Gallery of the Week-Mar.08●

(2008/03/28)



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TEXTACY ブロディー・ノイジェヴァンダー展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

アメリカ生まれだが、ヨーロッパで中世の美術や文化を学び、ベルギーで活躍する現代のカリグラファー、ブロディー・ノイジェヴァンダー氏。イギリス人ピーター・グリーナウェイ監督の映画「プロスペローの本」に、ライブアクション・カリグラフィがフィーチャーされて以来、リアルタイムで文字を書くことの意味が失われた現代西欧において、映画「枕草子」、イベント「Bologna Towers 2000」、オペラ「コロンブス」「フェルメールへの手紙」など、カリグラフィーの意味を問い直すコラボレーションを続けている。
彼の作品は、リアルタイムに書かれた文字であるカリグラフィーを中心に、コラージュやデザインと組みあわされて構成される。西欧においても、タイポグラフィーという意味で、文字に基調をおいたグラフィックデザインはさかんに行われている。しかし、それはあくまでも読ませる文字である。それとは逆に、書いた時の書き手の気持ちのゆらぎを、そのまま文字列の中に焼きつける手法としてカリグラフィーをとらえることで、彼は文字による新しい表現の可能性を追求する。
カリグラフィーが滅びてしまった西欧と違い、東アジアにおいては、今でも書道が文字文化の王道として生きている。しかし、この二つは似て非なるモノであるコトがよくわかる。漢字が文語として生まれた経緯を反映して、書道はあくまでも書き言葉だ。それに対して、元来のカリグラフィーは話し言葉(もしくは、神の語り言葉)であったことに改めて気付く。
近世に入り、「文字の大衆化」が進んでからの文章は、あくまでも第一義的に「書き言葉」となった。西欧のカリグラフィーは、この流れについていけず、書き言葉と適合性の高い「表音記号としての活字」にとって変わられた。それに対し、東アジアにおいては、活字文化すらも書道の延長上に、その手法や技術論を応用して作ることが可能だった。このあたり、西欧と東アジアの文化の違い、特に、来世信仰の一神教と現世ご利益の多神教という違いとの関連もイメージさせ、なかなか奥深いものがある。



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シュルレアリスムと写真 痙攣する美
東京都写真美術館 恵比寿

20世紀の両大戦間に、パリから起り世界中に拡がった、新たな芸術運動であるシュルレアリスム。現代美術の始祖の一つとして、絵画や彫刻といった既存の枠から表現を解放し、その可能性を拡大しただけではなく、文化ムーブメントとしても20世紀の世界に大きな影響を与えた。それだけにシュルレアリスムの世界は、よく知られたダリやマグリットなどの絵画のみならず、あらゆる表現手法に影響を与えている。
特に写真は、二重の意味でシュルレアリスム大きな影響を受けた表現である。一つは、写真が現実を切り取るジャーナリズムから、写真家の心象を具現化する表現手段となりつつあった時期が、ちょうどシュルレアリスムが拡がった時期と一致していたこと。そして、写真表現そのものが、現実を切り取りつつ、そこに現実以上の何かを読み取らせることを目指していたことである。
このように写真は、シュルレアリスムともっとも親和性の高い表現であった。このため、マン・レイのように、シュルレアリスムの表現者が積極的に写真を表現手段として使ったのみならず、当時の写真家の作品にも、結果的にシュルレアリスム的な表現が多く見られる結果となった。今回の展覧会では、この両面から、シュルレアリスムと写真の不思議な関係を、約200点の作品により展示している。
何でもない写真に、とんでもないキャプションを付けたとたんに、その写真は極めて前衛的な現代美術作品となってしまう。写真は、常に片足を現実に、もう片足をフィクションに突っ込んでいるだけに、この両面性を合せもっているし、そのヴァーチャル性が表現の可能性を広めている。けっきょく20世紀とは、リアルとフィクションの差がなくなり、その違いが受け手の主観に任されるようになった時代と総括できる。そういう意味では、大衆社会化の波と共に現れたシュルレアリスムの意味を、エンドロールから逆回しでとらえなおせる企画といえるだろう。



