Gallery of the Week-Jun.10●

(2010/06/25)



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暗がりのあかり チェコ写真の現在
資生堂ギャラリー 銀座

チェコの首都プラハは、20世紀初頭からスラブ圏における芸術の中心地となり、西欧とは違う独特な芸術文化が花開いた。その伝統は現代にも受け継がれ、写真の領域でも、オリジナリティーあふれる表現が生まれている。この展覧会は、現代のチェコを代表する10名の写真家、ウラジミール・ビルグス、 ヴァーツラフ・イラセック、 アントニーン・クラトフヴィール、ミハル・マツクー、 ディタ・ペペ、 イヴァン・ピンカヴァ、 ルド・プレコップ、トノ・スタノ、 インドジヒ・シュトライト、テレザ・ヴルチュコヴァーにスポットライトを当て、チェコの写真芸術の今を紹介する日本初の写真展である。
西欧の人々からしても、中欧・東欧というのはエキゾチックな存在であり、ルーマニアを舞台にしたドラキュラ男爵の物語のように、オカルティックなイメージも強い。ある種、ユーラシア的な要素を含むその伝統は、西欧的な合理主義とは違う何かを秘めている。しかし、八百万の神の国に生きる我々にとっては、そこがある種の親近感や共感を感じさせ、非常に心引かれる部分でもあるところが面白い。
それにしても、現行の資生堂ギャラリーのフロアで、パーティションの壁を立てて櫛形の通路を作り、小型の作品を並べるという、完全にギャラリースタイルの展示って、見たことがなかったような気がする。多分、ここまできっちりオーソドックスなディスプレイははじめてではないだろうか。感想としては、思いのほか作品が並ぶものというところか。
最初はこの企画を聞いた時、各作家一点の大型パネルか、「ひとつぼ展」みたいな組写真のインスタレーションか、どちらにしろ資生堂ギャラリーらしい展示をイメージしたのだが、これは結構意外。思いのほか広いスペースであるコトを、改めて認識した。けっこう広くて高いからこそ、いろいろ他でできないトライアルができる、ということなんだろうね。



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NB@ggg ネヴィル・ブロディ 2010
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

70年代に、数多くのレコードジャケットを制作し、レコードジャケットというメディアにおける表現の可能性を拡げ、ロンドンのデザイン界に鮮烈に登場した、ネヴィル・ブロディ。80年代に入ると、グラフィックデザインやエディトリアルデザイン2活動領域を拡げ、新たなクリエイティブの地平を築き続けた。90年代以降は、世界的なマルチ・ヴィジュアル・クリエイターとして活躍している。そんな彼の近作を集めた「個展」である。
彼の作風は、それ自体がミニ作品ともいえるようなデザイン「要素」を組合せ、作品全体を構成していく再帰的な構造にある。この展覧会も、その手法にのっとり、ここの作品を要素として、ひとつの作品としてのインスタレーションを構成するようなスタイルになっている。そこが、単に近作の展覧会ではなく、「個展」と呼ぶにふさわしい点だ。
そういう意味では、グラフィックデザインの制作物ではあるのだが、そこに構成されている世界はそれを越え、現代美術的な作品になっている。おそらく、このシームレスさこそが、彼のクリエイティビティーの源泉であり、30年以上も疾走しつづけるエネルギーを供給する要因となっているのだろう。



6/2w
侍と私 −ポートレイトが語る初期写真−
東京都写真美術館 恵比寿

東京都写真美術館では毎年恒例の、館蔵写真によるテーマ企画展が、今年は「ポートレイト」をキーワードとして開かれる。ただし、例年のように連続三部構成というカタチではなく、大きなテーマの下に3つの別の写真展が開かれる形式で実施される。例年おなじみの「通し券」も、今年はないようだ。その第一弾が、今回の「侍と私 −ポートレイトが語る初期写真−」である。
この展覧会では、1839年に写真が生まれて以降、19世紀に撮られたポートレイト200余点を、第1章 日本、第2章 西欧、第3章 交差という3章に構成し、日本と西欧における写真の創成期の姿を振り返るものである。
写真の誕生は、ポートレートへのニーズがもたらしたといっても過言ではないだろう。記録、報道、芸術表現と、技術の発展とともに写真のカバーする領域は拡大したが、ヒトの顔や姿というのは、あいかわらず写真のもっとも主要な被写体である。最新のデジカメでも「顔認識機能」などというものがついていることが、それを示している。
これは多分、人間の認識の構造そのものに根ざしているのだろう。ヒトは、顔により相手を認識し、その表情により、コミュニケーションを図る。そういう根源的な役割があるからこそ、人々の顔を見ることで、そこに何らかの感情を呼び起こすことができる。それを他のどんな手段より、簡便かつ迅速に実現してきたからこそ、20世紀が写真の世紀となったことがわかる。



6/1w
The Second Stage at GG #29 武田厚志展『Nombre-ノンブル-』
ガーディアン・ガーデン 銀座

1992年から始まった公募展『ひとつぼ展』と、'09年からの「1_WALL」の入選者たちのその後の活躍を紹介する、「The Second Stage at GG」シリーズ。今回は、その第29弾となる、武田厚志氏の個展である。武田氏は、エディトリアルデザインを中心に手がけるアートディレクターだが、『ひとつぼ展』入選は1994年とかなり初期であり、その後デザイナーとして10数年のキャリアを持つなど、このシリーズに登場する若手表現者の中では、かなりのベテランといえる。
そういうキャリアなので、エディトリアル作品が中心の展示となっている。しかし、このエディトリアルデザインというのがクセモノで、一般のグラフィックデザインとして目を引くモノが、必ずしもエディトリアルデザイン的にいいワケではない。本は読まれてなんぼなので、ベタの本文以上に、読み手をワクワクさせ、内容への理解も深まり、イメージや世界観も拡がるモノでなくてはならない宿命を持っている。
だが、そのためには、グラフィックデザインとしてのスタンドプレイが封印されてしまう面も多々ある。これはインダストリアルデザインにおいて、「ためにするデザイン」をして、使いにくくなったり、機能を制限してしまっては本末転倒なのとよく似ている。
そういう意味では、今回の出品作には、デザインやアートの教科書的な書籍が多く含まれていることが目につく。こういうジャンルでは、美術書以上に、センスと機能とオリジナリティーが高度に融合していなければ、文字通り「紺屋の白袴」を体現するものとなってしまう。それらの作品を、自信を持って出せるというところに、アナログの時代も知っているであろう、武田氏のキャリアが効いているといえるだろう。



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