線路端で見かけた変なモノ その3 -1971年4月-


新シリーズ「線路端で見かけた変なモノ」も、今月で3回目。いい加減にはじめた企画だけに、微妙に方針も二転三転していますが、今回はコーナー開設8周年、今月から9年目に入ることを記念して、新シリーズの特別企画。「1/1のジオラマ」と題して、どう見ても模型のジオラマを撮影したような、蒸気時代に撮影したカットを特集してみました。まあ「線路端で見かけた変なモノ」自体、模型のネタになりそうなモノや、ジオラマを作るときに参考になりそうな風景がテーマなだけに、それほど飛躍したワケではないかと。あまり凝った構図が取れないところでは、けっこうこういう模型風のカットを撮っていたりするので(まあ、卵と鶏ですが)、これまた新たにシリーズ中シリーズになるかも。



さて最初の4カットは、筑豊本線折尾-中間間の複々線区間で撮影したもの。この区間、全盛期には実に効率のいい撮影ができたものの、構図的には中々工夫が難しいところ。おいおい「バッタ撮り」になってしまいがちだが、それではなんかみんな同じになってつまらない。なんとか周りの景色を入れようとすると、こんどはジオラマ写真っぽくなってしまう。まあ、模型ファンからするとネタ満載ともいえるのですが。まずは、国道3号線の陸橋の近くの踏切を行く、若松機関区の49654号機の牽引する貨物列車。トタン屋根の家と壁の看板。スーパーカブのあんちゃん。道の脇の小さな石垣。役者が揃ってますね。後ろの築堤は、国道3号線です。我ながら、のっけからモロですね。


この日は、1971年4月1日。山陽夜行で九州に入り、まず折尾駅で下車、線路に沿って撮影しながら南下します。ですから、まだかなり朝の早い時間帯です。続いては、直方機関区のD6027号機の牽引する貨物列車。この建物は、なんでしょうか。鉄道用地内に建っているので、国鉄の施設であることは間違いないですが。感じとしては、保線の詰所か、資材倉庫といったところでしょうか。当時は、今のように外注ではなく、全て職員で内製していましたし、国鉄内部では、運転関係より線路関係の方が羽振りが良かったので、保線関係の施設というのは、けっこうよく見られました。もちろん、このカットも前のカットも、普通に車輛メインで撮ったカットもありますのでご安心ください。ジオラマ用資料ばかり撮っていたわけではありません。


当時はまだ香月線があり、ハチロクの牽引する旅客列車が走っていました。若松機関区の、88622号機の牽引する、香月行き旅客列車。88622号機は、正面の形式入りナンバープレートとオリジナルの化粧煙突が、大正ロマンを感じさせて人気のあったカマです。場所は、折尾方面からの線路別複々線が、方向別複々線に変わる立体交差にさしかかるあたり。それにしても、デカい豪邸。個人の住宅でしょうが、機関車より大きな家ですよ。というか、都会の一戸建て住宅は例外であって、建物は大きいんです。これが、レイアウトやジオラマを作るときの悩みのタネ。スケールで小学校や寺院を作ると、それだけで固定レイアウトのスペースは埋まってしまいます。とはいえ、線路の脇に、M'sコレクションの土蔵を置いたお立ち台のようですね。


これまた、線路別複々線と方向別複々線が変わるあたり。ちょうど、線路同士がオーバークロスするところです。黒崎方面に向かう線にやってきたのは、直方機関区のD6057号機が牽引する貨物列車。D6057号機は、大分に配属され久大本線で活躍していたカマですが、45・10の久大本線無煙化とともに直方に転属になりました。九州には珍しい、継ぎ足しのない化粧煙突(九州では、化粧煙突は継ぎ足して延長するか、パイプ煙突に換装するかがほとんど)で人気がありました。バックのコンパクトな住宅街は、模型でも取り入れやすい感じです。それより、この線路の錯綜状況。エンドレスとリバースが分岐する、模型のレイアウトのよう。こういう事例は少ないだけに、参考として貴重です。


これは同じく1971年4月1日ですが、撮影場所は若松機関区。「南の庫から 若松機関区'71春」と同じときの撮影です。機関車は、若松機関区の69646号機とD5142号機。マセたガキが、バックをアウトフォーカスでとばそうとして、思いっきり絞り開放で撮ってますが、おかげで超露出オーバー。デジタルの威力で、なんとか補正をかけて絵になっていますが、そのせいもあって、なんとも模型の写真のような雰囲気になりました。さすが12mmはリアルにできている、というワケではありません。ちゃんと実物です。そういう意味では、キューロクもさることながら、バックのナメクジのぼけ味のほうが、より模型っぽいですね。IMON製のD5142号機があるので、撮ってみるかな。


最後は、筑豊本線ではありません。この時の九州ツアーの行きがけの駄賃で寄った、関西本線加太-柘植(加太-中在家信)間。奈良機関区のD51934号機の牽引する上り貨物列車が、絶気で峠を下ってきます。地形から判断すると、加太駅から600mほど柘植方面に登ったあたりのようです。雨の中、自転車が走っているのは、国道25号線の旧道。この時は、すでに名阪国道が開通していますので、ローカルな街道になってしまっています。川があって、小さな田んぼがあって、土手があって、線路が走っていて、という、まさにレイアウト派には原点ともいえるこの風景。バックの山々も、小雨に煙って墨絵のような風情をかもし出し、なんともムード満点。しかし、これが作れないんです。この景色を本気で作ったら、六畳間でも足りません。



(c)2012 FUJII Yoshihiko


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