Gallery of the Week-May.15●

(2015/05/29)



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スー・ブラックウェル 「Dwelling -すみか- 」
ポーラ・ミュージアム・アネックス 銀座

スー・ブラックウェル(Su Blackwell)氏は、イギリス・ロンドンをベースに活躍するアーティストであり、おとぎ話や民話をテーマにした、本を素材とした立体作品(ブック・スカルプチャー)という彼女独自の表現スタイルで知られている。またテキスタイルやディスプレイのデザイナーとしても活躍している。
その本のそのページに広がる、物語のストーリーや空気。それを物語が展開されるページを切り抜きながら、それを材料としてイマジネーションを具体的な立体造形にしてゆく。アジア初の展覧会となる本展では、このようなプロセスで作られた11点の作品が展示されている。
作品そのものは、はっきりいってジオラマだ。素材が本だというだけで、作品のジャンルとしてはジオラマだし、そういう視点から見ても、詩情あふれるいい作品だと思う。確かにA4とかB4くらいのサイズは、広すぎず狭すぎず、ひとつの世界を展開するベースとしてはなかなか作りやすい。オマケに彼女の作品はスケールではないので、限られたスペースでも自由に使って、自分の世界を表現できるという強みがある。
しかし、本を素材に使うというところに、なにか意味性とかメッセージ性を無意識に感じ取ってしまうんだよね。焚書坑儒とか。やはりティーンの頃の70年代に、そういう政治的メッセージとかプロパガンダとか極端に全面に振りかざした「前衛的作品」を、イヤというほど見せ付けられてきたことの影響なのかな。そもそもそういう政治的作品は表現ではないし、芸術ではないと思っているし。いったいなんなんだろう。謎だ。



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2 MEN SHOW: stanley wong × anothermountainman
雙人展 黄炳培×又一山人
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座

香港を拠点に、コマーシャルワークとアーティスト活動という二つの顔を持って活躍してきたスタンリー・ウォン別名anothermountainmanの30年に及ぶ活躍を振り返る展覧会。グラフィックデザイナー、クリエイティブディレクターとして、広告周辺で20年にわたって活躍するかたわら、ビジュアルアートのアーティストとしても、数々の現代美術のアワードを獲得している。
近年では、その両者を統合したマルチクリエーターとしての活躍が多くなっている。その特徴は、香港らしくグローバルなトレンドは押えつつ、中国的・伝統的な表現をベーシックなアイデンティティーとして持ち続けているところにある。ある意味、どっしりと構えて世界を飲み込んでしまう中華文明の真髄を体現していると見ることもできる。
やはり、漢字をベースとしているだけに、タイポグラフィーとして縦横斜め、果ては螺旋だろうとなんだろうと、自由自在に組んでも文章としての意味性が損なわれない文字列デザインの自由さ。象形文字から始まっているだけに、文字と画像を自由に行き来できる、グラフィカルな発想の自由さ。これらは、西欧のデザインにはないものだし、日本のデザインビジネスに関わる者としては、共感できる部分も多い。
しかし、香港にしろシンガポールにしろ、グレーターチャイナからはけっこうマルチ・クリエーター、マルチ・アーティストが出やすい感じがする。というより、日本がタテワリになりすぎていて、自由な発想ができないのであろうか。やはりその根底には、「出る杭を打たない」で「奇価置くべし」という大陸国家的な発想があるような気がする。本当に中国が強いのは、こっちの方かもしれない。



5/3w
第12回写真「1_WALL」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

花の季節から新緑の季節に移れば、こんどは写真「1_WALL」展である。このところ「1_WALL」展は、表現の原点回帰といえる「直球ど真ん中」な作品か、表現のエッジを広げるボーダレスな作品か、ファイナリストをどちらかに意図的に寄せている感じが強いが、今回の写真「1_WALL」は、エッジな方であり、それも相当に強烈な作品が多い。
確かにメディアというか、技術というか、手法というか、そういう面では写真の作品ではある。しかし、写真表現かといわれると、それは過去の「写真作品」とはかなり一線を画した作品が集まっている。それは視点を変えれば、写真という「手法」が、一層自由に使える手段となったことの証であろう。
紙と鉛筆があれば、文章も書けるし、絵も描ける。スーパーリアリズムな描き込みも、漫画のようなタッチも、はたまた抽象画だって描くことができる。それは、長い表現の歴史の中で培われてきたことであり、そこまで至って初めて、紙と鉛筆が普遍的に「手段」であることが共有されたということが出来る。
同じように、写真もイメージをプリントするための普遍的な手段となったということである。これもまた、ディジタル化が進むところまで進み、ディジタルとはもっとも「ケ」な存在であることが誰にとっても明らかになったからなせるワザである。それはやはり「進歩」と呼ぶべきものなのだろう。



5/1w
野球と鉄道―幻の球場と思い出の球団
旧新橋停車場 鉄道歴史展示室 新橋

現代の日本で日常的に定着しているものの中には、20世紀とともに鉄道会社、特に民鉄がプロモーションの一環としてプッシュしたことから広まったものも多い。鉄道歴史展示室でも企画展があったが、「初詣」も鉄道会社が自社の沿線にある寺社への参詣客を狙って、輸送量が減少する年始の特需としてはじめたものが、あたかも江戸時代アタりから続いている伝統のごとく定着してしまったものである。
野球もまた、その定着と普及、人気の拡大の裏には、鉄道会社の集客システムという狙いが大きく貢献していた。特に昭和30・40年代のプロ野球界は電鉄系球団の黄金時代で、電鉄会社が沿線に持つ球場をホームグラウンドとし、沿線の住民をファンとして集めていた。その時代を中心に、それ以前の時代や、アマチュア野球と鉄道との繋がりも含め紹介する企画展である。
とはいえ限られたスペースなので、野球といっても球団そのものというより、電鉄会社が地域開発と一体になって建設した球場を中心とし、それぞれの鉄道経営とのつながりで語る展示が軸になっている。そこに、選手や名試合、野球誌に残る名士などを絡めた構成となっている。
地域に根差し、地元に密着してファンを獲得しているアメリカの大リーグに比べると、日本のプロ野球の事業基盤の弱さはよく指摘されるところである。長らく「事業としての球団経営」が成り立っていなかったのも(今も成り立っていないところは多い)、動かしがたい事実である。それらの球団系球場の多くが、その後再開発により跡形もなく消えてしまったという歴史が、その背景を何よりも良く語っているといえるだろう。




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