カラーネガの端っこから -90年代編-


90年代シリーズも、前回の益子で打ち止めのつもりでしたが、ネガをチェックしていたらそれなりに興味のあるカットが見つかったので、もう一回お付き合い願います。題して「カラーネガの端っこから -90年代編-」。1994年の末から1995年のはじめにかけて撮影したものですから、かれこれ15年近く前の写真ということになります。まあ、世の中の変化が、昭和時代に比べるとスローペースになっているのは確かですが、こういう写真でも、20代とかの若いファンからすると、「もはや歴史」なのでしょう。鉄道趣味というのは、それが誕生したときから、「あと3年早く生まれていれば」「あと5年早く生まれていれば」の繰り返しでしたから。



最初は、熱海駅を発車する伊豆急行2100系R5編成、アルファ・リゾート21による、上り「リゾート踊り子号」。このカットは、1994年12月の撮影です。今となってはなんともない写真ですが、当該編成は1993年デビューですから最新鋭。「リゾート踊り子号」で、アルファ・リゾート21が来たら大ラッキー、という感じだったのではないでしょうか。バブル崩壊後とはいえ、その余韻とJR民営化による改革・開放で、ジョイフルトレインが花盛りの時代でしたから、アルファ・リゾート21にとっても、いちばん華やかだった時期かもしれません。ちなみに、今では正面にLED行先表示装置が設置されていますので、この「顔」も、もはや歴史です、


次は、目蒲線をゆく、クハ7504を先頭とした7200系4連。7200系も、東急の路線上から姿を消して久しいですし、そもそも「目蒲線」自体がすでに消滅してしまっています。そんなこともあって、これまた記憶の中にだけ残るモノとなってしまいました。明けて1995年の1月1日、初詣で寺社巡りの途中の撮影であることは、ネガの前後のカットからわかるのですが、撮影地がわかりません。手前の駅の島式ホームから撮影しているようですが、今の多摩川線区間には島式ホームはありませんし、目黒線区間は地下化や高架化など大幅な路線変更があったので、地図や航空写真からも判別ができません。どなたか、わかる方がいたらmailしてください。


さて、続いて1995年1月1日の東急線。今度は、二子玉川駅に進入する、営団8000系8011F、普通長津田行きです。東京メトロではなく、帝都高速度交通営団の「Sマーク」というのも、今となってはなつかしい感じがしますが、今のニコタマの駅しか知らないヒトだと、ナニコレというカットではないでしょうか。そう、当時はまだ田園都市線と大井町線のホーム入換が行われる前、2・3番線に田園都市線が発着していたのです。これまた変わっていないようでも、今では見られない光景です。そういえば、画面そのものとは関係ありませんが、この頃はまだこの区間は「新玉川線」でしたね。


最後は、三ノ宮駅を出発するJR西日本221系。1995年3月の撮影です。ということは、あの阪神大震災の被害を受けて、交通網が寸断されていたのが、JRや私鉄の開通区間を乗り継ぐことで、なんとか交通の便が確保できるようになった直後の様子です。関西への出張のついでに撮影したものです。このカットで見る限りは、それほど大きな被害は感じられませんが、この反対側は下のカットのように、大きな被害を受けたそごう神戸店が解体中でした。ジャーナリズムの報道だけだとわからないのですが、実際の現場を見ると、倒壊し甚大な被害を受けたところと、外見的にはほとんど無傷なところとが、通り一つ隔てただけで並存していることに驚かされました。まさに、百聞は一見にしかずですね。




(c)2009 FUJII Yoshihiko


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