Gallery of the Week-Jun.09●

(2008/06/26)



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韓国若手作家による「4つの方法」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

アジア各国の若手写真家に注目し、紹介する、ガーディアン・ガーデンの「アジアンフォトグラフィー」シリーズ。久々の開催となる第6弾の今回は、韓国の写真評論家である金升坤氏のキュレーションにより、それぞれ独自の表現世界をもって活躍する韓国の写真家4名をとりあげる。
とりあげられた作家は、兪載學氏、金玉善氏、朴昇勳氏、權正峻氏の四氏である。この中で、兪氏と金氏は、自分の内面を写真に置き換えて表現するスタイルを特徴とする。兪氏の作品は、木々や花、雑草など、何気ない植物の姿を、大判で克明に捉えることで、自然に対する尊敬と畏怖の念を表現する。金氏の作品は、白人とアジア人というカップルのポートレートを通して、ジャーナリスティックというよりは、自分の語りたいものを代弁させる語り口に特徴がある。 一方、朴氏と權氏は、写真を素材として再構成した作品をクリエイトするスタイルに特徴がある。朴氏は、平面である写真を組み合わせて、直方体のような立体的なオブジェを作る。すでにその時点で、写真にの画面は単なるテクスチャーとなっており、あたかもCG等で合成した立体がリアルな物体として存在しているかのような、ある種のトリック性のインパクトで訴えてくる。
權氏の作品は、かつてポラで撮った部分の画面を組み合わせて大画面の作品を構成する手法があったが、それを16mmのフィルムを使って、原版レベルで構成して見せる。ミクロ的視点も、マクロ的視点も寄せつけない、独自のパースペクティブを通して見た韓国の街並みは、なぜか日本のそれとの類似点が強調されてしまうのが不思議だ。
キュレーターの金氏が語っているように、代表性や一般性よりも、個々の表現手法のユニークさで選ばれた各氏の作品だが、それでもなお、なんらかの「韓流」な表現トレンドが読み取れてしまうから面白い。ある意味、それは他の韓国現代美術とも共通するモノでもある。普遍性が強くなればなるほど、個別性が逆の意味で引き立ってくる、ということだろう。



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Max Huber -a graphic designer
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

マックス・フーバーは、スイス生まれで、大戦中からイタリアでグラフィックを中心に活躍した、20世紀を代表するモダニズムのデザイナーである。夫人が日本人であるなど、日本とも縁の深いマックス・フーバーの業績を、戦後40年代、50年代という、モダニズムが光り輝いていた時期の作品を中心に忍ぶ回顧展である。
彼がデザインを学んだ1930年代のスイスは、解散した後のバウハウスの関係者がドイツから活動の場を移していただけに、バウハウス直系ともいえるような、濃い影響が感じられる。一方、プロとしての実績を積み上げたイタリアは、未来派に代表されるような、ルネサンス以来の伝統へのアンチテーゼとしてのモダニズムが花開いていた。彼の作品には、この両国が育んだモダニズムのポジティブな部分が反映されているところが特徴といえよう。
それだけに、本質的な明るさ、ホットさを感じさせる。このあたりが、アメリカ的なモダニズムとは大いに違うところであり、今でも、作品としての輝きをキープしている要因ということができる。それだけでなく、夫人が日本人である以上に、日本の文化やアートにも造詣が深かったことを感じさせるところがあり、バウハウス、未来派に加えジャポニズムと、モダニズムの源流を濃厚に感じさせる(しかし、こう並べてみると、これじゃ「枢軸国」だなあ)。
ところで、これは持論だが、ドイツ的な合理性とは、いわば整数の合理性みたいなモノで、「キレイに割り切れる」美しさが基本にある。それに対し、イタリアも違う意味で、極めて進んだ合理性を持っ。イタリア的な合理性とは、分数の合理性だ。11/13みたいな数は、少数で記述すると極めて不合理だが、分数ではいたってシンプルでまとまりのいい数になる。そういう意味では、彼の世界は、5/8みたいなシンプルさということだろうか。そこが、独特の暖かみの源泉になっているのだろう。



