Gallery of the Week-May.10●

(2010/05/28)



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江戸を開いた天下人 徳川家康の遺愛品
三井記念美術館 日本橋

江戸時代や江戸の町にゆかりのある展覧会を多く開いている三井記念美術館が、開館5周年を記念して開く展覧会。江戸にゆかりのある人物としてはピカイチともいえる、江戸の町、というより江戸時代そのものを開いた天下人徳川家康を、美術品、工芸品といった遺品から振り返る展覧会である。
家康公の遺品を多く収蔵する、日光東照宮、久能山東照宮、徳川美術館、徳川記念財団の所蔵品を中心に、武器・武具をはじめ書画、茶道具、文具、調度品など各地の美術館、博物館にコレクションされた、徳川家康が日ごろ愛用していた遺愛品をにより、家康公の教養人、趣味人、文化人としての側面を浮き彫りにする。 明治以降の近代日本的な史観においては、徳川家・江戸時代は目のカタキにされてきた。その分、淡々と事実は列挙されるが、長らくその実態を正しく評価されない傾向があった。ましてや、将軍の人となりそのものになると、否定的な側面が強調され、その姿が浮き彫りにされることも余りなかった。
そういう意味では、単に美術的興味で一品の数々を味わうというだけでなく、近世日本の指導者としての徳川家康の人間的な面を描き出す試みとしても得るものは多い。なぜ、戦国武将の中で、徳川家康は平和な時代を築くことができたのか。それは、こういう人となりの部分まで目配りしなくては理解できないものといえるだろう。



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ロトチェンコ+ステパノーワ ロシア構成主義のまなざし
東京都庭園美術館 目黒

20世紀初頭、現代につながる産業社会・大衆社会の勃興と共に、アートやデザインの世界でも、世界的に新しい潮流が巻き起こる。美術革新の機運がヨーロッパのあちこちで起こる。ロシアでも、独自なかつ過激な現代美術の作品が生まれていたが、ロシア革命が1917年に勃発し、ソヴィエト連邦が成立すると、芸術も革命を目指し、独自の進化を遂げてゆく。
それは芸術の革命のみならず、生産や社会とつながり、芸術の手法により日常生活の革命を目指してゆく。この運動は、「構成主義」と呼ばれる。 この展覧会では、構成主義の中核を担ったロトチェンコとステパーノワ夫妻の作品を、ロシア国立プーシキン美術館とロトチェンコ・ステパーノワ・アーカイヴ所蔵のコレクションをもとに、絵画、グラフィック(ドローイング・版画)、空間構成、建築、デザイン、演劇、印刷物(本・ポスター)、写真の8つのジャンルに渡って紹介する。
往々にして、追う側の国ではよ、一人のアーティストが、まるで近代美術史を自分の個人史の中で駆け抜けていってしまうようなコトがよく起る。ロトチェンコとステパーノワもその例にもれず、19世紀末からの現代美術から、未来派・バウハウスを通過して、現代のグラフィックデザインまで、全てを体験し、全てを実現してしまっている。そのパワーや疾走感は、驚くべきものがある。その是非はともかく、昭和初期の少壮軍人や維新官僚といった人々が、実はソヴィエトにあこがれを感じて、戦時下の(今に続く)「40年体制」を作っていった気持ちも、こういう作品を見ているとわからないでもない。それは、新幹線や超音速戦闘機が「格好いい」のと同じである。
しかしこの展覧会、テーマからすると、ビックリするぐらいヒトが入っている。高齢者無料サービスという日だったので、そのせいがあるのかもしれないが、決してジジ・ババだけではない。というより、高齢者は庭園散策中心で、ギャラリー内はけっこう若い美大生みたいな連中が多い。バウハウスやソ連初期のモダニズムデザイン、はたまた未来派とか、1920〜30年代の「気合い」を感じさせる流れは、日本ではいつも一定の人気があるのは確かだが、またブームになってきているのだろうか。



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TALKING THE DRAGON 井上嗣也展
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

80年代から活躍するアートディレクター井上嗣也氏の初の個展となる今回の展覧会は、1Fに展示されたこのイベントのために制作されたオリジナルポスターと、BFに展示された近作・代表作のポスターや出版デザインとの2部からなる。オリジナルポスターは、瞬間を切り取った光のマジックといえるような写真に「眼」を描き込むコトで、架空の生き物としての「DRAGON」に見立てるという約40点の連作である。
ぼくがこの業界で仕事をしだした頃には、グラフィックデザイナーのお仕事は、最終的には、アイディアを元に素材をまとめて版下を作るプロセスに集約されていた。昨今では、画面上でまとめた「絵柄」をデータに落とし込むプロセスになっている。これらの場合、印刷のプロセスを経てはじめて二次元の作品となる。しかし、かつて昭和30年代ぐらいまでは、デザイナーは、イラストや文字なども含めた完成型としての「絵」を、最終的な作品として作り上げ、それを印刷によって複製することにより、ポスター等を制作していた。
有能なデザイナーなら、作品としてのクオリティーはどちらのプロセスでもキープできるだろう。しかし、作品への思い入れや、込めたものの重みは、最終型を直接自らの手でまとめられるかつてのプロセスに、軍配をあげざるを得ない。しかし、ポスターの図柄に作品としての思いを込めることは、現代的にデジタル化されたプリプロでも、決して不可能なことではないはずだ。それはまた、アールデコの頃のポスターが、アートとしても評価されている歴史をよみがえらせる可能性も秘めている。
井上氏が「DRAGON」で試みているのも、まさに「グラフィックデザインという手法を用いて制作した現代アート」といえる。ポスターというカタチ、印刷という技術を使っているものの、そこにある作品は、「商業美術」の枠を踏み出し、ファインアートの世界に片足を突っ込んでいる。常に二項対立を孕んでいたアートとデザインは、井上氏のクリエイティビティーの前に、その境さえ曖昧なモノとなった。これもまた、デジタルをベタな手法として使いたおせる時代がなせるワザということができるだろう。



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