Gallery of the Week-May.13●

(2013/05/31)



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写真のエステ - 五つのエレメント 平成25年度 東京都写真美術館コレクション展
東京都写真美術館 恵比寿

毎年恒例の、東京都写真美術館の館蔵コレクションによる企画展。今年度も三回に分けて行なわれるが、その第一弾が、この「写真のエステ - 五つのエレメント」である。写真の美学とは大上段にきたものだが、まさに百数十年に渡る写真の歴史の中で、送り手も、受け手も、常に美しさを感じてきた普遍性はあるはずであり、それだからこそ、古典的な名作を今見ても、それなりに伝わる感動があるわけである以上、写真を撮る者全ての中に共有されている美は確かに存在するはずである。
今回の展覧会は、「光」「反映」「表層」「喪失感」「参照」という五つのエレメントから、写真表現の普遍的な姿に迫る。このうち「光」「反映」「表層」は、写真の画像そのものに関する美学を、「喪失感」「参照」は、写真のコンテンツに関する美学を、それぞれ扱っている。それぞれ、その普遍性を見つけるべく、幅広い時代の幅広い作品が例示されている。
前半の画像の美しさということに関しては、黄金率が存在することに全く異論はない。絵画においても同様の規範はあるが、機械が写し取る写真は、実際のライティングなり質感なりを越えることが、長らくできなかった。かろうじて、ネガでの撮影、印画紙への引き伸ばしという二つのプロセスを持つプリント写真のみが、そのプロセスでの変容を逆手にとって、表現者の意図するイメージをより鮮明に描き出せた程度である。
それは、常にカメラやフィルムより人間の目の方がラティテュードが広かったからである。デシタル時代になると、機械のほうが人間の目をはるかに越えるようになる。今回の見所は、ここであろう。本質的な美しさは何ら変わらないのだが、美しさを写し切れずに悩んでいた銀塩時代と違い、デジタル写真になると、求める以上に写る分、美しさをそこから切り出さなくてはならないのだ。そういう意味では、デジタル以降に写真に興味を持った若い人にこそ、見てほしい企画展である。



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日本写真の1968
東京都写真美術館 恵比寿

1968年・69年という「60年代末」は、日本の文化にとっては特筆すべき画期となっている。江戸時代から、変化こそあったものの連続性の中にあった日本の文化が、今に続く全くルーツの違うカルチャーと入れ替わる画期となった象徴が、この両年だからだ。特に、写真はこの時代においては時代を牽引するエッジな表現であり、変革の推進者でもあった。この展覧会は、「1968年」を中心とする1966〜74年の間に日本で起こった写真の変化を振り返り、そこから写真の意味、文化の意味を探る企画展である。
全体は、1968年の写真界に起こった大きな4つの出来事を核に構成される。一つ目は同年に行なわれた「写真100年―日本人による写真表現の歴史展」の回顧、二つ目は中平卓馬氏、多木浩二氏、高梨豊氏、岡田隆彦氏、森山大道氏らによって刊行された雑誌を振り返る『プロヴォーク 思想のための挑発的資料』、三つ目は若手による当時の代表的なムーブメントとしての「コンポラ写真」、四つ目は時代を象徴するムーブメントである反体制と写真の結びつきを省みる「写真の叛乱」である。
しかし、この企画。個人的にはよくぞやってくれた、である。1966〜74年といえば、小学校上級生から大学生。まさにぼくの10代そのものである。ずっと新宿や渋谷を通って電車通学していたマセた少年は、野望と無謀の入り混じった期待感あふれるその時代の空気を吸いすぎてしまったからこそ、こんな風になってしまったのだ。まさに、うれしはずかし68年である。
特に、中学時代からは、この時代に写真の持っていた先端性に憧れ、まさに「コンポラ写真」(この言葉を聞いたのは、何年ぶりだろうか)を気取って、その構図やトーンなどをマネた写真を撮影していた。だから、まるで少年時代のまだ剥けていない、まだ生え揃っていないパンツの中身を、今頃になって公開されてしまうような感じである。ほんとうにお恥ずかしい限りだが、その背伸びの向こう側に見ていたものは、決して間違っていなかったことは、今のぼくからはよくわかる。
しかしその気恥ずかしさはある意味、そこで変わって以降、世の中も自分も、同じ地平の上を歩いているコトの裏返しなのだろう。「反体制」とは、イデオロギー間の対立のように捉えられがちだが、実は、それまでの社会とか政治とかいう「上から目線」の価値観と、個人の私的な価値観との対立であった。当事者にはよくわかっているこの事実も、改めて作品というモノに客観的に語らせることで、より普遍的なカタチで浮き上がってくる。その時代を知る人も知らない人も、今に繋がるものが始まった瞬間を、もう一度確認できる写真展である。



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映画より映画的! 日本映画 スチル写真の美学
東京国立近代美術館フィルムセンター 京橋

