Gallery of the Week-Feb.13●

(2013/02/22)

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第7回 shiseido art egg #2 ジョミ・キム展
資生堂ギャラリー 銀座

今年で第7回目を迎えるshiseido art egg、その第二弾はジョミ・キム氏の個展である。氏は身の回りの日用品を素材に使い、やがて朽ちてゆく姿に、日用品らしいはかなさを込めた作品を作るアーティストである。その作品は、多くの現代美術作品のように、強烈な個性を自己主張しまくるものではない。
しかし、妙に恐ろしいのである。その分、強烈に印象に残る。その日常的使命から切り離された日用品には、摩訶不思議な魔力がある。戦災や震災の資料館に行くと、あるじを失った日用品が展示されているが、それらは何十年の間、怨霊を封じ込めているような不気味さを持っている。まさにあれなのだ。
森羅万象、あらゆるものに神や霊魂の存在を感じてしまう、八百万の神の国。そういうカルチャーを背負った人々には、オカルティックな魔力を感じさせる作品である。とはいえ、無機的に見ても面白い作品なので、欧米人でもそれなりの理解・評価は可能であろう。もっとも、欧米人でもオカルティックな魑魅魍魎の世界のマニア(往々にして、日本のそれよりずっと濃い)は、それなりにいるんだけどね。



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日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展「書聖 王羲之」
東京国立博物館 上野

王羲之といえば、中国においても日本においても、書道の元祖ともいえる存在であり、実在の人物でありながら半ば神格化されている、まさに「書聖」と呼ぶにふさわしい存在である。千何百年に渡って王羲之の書法については研究が重ねられ、深く極められている一方、生年についても諸説があるように、まだまだ謎の多い人物でもある。
今回の展覧会は、日中国交正常化40周年記念、東京国立博物館140周年記念ということで、この東アジアの芸術を語る上で欠かせない王羲之をキーとして、2000年近い書の歴史を振り返る企画展である。結果からいえば、書をたしなむ人はもちろん、東洋美術のファン、東洋史に興味を持つ人、さらに文字に関心を持つ人と、幅広い層の好奇心を刺激する内容を持っている充実した展示である。
王羲之は、これだけポピュラリティーとネームバリューがあるにもかかわらず、真跡が一つも残っていない。これまた神話的な謎の一つだが、それでも書のリファレンスたりえたのは、ごく早い時期から、模写や拓本などの複製技術を駆使し、手本としての大量生産が行なわれたからである。そういう面からは、印刷やタイポグラフィーの元祖であり、世界最古のフォントデザイナーとして位置づけることも可能である。今回の展示では、各種古拓の比較を行なうことで、このような興味にもこたえている。
さて、王羲之の展覧会となると、目玉になるのが唐代の模本である。今回も、特にパブリシティーで話題になった新発見の「大報帖」をはじめ、国内の有名作品、米プリンストン大学美術館の「行穰帖」など、この面でも充実している。しかし、過去の日本における伝世品の記録と、現在の状況を比べると、「大報帖」のように臨書と誤解されたまま伝わっている作品がある可能性も期待されるところだ。



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二川幸夫・建築写真の原点 日本の民家一九五五年
パナソニック 汐留ミュージアム 新橋

建築写真家、建築ジャーナリストとして世界的に評価されている二川幸夫氏。彼の建築写真としての原点は、1957年から59年にかけて発行された『日本の民家』全10巻にある。この展覧会は、そこに収められた300点あまりの作品の中から、70点を選び出しニュープリントで構成し、「日本の民家」を21世紀の今から捉えなおした写真展である。
戦前・戦後というわけ方が当たり前のように行なわれているが、政治はさておき、人々の生活や習慣という意味では、20世紀の初頭から昭和30年代ぐらいまでが連続しており、高度成長の恩恵が全国に広まった70年代に至って、変化が日本全体に行き渡ったのが実態である。まさに、日本の伝統的な生活環境が残っていた最後の姿が、ここに記録されている。
確かに、昭和30年代であることは間違いなく、電燈がある以上、電柱と電線は確実に目立つし、テレビアンテナだって立っている。しかし、そこで生活している人は昔ながらの大家族だし、ガラス戸やエアコンがついているワケではない。アラフィフ、アラ還のヒトたちが生まれた頃の日本は、こういう時代だったのだ。建物の記録というだけでなく、今となっては生活そのもの記録にもなっている。
しかし、この会場で写真展というのは珍しい。いつもと動線を逆にし、北側から入り、南側に抜けるというレイアウトで、展示方法にもかなり斬新なアイディアを盛り込んだ、意欲的な展示もインパクトがある。ただ、会場の絶対スペースが小さいのがアダとなり、動線の設定に一部無理があるのはちょっと残念。それはさておき、建築のみならず、生活、風俗、歴史など、いろいろな興味に対し、ファクトで答えてくれるだけの情報を持つ、より広い層に見てもらいたい展覧会である。



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田中豪展「DISCO」
ガーディアン・ガーデン 銀座

2012年に行なわれた、第6回グラフィック「1_WALL」グランプリ受賞者である田中豪氏が、グランプリの副賞として与えられる開催権に基づいて開催する、初の個展である。今回も、「1_WALL」グランプリ時と同様の手法で創り上げたオリジナルのキャラクタを、背景画と組み合わせ、会場全体で「DISCO」とタイトルされた空間を構成する作品としている。
創作というのは、ある意味、神懸りである。絵画でも彫刻でも、文章でも音楽でも何でもいいのだが、創作物が湧いてくる瞬間というのは、作者の意思ではない「神の意思」とでもいえるものが作品を創り上げるようなところがある。本当にクリエイティブな作品を生み出した瞬間というのは、作者も何だかよく覚えていない。
音楽でいえば、アレンジは理性や知恵でなんとかなる世界だし、それでもけっこういいモノができたりする。しかし、前頭葉がひねり出した曲というのは、どこまでいってもワザとらしい引っ掛かりが気になるものである。普通の人は気付かないだろうが、自分が創作するヒトは、これが気になるのである。
田中氏の「キャラクタ」のパワーは、その作為のなさである。いろいろ考え、ヒネったキャラクタがあふれている中、何も考えない神懸りで、手先が動いてできてしまったような形。見たことがあるようで見たことがなく、なにか土着の異型さを感じさせる畏怖感の源はそこであろう。それはまた、アタマでっかちになったアート界が失ったエネルギーでもある。。br>


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