Gallery of the Week-Mar.12●

(2012/03/30)



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第6回 写真「1_WALL」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

どの作品を見ても、極めて具体的、具象的な作品である。組写真を構成する個々のカットは、何の写真なのか、とてもわかりやすい。しかし、作者がそこに何を表現したいのかが、カットの隙間から見えてこない。どの作品を見ても、見えてこない。じっと黙りこんでいる作品。そういう作品群を、意図的に選んだのが、今回の「1_WALL」展だ、ということなのだろう。しかし、これはなんとも挑戦的である。
作品を創るという行為が、完全に自分の内側に向かっていて、なおかつそれが自己完結してしまった時、それは果たして表現と呼べるのだろうか。そういう世界を究極まで突き詰めれば、単語から文法から文字まで、全て実在しないコトバの体系を構築し、そのコトバで文学作品を書き上げるという行為も想定できる。もっとも、そこまで完璧に創り上げてしまえば、ヒエログリフを解読するような、メタな楽しみ方もできるワケだし、それはそれで表現といえないこともない。
しかし、写真というのは、作者が意図しない情報を併せ持ってしまう性質を持つだけに、ちょっと始末が悪い。今回の作品で使われている「写真」は、比較的オーソドックスなものである。何を写したかも、どこで写したかも、どうやって写したかも、わかる人が見れば、画面から読み取れてしまう「素直な」写真である。それだけに、作者にとって意識外であるはずの「何か」も、画面の中に写ってしまっている。
今回の作者たちは、30代半ばから20代後半、今のティーンズや学生ではなく、90年代から世紀をまたぐアタりで、10代を過ごした世代である。多少の幅はあるものの、いわゆる「自分探し世代」である。自分探しとは、それ自体を目的化するところに意味があり、自分を発見してしまっては意味がない行為である。そういう意味では、これらの作品は、「自分探し」のエッセンスを、まさに自分を見つけられないままカタチにしていると見ることもできる。それはそれで、ものスゴいことかもしれない。地球の裏側の出来事のようではあるが。



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フェリーチェ・ベアトの東洋 J・ポール・ゲティ美術館コレクション
東京都写真美術館 恵比寿

フェリーチェ・ベアトといえば、1863年から1884年に渡り、20年の長きに渡って日本に在住していただけに、日本においては、日本の写真の創始者の一人として名高い。しかしベアトには、その前史も後史もある。来日したときには、すでにヨーロッパでは、戦争写真や風景写真など、アジアの写真の第一人者として知られていた。また、投機に失敗し全財産を失って離日した後も、世界を放浪し、ビルマで写真館と土産物会社を経営していた。
この展覧会は、フェリーチェ・ベアトの作品については、世界最大のコレクションを誇るロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館の収蔵品をベースに構成された国際巡回展、"Felice Beato:A Photographer on the Eastern Road"の東京展として開催されたものであり、ベアトの全貌を見せる回顧展としては、日本初のものである。当然、日本に縁の深かったベアトだけに、東京会場では、東京都写真美術館の収蔵品を加えた特別展示となっている。
やはり、なにより驚かされるのは、150年の時を超えて、過去を今に直結する、写真の情報力だろう。日本に収蔵されている日本関連の作品は、今までにもよく目にするが、直接江戸時代の人々の表情が語りかけてくる画面は、いつ見てもインパクトがある。それが、今度は、中国やインドの人々や街並みからも伝わってくるのだ。ある意味、人類史的な遺産ということができる。
さらに、当時のアジア諸国について、ベアトという一人の西欧人の目を通した同じ視点から、横並びで見比べることができるというのも、文化という意味からみて発見がある。言葉にしてしまうと、ステレオタイプで見下した言いかたになってしまいがちなところも、カメラのレンズは、ゴマかしなく記録する。一説によると、19世紀の前半においては、世界の富の半分は、中国とインドが生み出していたという。それを、なるほどと思わせてしまうような存在感が、画面からあふれてくる。歴史資料としても、ぜひ見ておきたいところだ。



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幻のモダニスト 写真家堀野正雄の世界
東京都写真美術館 恵比寿