映画全盛時代から、映画の宣伝にはスチル写真がなくてはならなかった。時間芸術である映画のストーリーや見どころを、一枚の静止画像によって表現するスチル写真は、本編とはまた違うスチルならではの表現力やイマジネーションが必要とされる。だから映画撮影現場には、ムービーのカメラマンと共に、スチルのカメラマンが常に存在している。本番撮影と並行して場面の撮影をしています。人々の想像力をかき立てるスチル写真には、独自の感覚とプロフェッショナリズムが求められます。
とはいえ、ムービーとスチルという違いこそあれ、ビジュアル表現ということにおいては、同様の存在であり、ある部分においては競合する。それがマスに向けた広告の中で使われる以上、実際に映画を見た人より多くの人にスチルは見られ、その人たちのイメージの中では、スチルのイメージが映画本編のイメージとなってさえいるわけである。
この展覧会は、日本映画の最盛期に活躍したスチルカメラマンの仕事に注目し、彼らの日本映画への隠れた貢献を明らかにすることで、「映画にとってスチル写真とは何か」を解き明かすものである。戦前から戦後にかけての代表的な名作スチルを中心に、歴史に残るスチル写真130点ほどで、その歴史を振り返る。このスチルの流れを見ても、日本社会の変化と、その中での映画の立ち位置の変化がきっちりと感じられる。
しかし昭和30年代においても、ニコンやライカなどの35mmカメラ、リンホフやスピグラなどの大判カメラとならんで、暗箱・ガラス乾板での撮影が行なわれていたというのは驚きである。映画の撮影現場は、ある種伝統芸能的なところがあるが、やはり旧来からのスタイルにコダわるスチルカメラマンが多かったのだろう。時代の変化が、カメラマン自体の新陳代謝を促してしまったというのも、当然のことかもしれない。


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タイムトンネルシリーズVol.31 奥村靫正展「第2回奥村祭り」
クリエイションギャラリーG8 銀座
ガーディアン・ガーデン 銀座

70年代初頭より、グラフィックデザイン・アートディレクション・イラストレーションといた領域で、常に独自のファッショナブルでクリエイティブな世界を切り開き続けてきた奥村靫正氏。82年に行なわれた個展「奥村祭り」を引き継ぐカタチで、「第2回奥村祭り」と命名された今回の企画は、デビュー当時から現在まで、奥村氏の半生を振り返る展覧会である。
奥村氏のキャリアは、1970年代初頭、眞鍋立彦氏と中山泰氏と「WORKSHOP MU!!」を立ち上げ、それまで日本にも世界にもなかったアートディレクションの世界を立ち上げたところから始まる。特に、はっぴいえんどやサディスティック・ミカ・バンドなど、日本のロックを起したミュージシャンのアルバムのデザインを多く手がけたことから、ティンパンアレイ、YMOと続く、日本の音楽シーンを代表するアーティストとのコラボレーションを多く行うことになった。
まさにぼくにとっては、ティーンエージャーの時代に、一番エッジなデザインを見せてくれたデザイナーとして、強く影響を受けた一人である。同世代の人間なら、多かれ少なかれそのインパクトは覚えているだろう。氏の担当したアーティストは、日本語で表現する新しい音楽を目指したが、その世界観と見事にシンクロする奥村ワールトは、日本画がルーツにあるということもプラスしたのだろう。
その後も、常に新しい表現や手法を開拓しつつ多様な活躍を続けている。広告やポスターといったグラフィック作品だけでなく、ブックデザインやステージデザインなど、表現者と密接にコラボレートする作業が多いのも特徴のひとつであり、まさにそれらの活動を通して、日本のポップカルチャーを育ててきた一人であることを改めて感じさせる。



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インターメディアテク
JPタワー 丸の内

ちょっとここで取り上げるには異質な部分もあるが、ミュージアムであると名乗っている施設なので、ゴールデンウィーク進行ということもあり取り上げることにした。東京中央郵便局のファザードと一部フロアを活用し建築された、JPタワーの中に開設された常設の美術館/博物館である。日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館のコラボレーションとして運営されている。
かつて郵便の仕分室として利用されたいたスペースを活用し、そこに東京大学総合博物館が所蔵する標本や資料などの学術文化財を常設展示する施設である。天井が高く広いスペースは、ヨーロッパの博物館・美術館を連想させる。そこに、動植物の標本や考古資料、いにしえの実験器具等が展示されている。人気商業施設のど真ん中に、このような施設を設置しランドマークとする意気込みは買うべきだろう。
しかし、気合が入っていることと、凝っていることはわかるのだが、どうにもこれ、コンセプトが先行しすぎていて、頭でっかちのヒトが机上で考えたプランを実現しました、という感じが強力に伝わってきてしまう。バブル期のメセナ施設とか、その後90年代にハヤったメディア・アートとかテクノロジー・アートとか、そういう流れと共通の臭いが鼻についてしまう。
昔の学術資料を、そのカタチだけ活かして「オブジェ」として見せるなら、それはそれであるだろう。しかし、貴重な資料の現物なのだから、空間はファッショナブルでも、もっとアカデミックに正統的に価値を見せるのもあるだろう。だが、どっちつかずなのはどうもいただけない。今の現代アート作品は、多かれ少なかれデジタル技術を利用して制作している。だが、そこにテクノロジ臭さは微塵もない。そういう時代なのだ。逆説的にはなるが、遅れてきたバブルの博物館としてみるのが面白いかもしれない。




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