線路端で見かけた変なモノ その5 -1/1のジオラマ「あそこの立体交差」 1972年7月-


すっかり「1/1のジオラマ」シリーズになってしまった、「線路端で見かけた変なモノ」シリーズ。もうそろそろ自粛しようかとも思いましたが、火がついてしまうとそうはいかない。今月もその続きで、5回目いっちゃいます。しかし、これではもはや「変なモノ」ではなく、「ネタばらし」になってしまっていますね。今回のテーマは、いわゆる「沼ノ端のお立ち台」。室蘭本線と千歳線上り線が、立体交差になっているガーダー橋、1972年7月14日の撮影です。雄大な勇払原野の景色のはずなんですが、なぜかここだけチマチマと模型っぽい。意味なく8の字型に立体交差している、昔の16番のレイアウトみたいで。そこがまた、地面派模型ファンの心理をくすぐるポイントだったりします。どうせワンパターンですので、てんこ盛りで行きまっせ。



まずは、一番全体像がつかみやすいカットから。築堤から繋がる西側の藪が、ちょうど切れるあたりでしょうか。小樽築港機関区のD51138号機が牽引する室蘭本線上り貨物列車。冷蔵車を連ねていますので、道東から首都圏を結ぶ本州向けの急行貨物でしょう。夏鰹か初さんまでも運んでるのでしょうか。室蘭本線で築港のカマというのも妙な感じがしますが、苗穂-滝川間は電化区間の函館本線でも蒸気機関車牽引の貨物運用がありましたし、当時の北海道の幹線ではけっこうロングランがありましたから、やってきてもおかしくはありません。まあ、夏ダイヤなので、繁忙期の貸し出しなのかもしれませんが。機関助士のくべる石炭が、日本のライフラインを支えていた時代です。


もう少し陸橋よりに近づいて、ポジションを構えます。最後の2カット以外は、シーケンシャルに時間の順にしてあります。今度やってきた上りは、苗穂機関区のC58425号機の牽引する、車扱貨物列車です。C58形式は、いわゆるスモールエンジンポリシー(またの名を「安物買いの銭失い」)の典型のような形式で、どうも思い入れが今ひとつなのですが、戦後型の北海道仕様は、その中ではまだ見栄えがするといえましょうか。苗穂のカマということは、これは完全に貸し出しですね。そういえば、手入れも今ひとつのような。でも、この方が働く男のようで、北海道のカマらしいという見方もあります。426号機・427号機(ラストナンバー)は九州配属でしたから、425号機は北海道でのラストナンバーです。


ほぼ同じポジションから、もうワンカット。こんどは、前のよりは少しヒキ気味の構図で。岩見沢第一機関区のD51872号機の牽引する、下り貨物列車。これも車扱貨物と思いますが、太い原木を積載したチキが目立ちます。北海道のチキというと、炭鉱に坑木を運ぶ運用がおなじみですが、林業は北海道の主要な産業のひとつだっただけに、これは、本州方面に木材を出荷すべく、苫小牧港とかに送るのでしょうか。そういえば、前のC58の貨物にはトラ90000が目立ちましたが、これは苫小牧の製紙コンビナート向けの貨物でしょう。1970年代でも、北海道の産業物流は鉄道が担っており、そのかなりの部分を蒸気機関車が支えていたのです。ぼくが、北海道の蒸気機関車に感じた魅力は、この経済を力強く底支えする姿にあったのです。


さて、上り線だけではなんかつまりません。ということで、下り線のカットです。C57135号機の牽引する、室蘭本線下り旅客列車です。ところで、ここで撮影したことのある人ならわかると思うのですが、室蘭本線は南北を向いて走っています。従って、上りはほぼ順光なのですが、下りはほぼ逆光になります。夏場のお昼前後だけは、ほぼトップライトになりますので、下り列車も何とか絵にすることができます。この日は北海道の初日で、すずらん6号で函館から入り、千歳で降りて撮りはじめ、このあたりでお昼になったので、下り線も撮影できるようになったという次第。わかる人は、千歳線の待避所と通信ケーブル用の電柱の位置で下り線だとわかりますが、知らない人はちょっと区別がつかないかも。


