Gallery of the Week-Oct.15●

(2015/10/30)



10/5w
第13回 写真「1_WALL」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

第13回の「1_WALL」展、例によってグラフィックに続いて写真「1_WALL」展の開幕である。写真でもこのところは、「表現の原点への回帰」が一つのトレンドとなっているし、特に「1_WALL」展では、グラフィックと写真を通して、このところその方向が打ち出されている感がある。その傾向は今回も共通している。
そういう中で、今回の作品に共通して感じられたのは、「時代性の排除」である。写真というものは因果なもので、絵画と違い画面の全てを表現者の意図通りに染めることがなかなか難しい。実際そこあるものを撮影する限り、なんらかの意図せぬ「写り込み」が起こってくる。これがあるんで、天体の写真など特殊なものを除くと、多くの場合撮影された時代を比定することができる。
それだけでなく、もともと写真にはジャーナリスティックな記録性があったコトにもよるが、写真の作画においては積極的に時代性を切り取ることもしばしば行なわれる。これらが相間って、今までの写真の多くには、時代が切り取られ写し込まれていることになる。しかし、今回の作品には、その要素を極力排除しているものが多い。それが意識的なのか無意識なのかはわからないが、そういう絵を創ろうとした結果であることは強く感じられる。
写真から時代性を排除しようというのは、実は写真表現の歴史の中では大転換である。しかしそれだけに、そこから広がる新たな可能性は、飛躍的に大きいものがある。そういう意味ではこの動きも、ディジタルが当たり前になった今という時代だからこそ、生まれてきた新しい芽の一つなのであろう。



10/4w
蔵王権現と修験の秘法
三井記念美術館 日本橋
大体このコーナーは、その週の自分の予定と展覧会の内容から、今週はこれを見よう・これなら見れるとばかりに行って鑑賞することがほとんどだが、たまには偶然見たというものもある。今週もその口。室町に用事があったのだが、比較的早く済んだので時間の余裕ができたところに、興味をひく展覧会が偶然あったということで覗いてみたものだ。
宗教史はいろんな意味で興味があるので、それなりの見識は持っているほうだと思うが、修験道というのは、どうにもそういう歴史絵的流れでは捉えにくい存在である。そういう意味では、知識としては知っていても、中身について詳しいわけではない。それだからこそ、好奇心をくすぐられて見たくなったというべきだろうか。
この展覧会では、奈良県の金峯山寺をはじめとする吉野の社寺と、崖上の「投入堂」で知られる鳥取県の三佛寺を中心に、仏像、絵画、工芸品など美術品の展示により、修験道の世界観を見せてくれる。アニミズム的な山岳信仰をベースに、仏教をはじめ神道・道教・陰陽道と、当時知られていたあらゆる宗教がが習合した独自の世界は、そのビジュアライズした姿で見るのがわかりやすい。
日本人が感じる神秘的でおどろおどろしい世界、それを構成する要素を全て盛り込んだような世界観は、それ以降の日本美術の世界に対し、一つの類型を提供してきたともいえ、そのインパクトは現代の日本人に対しても充分通用する。しかし、数々の作品を見ていると、やはりこのルーツは基本的に縄文時代のアニミズムにあることが察せられる。縄文・修験道・岡本太郎がひとつの流れということなのだろうか。



10/3w
鉄道遺構・再発見
LIXILギャラリー 京橋
廃線跡は、その探究自体が「鉄」の一ジャンルになっているぐらい最近では人気が高い。が、鉄道の遺構はそれだけでなく、近代産業遺構としても、土木技術や建設技術の「化石」としても、さらには産業史・経営史といった人文科学からも価値が高く、いろいろな視点から研究の対象となっている。
この展覧会は、そんな鉄道遺構の中でも、違う目的から第二の価値を与えられ、今に残るものにスポットライトを当てている。魚梁瀬森林鉄道、足尾線、横浜臨港線、士幌線、碓氷峠、佐渡金山坑内線、大日影トンネル、清水港、霞橋、茅野の跨線橋、ねじりまんぽの煉瓦アーチ等々、14の「現粋遺構」が紹介されている。
まあベテランの鉄道趣味者であれば、その名前を聞いただけでどこにあるどういうものか、その地図と画像が浮かんでしまうようなものばかりだが、やはりそこは建築・土木に強いLIXILギャラリー。通常の鉄道趣味者では思いつかないような切り口も含めて遺構の世界を見せてくれる。まさに「再発見」である。
我々のような「鉄分」の濃い人間にとっても充分興味をひく内容だが、趣味者ならば、自分の視点から見るだけでなく、「鉄道に対して、こういう視点、こういう興味の持ち方もあるんだ」という発見をして欲しい。ある意味、世に言う「鉄道ブーム」に鉄道趣味界が今ひとつ乗り切れず、そのチャンスを活かせていないその理由を考えるヒントがここに隠れているからだ。



