Gallery of the Week-Jan.07●

(2007/02/16)



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ジャポニズムのテーブルウェア
松下電工汐留ミュージアム 新橋

19世紀末から20世紀初頭にかけて、欧米、特にアメリカでは、食器や室内装飾といった、量産工芸品の分野で、日本的な意匠を取り入れた製品が大ヒットし、富裕層の間で広く用いられた。高級品ではあるものの、量産日用品であるがゆえに、純粋な美術作品のように、美術史の中でキチンと位置付けられることがなかったこれらの作品に、あらためてスポットライトを当てたのは、アメリカのコレクター、デイヴィー夫妻である。
これは、夫妻の数十年にわたるコレクションを元に、工芸品におけるジャポニズムという、「デザインのミッシングリンク」をつなぎ合わせる企画展である。ティファニーやミントンという、今をときめく工芸界のブランドメーカーも、この手のモノを数多く生産していた。もともと、ヨーロッパにおけるジャポニズムの発端は、王侯貴族による、日本製陶磁器のコレクションブームと、東インド会社に代表されるような、そこを狙った陶磁器の大量輸入にある。
また、それらはマイセンに代表されるように、現地でもコピーされ、大量に生産された。そして、今につながるフランス料理などのディナーの形式が、ヨーロッパで確立したのも、これらの時代である。したがって、近代ヨーロッパの食器が、日本から輸入された陶磁器のカタチをベースをしているのも、故ないワケではない。となれば、19世紀になり、富裕市民層に高級ディナーの形式が広がる時にも、この「様式」が維持されたことは、容易に理解できる。
もともと当時の日本文化は、貴族文化ではなく、上層市民により支えられたものである。これが、18、19世紀の世界の文化の中では、極めて異色なモノを生み出す原動力になった。まさに、この遺伝子の記憶があるからこそ、ジャポニズムがブルジョワ層から支持された。まさに、これらの作品は、それを如実に物語っている。ジャポニズム→アールヌーボー→アールデコ→モダニズムというのは、実は親子関係である。昔からそれを主張していたのだが、まさに、この「量産工芸品のジャポニズム」を間に置くことで、この連関が見事につながる。



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マーオリ 楽園の神々
東京国立博物館 上野

実はこれ、先週の分である「悠久の美 中国国家博物館名品展」と一緒に見に行っているのだが、連休や出張が入ってスケジュールがタイトな分、お茶を濁す感じになるが、お許し願いたい。知らないヒトが聞いても「?」なタイトルだが、ニュージーランド国立博物館「テ・パパ・トンガレワ」とのコラボレーションによる、ニュージーランド先住民「マーオリ人」の文化に関する総合展である。
日本人からすると、南半球は経度は近くても遠い国。大洋州とかいって、オーストラリアとニュージーランドを一緒くたにして捉えがちだ。たしかに、大英帝国の植民地政策上はそうなのだが、先住民でとらえると、この両者は中国とインド以上に離れている。ニュージーランドのマーオリ人は、1000年ぐらい前に渡ってきたハワイやポリネシア系の人々なのだ。
太平洋の南の端であって、オーストラリアの東隣ではない。そういわれて地図を見れば、なるほど、と理解できるのだが、恥ずかしながら今まで知らなかった。となると、最初から高度な文明や技術を持ちこみ、それを風土に合わせてアレンジするカタチで文化を築いたワケだ。確かに、ハワイやポリネシアの文化とも共通する要素が随所に見られる、温帯文化という面持ちである。
ポイントは、漁労と農耕が組合わさった生産基盤と、温帯ならではの豊富な木材資源の活用である。特に、船にしろ住居にしろ、大型の木造構造物に特徴があるのだが、この現物をドカンと持ちこんでいる点が大迫力である。国立博物館史上でも、屋内展示物としては、間違いなくトップランキングに入るデカさと、そこに施された精緻な加工。まだまだ、地球には知らない世界がある、と改めて好奇心をくすぐられる。



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悠久の美 中国国家博物館名品展
東京国立博物館 上野

2003年に、天安門前広場でおなじみの、中国歴史博物館と中国国家博物館が統合され、中国国家博物館。ここは、中国を代表する博物館として、各地から出土した代表的な考古資料をコレクションしている。現在、改装中ということで、そのコレクションの中から、優れた美術品を選んで「出開帳」する展覧会である。
展示は、新石器時代から五代まで、5000年に渡るそれぞれの時代を代表する出土品、61点で、中国文化の足跡を振り返るもの。数そのもので圧倒するタイプではないが、展示品は選ばれたモノが多い上に、大物も多く、簡潔にしてポイントを押えたものとなっている。過去にみたことのあるモノもあるが、こういうのは違う流れの中で見ると、また違った発見があるものだ。
しかし、それにしてもいつもスゴいと思うのは、北京・台北の故宮博物院でも、上海の博物館でも、西安の歴史博物館でも、どれでもいいのだが、中国のそれなりに名の通った博物館の所蔵品なら、どこのコレクションでも、こういう感じの「中国文物の歴史」みたいな企画展を、それなりの見応えで組めてしまうし、それを複数同時開催さえできてしまうという、考古文物の豊富さとその質の高さだろう。
ある意味、贅を尽くして集めた自らの「財宝」を、副葬品として自らと共に葬る、という習慣は、結果的に後世にその「お宝」を残し伝える上では、大いに役立ったわけだ。秦の始皇帝の兵馬傭など、2000年以上を経てからその投資が役に立ち、世界中から観光客を集めているワケで、これはこれで文字通り、中国4000年の知恵ということだろうか。



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明治の私鉄と産業発展 -日本鉄道+甲武鉄道+総武鉄道-
旧新橋停車場 鉄道歴史展示室 汐留

交通博物館、および、東京ステーションギャラリー休館中の、代替企画展示が行われる、汐留の鉄道歴史展示室。今回は、JR発足20周年、鉄道国有化100周年の節目を記念した企画展として、交通博物館代替企画で、「明治の私鉄と産業発展」と題する展示が行われている。物流博物館で行われる「川の上の近代-川蒸気船とその時代」と対応し、明治の文明開化に、交通・物流が果たした役割を振り返る企画である。
鉄道歴史展示室で行われる企画自体、あまりこのコーナーにはしっくりとハマらないモノが多いのだが、今回のはそういう意味では特に異色である。はっきり言って、これは日本の産業史・経営史に関する展示であり、鉄道そのものからもけっこう遠い内容となっている。
政治史・経済史的な視点ではなく、経営史的な視点から日本の近代史を振り返った事のあるヒトならわかると思うのだが、明治維新とその後の経済の発展は、決してトップダウンで起こったモノではない。それは、江戸時代を通して蓄積された経済力や技術力が、その自由な発露を求めて拡大した、必然的な結果である。結果、明治体制というのは、元来、極めて自由主義的、資本主義的であり、明治の産業振興も、それが地に着いたのは、ボトムアップの起業家達が活躍するようになってからだ。
当然、先進地域ほど、鉄道を始めとする社会インフラも、欧米的に起業家たちによって事業として建設され、発展していった。それがあたかもトップダウンのようになったのは、まさに20世紀に入り、大衆軍国国家への道を歩み始めてからである。これは、そういう、元来の日本経済のあり方を、あらためて見つめ直すいい機会ともいえる。おかしかったのは、20世紀の日本であり、19世紀と21世紀は、実はつながっているのだ。



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