もちろんこの間にも、土手に登って俯瞰したり、線路から離れて真横を撮ってみたりと、いろいろ構図は工夫していたわけです。しかし、半日も撮っていると、ネタが尽きてくるのが沼ノ端。そこで登場する強い味方が、望遠ズームです。今度は、千歳線の下り線が分かれるあたりから捉えた、岩見沢第一機関区のC57104号機が牽引する上り旅客列車。このあたりは、旅客列車は本当に飛ばしました。蒸気機関車の撮影に行くようになってから乗った蒸気牽引列車の中では、一番スピードが出ていたのではないでしょうか。キロポストでの計測では、90km/hをゆうに超し、100km/h近かったコトもあります。その時のオハ62の乗り心地は、この世の乗り物とは思えませんでした。天国に一番近い乗り物(笑)。


室蘭本線といえば、これでしょう。追分機関区のギースルエジェクターを装備したD51605号機が牽引する、2000トンのセキを連ね夕張と室蘭を結ぶ石炭貨物列車です。これは、実はめちゃめちゃヒキで撮っていて、千歳線の下り線のカーブの外側からの撮影です。イメージ的には、室蘭本線というと石炭列車ばっかりと思われる方もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。札幌周辺の石狩地区向け貨物だけは千歳線に入りますが、道央、道東、道北方面の貨物は、全部室蘭本線を経由していたのです。とにかく、ここは一生に一度、一日行けば御腹一杯という感じです。あとはどれだけ面白いカマが来るかというところでしょうか。


さあ、先ほどのC57135号機が岩見沢まで往復し、上り列車を牽引してやってきました。135号機といえば、今では1975年12月14日に最後の蒸気機関車牽引旅客列車を牽引したカマとして名高く、神田の交博から大宮の鉄博へと引き継がれた名機となっています。しかしこの時はまだ、そんな運命になるとはこれっぽっちもわかっていない状況。とはいえ、全検直後で調子が良かったせいか、この撮影旅行の時には、めったやたらと登場しました。でもよく見ると、重油タンクは外されているものの、定説に反して踏段改造はまだされていませんね。コの字型の手すりがないですよ。これ、井門さんには内緒ね(笑)。

で、この時はぼくとしては最後の重装備撮影で、35mmSLRのボディー2台とブロニカS2という、計3台で撮影しています。望遠ズームをつけた35mmボディーとブロニカを三脚に立て、85mm、50mm、35mmレンズのどれかをつけた35mmボディーを手持ちで撮影しています。ということで、上が望遠ズームのカット、下が手持ちのカットです。さすがに、この時の撮影行で悟りを開き、このあとはブローニーのポジ一発撮りをメインに、35mmは押さえで持って行くというスタイルになりました。最後の75年夏の北海道なんて、押えはコンパクトカメラになってたし。実は、左手の藪の中には、けっこう同業者が潜んでいますが、ほとんど目立たないのも、北海道の大らかさといえるでしょう。


まあ、この立体交差のところは、基本的に室蘭本線の上りを撮影するお立ち台なので、下りや千歳線は少ないのだけど、それじゃつまらないのでワンカット。小樽築港の性転換ガマ(笑)、D5154号機の牽引する千歳線上り貨物列車です。ウマく上と下で列車がクロスしてくれると、日本ではほとんどありえないカットになるんだけど、この二つは沼の端で合流しちゃう路線なので、どちらかがメチャクチャ遅れたりしていないと無理でしょうね。冬場とかなら有り得るかな。残念ながら、そういうカットを実見したコトはありません。54号機は、アブノーマルマニアには注目されてたカマです。学生の頃、アダチの廉価版D51をベースに、54号機作ったんですよね。多分、日本で最初の54号機の模型だと思うけど。


さて、最後はカラーをお送りしましょう。岩見沢第一機関区のD51118号機の牽引する石油輸送専用上り列車。タンク車の空車回送で、室蘭に行くのでしょう。これ例の、D800でブローニーポジをデュープしたカット。粒状性を見るだけなので、模型を撮るときとほとんど同じセッティングで、対象物があんどんに載ったポジというだけ。ひとまずは、何も考えずにAEAFでjpegに撮ってみました。元の褪色感もよく再現されているので、露出と被写界深度に凝ってRAWで撮り、ポストプロで補正をかければ、かなりのクォリティーが期待できますね。ちょっと研究してみよう。しかし、なぜか実物の写真というより、模型の写真のように見えてきてしまうのはなぜでしょうか。確か、乗工社の北海道型(なんちゃってだけど)のナンバーは118号機でしたけど。



(c)2013 FUJII Yoshihiko


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