日本の写真史上には、何人もの写真家が、その代表的な作品とともに足跡を残し、我々の記憶の中で存在感を発揮し続けている。しかし、どういう分野においても、名前こそ知られているものの、その活動の実態や、その後の影響力といった面では、極めて捉えにくいアーチストというのも存在する。昭和前半の日本の写真界において、そういう存在といえば、堀野正雄氏をおいて他にないだろう。
1920年代から1930年代という限られた期間に、主として雑誌メディアで活躍したということもあり、長期間にわたり作品中心で活躍した写真家に比べると、まさに「幻」と呼ぶにふさわしい。この展覧会は、そんな堀野正雄氏の活動を、遺族の所蔵の初公開オリジナル・プリント作品と、それを掲載した雑誌等のメディアの両面から展示し、その世界を余すところなく伝えるものである。
何より驚くのは、その作風である。昭和初期といえば、アマチュア中心に芸術写真が全盛だった一方、報道写真においては客観性以上にプロパガンダ性が強調されていた時代だ。いずれにしろ、写真表現がそれまでの記念写真や絵葉書の世界を脱するために、強烈な「作為」が求められた時代である。その中で、堀野氏の写真は、理系出身らしく、あくまでもクールで客観的な視線からぶれない。それがある意味、モダニズム的価値感と強烈に呼応しているのだ。
それだけに、写真の画面には、1930年代の東京の情景が、あまりに客観的に取り込まれているのに驚く。そして、それはぼくらが子供の頃見た、高度成長に飲み込まれる前の、昭和30年代の景色とほとんど変わらない。実際、撮影地の多くは、ぼくらからすれば、キャプションがなくても容易に判別可能である。堀野氏は、戦後は写真家ではなく、写真機器メーカーの経営者として活躍し、1990年代まで顕在だったという。戦後の東京は、氏の目からは、一体どう見えたのだろうか。そちらが、あらたな「幻」として浮かんできた。



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第6回 shiseido art egg #3 入江早耶展
資生堂ギャラリー 銀座

今年の「第6回shiseido art egg」、そのしんがりとして登場するのは、入江早耶氏である。入江氏の作品は、制作物という意味では、消しゴムのカスや化粧品を練り上げて、それを彫り上げて創った、微小な彫刻である。しかし、そのプロセスにストーリーを持たせ、オリジナルな世界を構築するところに特徴がある。
消しカスの着色は、色付きの図柄を消すことで行っているが、その消した図柄と、創る彫刻とが密接に関係させることで、作品のコンセプトを打ち出している。とはいうものの、その微小な彫刻自体も、作品として充分存在感を放っている。
その大きさは、模型で言うOスケールの人形程度。このサイズだと、スクラッチで作ることも多いので、何かそういう親しみも湧く。表情をきちんと表現できる最低限のサイズであり、館内では観賞用にルーペを貸し出してくれた。
今回の作品は、そのほとんどがart eggのために制作されたものであり、資生堂パーラーのパッケージだったり、企業資料館のポストカードだったり、資生堂にちなんだマテリアルを活用した作品となっている。作品そのものはきわめて小さいのだが、ギャラリーの中では、そのストーリーとともに存在感を発揮しているところが見所だろう。なんともトリップできる、シュールな世界である。



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第6回グラフィック「1_WALL」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

すっかりおなじみになった「1_WALL」展も、もはや第6回シーズンの開幕。例によって、グラフィック「1_WALL」展からのスタートである。毎回、創る側も選ぶ側も、年毎にある種明確な方向性を持って展覧会を構成し、そこからその年のメッセージを発信しているのが楽しみだし、魅力でもある。
表現作品の本質がどこにあるかというのは、古くて永遠の問題でもある。コンテンツかコンテクストか。形式か内容か。表現というものの中には、技術の要素も、イマジネーションの要素もあるだけに、アートの歴史自体が、この二つの極の中で、常に振り子のように揺れ続けてきたということができる。
その中では、今回の作品は、特に「アートの力」、「イマジネーションの力」を感じさせるモノが集まっているといえるだろう。作品自体は、かなりオーソドックスな絵画の手法を使ったものから、表現手段としての新しい試みをトライしたものまである。しかし、その中でも一貫性を感じるのは、どの作品も強烈な発信力をもっているからだろう。
この数年、手法の原点回帰とでもいえるような傾向が見られた。手法の目新しさより、表現としてのインパクトを重視したいという現われであろう。だが、それもかなり定着し、目新しい手法を使っていても、表現としてのインパクトがなければ素通りされてしまうようになってきたということではないだろうか。今後が楽しみである。



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