3/2w
流しの写真屋 渡辺克己写真展 1965-2005
ワタリウム美術館 青山

1960年代に新宿の街に住みつき、「流しの写真屋」として、夜の新宿の街に生きる人々を、彼ら・彼女らと同じ気性と同じ視線の高さからとらえ続けた写真家、渡辺克己氏。新宿で「開業」して以来、2006年にこの世を去るまで、40年にわたる作品の数々は、まさに新宿の、そして東京の変化をリアルタイムで描き続けてきた記録といえる。この展覧会は、1000カット近くの写真を使い、渡辺氏がとらえてきた新宿の40年の集大成を見せてくれる。
会場は、ワタリウム美術館の3フロアを使い、1965-1977、1978-1989、1990-2005と、3部構成になっている。この構成は、新宿という街の遍歴を考える上で、けっこう意味深い。60年代においては、新宿は「何かが起る」カウンターカルチャー的な新しい街だった。早い者勝ち、やったモノ勝ちのフロンティアスピリットが、街のエネルギーであった。渡辺氏も、多くの彼と同世代の若者と同様、その中に飛び込み、そのエネルギーを創造力の源として作品を作っていた。
この時代、ぼくは写真好きのマセた中高生で、よりによって新宿のハズれに住んでいた。渦中で自らマッチポンプができるような年齢ではなかったものの、少なくともその空気や気配は、リアルに感じながら育ってきた。当時の写真雑誌に発表された渡辺氏の写真には、そんな新宿のニオいがリアルに感じられ、ドキッとしたものだ。その時見た作品のオリジナルネガからのプリントも展示されている。
しかし、70年代も後半に入ると、新宿も決して若い街ではなくなった。それどころか、エスタブリッシュされた既得権がモノをいう街へと、段々と変わっていった。ましてやバブル崩壊以降、世界の新宿、世界の歌舞伎町ではあるものの、かつてのように、新しいモノが生まれる余地は全くなくなってしまった。新宿という街の変化を、身を持って体験したモノにとっては、渡辺氏の作品のリアルな存在感は、記憶を鮮やかに蘇られせるものがある。それはまた、実体験のない人にとっても、迫真の疑似体験を与えてくれるモノとなるだろう。



3/1w
香りと恋心 バルビエのイラストレーションと香水瓶展
ハウス オブ シセイドウ 銀座

アールデコ時代を代表する画家であり、今でいう「イラストレーター」の草分けともいえるフランス人、ジョルジュ・バルビエの作品を、フランス文学者鹿島茂氏のコレクションから紹介するとともに、資生堂が収蔵する同時代の香水瓶コレクションとあわせて展示する企画展。同時並行的に、古代から近世までの「香水の入れ物」コレクションの展示と、大正以来の資生堂の香水の歴史の展示も行われている。
考えてみれば、高級化粧品に代表される「高級ブランド」と、アールデコ的意匠との関係は切っても切れないものがある。もちろん、欧米高級ブランドの多くが、実際にアールデコ期にいまのブランドイメージを確立したという経緯もある。その一方で、よりアバンギャルドなデザインにアイデンティティーを求めるブランドも、もちろん存在する。とはいうもの、ハイブロウな高級感を、アールデコ的な世界から引き出すという「技法」は、現代社会においては、ほぼ定番となっている。
そういう意味では、アールデコを代表するバルビエの作品と、高級ファッションイメージの最高峰にある香水という組合せは面白く、この「技法」が、リアルタイムのアールデコ期以来続いているモノであるコトがよく理解できる。しかし、この謎は、これら作品をよく見てみればすぐにとける。アールデコとは、大衆が現れつつも、貴族や本当のブルジョワが、まだ階級として歴然と存在した時期に登場したモノであるからだ。
完全に大衆社会化してしまった社会では、量的なピークとしての「マスのヴォリュームゾーン」は存在するものの、質的なピークは見えにくく、共有されにくい。Xデイの飲み屋のように、人知れず密かに存在しているのが、大衆社会下の上流階級なのである。そして、大衆と上流階級が同時並行的に存在していた最後のチャンスこそ、アールデコ期なのだ。考えてみればもっともだが、なかなか深いポイントに気付かせてくれた展覧会である。



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