6/2w
開館50周年記念 ル・コルビュジェと国立西洋美術館
国立西洋美術館 上野

上野公園の国立西洋美術館が、フランスから返還された松方コレクションを展示する場として開館して50年。その50周年企画事業として、国内唯一のコルビュジェ設計の建築物でもある、ハードとしての国立西洋美術館にスポットライトを当て、その半世紀の流れを振り返る企画展である。50周年記念展は、同時期に企画展示室で開催されてる「ルーブル展」のほうがメインであり、比較的客数の少ない時間に行ったにもかかわらず、そちらのほうは90分待ち。その行列を横目で睨みながら、常設展の一部を模様替えして展示している会場へと向かう。
展示は、建設途上から完成直後の様子を示す当時の記録写真、コルビュジェ自身による設計図、その後の変化を表した建築模型の三部構成になっている。これらにより、戦前からの日本を引きずり、モダニズムがまだまぶしかった時代に、文字通り、忽然と最先端のモダニズムの城塞が現れた様が偲ばれる。当時の日本人にとって、その驚きや喜びは、極めて多きなモノだったろう。
しかし、コルビュジェにとっても、日本にこのコンセプチュアルな建築物を建てられたことは、大いな喜びだったに違いない。西洋美術館でも使われている、コルビュジェの合理的建築設計の基本となる「モデュロール」の発想。それは、畳の大きさ、いわゆる「定尺」を、平面でも壁面でも設計の基本モジュールとしている日本家屋の設計思想と極めて共通する。というより、ジャポニズムからモダニズムへの流れ、日本人の弟子の多さなどを考慮すると、これは「確信犯」だと考えられる。それだけに、日本の景色の中にこの建築物がうまく溶け込んでいるのも、自然の成り行きであろう。
さて余談だが、大混雑のルーブル展、前売りの入場券を持っているヒトなら、常設展の入場券を買えば、並ばずに入場できる方法を見つけてしまった。そんなに難しいワザではない。西洋美術館の構造を熟知しているヒトなら、ちょっと考えればわかると思う。いわば、コルビュジェからのプレゼントというところだろうか(笑)。



6/1w
木村定男<のりもの絵本>の世界展
ギャルリー トラン・デュ・モンド 新宿

昭和20年代から、乗物専門の絵本画家として活躍し、その後は鉄道画家として、より広いフィールドで活躍した、木村定男氏。その没後十年と、原画集の刊行、鉄道友の会の島秀夫優秀著作賞の受賞などを記念して行われる回顧展である。会場は、西武新宿駅北口前の、ギャルリー トラン・デュ・モンド。新築ビルのオーナーが最上階に開いた、鉄道関係の展覧会中心という珍しいギャラリーで、エントランスには、新幹線O系の車輪が飾られている。
木村定男氏の名前は知らなくても、独特の暖かみのある画風の絵本は、ある世代の男性なら、きっと見覚えがあるに違いない。原画でも、絵本でも展示されているが、C62の牽引する「特急つばめ」から、青大将、151系こだま、そして新幹線0系までの時期に幼児期が引っ掛かっていれば、かならずやお世話になったはずである。
今見てみると、その暖かみは、独特のデフォルメによるモノであるコトがわかるが、実はそれは「幼児の目線」からみた列車を描いたものであることに気付く。これは、写真をベースにした今の幼児書では不可能であり、子供心に強い印象を残した理由は、こんなところにもあるのだろう。
もちろん、氏自身の画風は多彩を極め、油彩も水彩も、幻想的な表現からリアリズムまで、あらゆる技法を駆使して、その車輌らしさを追求するところは、鉄道車輌への深いコダわりを感じる。昭和レトロ企画の一つであることは間違いないが、かつて、こういう味わいを大人も子供も味わった時代があるというコトは、その時代を知らないヒトにも通じるだろう。



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