストリアルデザインに協力したし、日本でも、モダニズム建築が開花するのは、戦時色が強まってからの、軍や官の建築物においてである。このような分野においても、「自虐史観」を貫徹する必要は、どこにもないのではないかと思う。



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