10/2w
21世紀琳派ポスターズ 10人のグラフィックデザイナーによる競演
ギンザ・グラフィック・ギャラリー 銀座
2015年は「琳派400年」。その記念イベントの一環として、現代日本を代表するデザイナー・アートディレクター、浅葉克己氏、奥村靫正氏、葛西薫氏、勝井三雄氏、佐藤晃一氏、永井一正氏、仲條正義氏、服部一成氏、原研哉氏、松永真氏の10人が、屏風をイメージしたオリジナル四連ポスターで競演する企画展。
琳派の伝統は、直接の師弟関係ではなく、百年単位で登場する新たなフォロワーにより引き継がれ、発展していったからこそ、常に創造性と可能性を持ち続けていたという考えかたを元に、現代におけるその伝統は、硬直化、保守化した日本画壇ではなく、先鋭的なデザインの世界に受け継がれているというコンセプトに立ち、各人がイメージする「現代の琳派」を作品として発表する。
そういう意味では、何をもって琳派のエッセンスとするかは、それぞれのオリジナリティー溢れる解釈に任されており、かなりきっちりカタチから入っている人もいれば、より精神性の方に寄せて捉えている人もいる。大御所だけに、それぞれ自らのアイデンティティーもきっちり盛り込んだ作品であることも含め、10人の「らしさ」を味わえるのが面白い。
少なくとも、ビッグネームの人達が、オリジナルのポスターを制作し、それを競作というカタチで見比べられるというだけでも、たいした企画である。琳派云々があってもなくても、これ自体見ごたえのある企画である。まあ、そういうそうそうたる人達を動かし、横並びで出させてしまうところが、琳派の存在感であり、影響力であるというところだろうか。



10/1w
第13回グラフィック「1_WALL」展
ガーディアン・ガーデン 銀座

第13回の「1_WALL」展、今度はグラフィック「1_WALL」展の開幕である。このところ「1_WALL」展は、「これからの表現のカタチ」を先取りしている作品を意図的に選び出している感じが強い。特にこの数回は「表現の原点への回帰」とでもいえるような傾向が顕著に感じられているが、今回も明解にその方向が打ち出されている。
今回の傾向をたとえるのであれば、「イラストレーションの復権」ということになろうか。「古い器に新しい酒を注ぐ」とでも言おうか、表現の原点を見つめなおすと、オーソドックスと思われる手法にこそ、表現者の新たなセンスさえあれば、より大きな可能性が隠されていることに改めて気付いたというのが、このところのアートの最前線なのだろう。
これも何度となく言っているが、ディジタル化の波が押し寄せて以降、手法のおもしろさを探求する「技術的習作」に走りすぎていた傾向が、やっと「表現」の追求に戻ってきたということだろうか。まあ、古典的な工芸でもそうだが、美術系と技術系の対立というのは、表現物の制作においては常に繰り返されたきた。そして、それは振り子のように行ったり来たりを繰り返している。
そういう意味では、この20年来デジタルトレンドとともに「G]の方に触れていた波が、本来の「B]の方に戻ってきている。人間というのは、バランス感覚に富んだ生き物である。度が過ぎると飽きてしまう。今やどんな技法も、猫騙しにはならない。表現の原点に立ち戻れば、大事なのは作者の心の中にあるもやもやであって、技術はあくまでもそれをカタチにする手段でしかない。これからは、また表現が人の心を動かす時代となるのだろう。




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